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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第一章 初心者とベタ甘ハーピィと山の上の城壁
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A10 狂気の聖職者と戯れよう

 まず、初撃。痛恨の一撃だった筈の<イエローボルト>が楽に防がれ、背後からの奇襲にカウンターを合わせられた俺。


 あの時から、おかしな兆候は見えていた。何しろ魔物の数が多いから、すっかり余裕を無くしていたんだ。


 二撃目の<イエロー・アロー>で確信した。マリンティアラは真っ赤な髪を持ち、その矢が身体に刺さっているというのに、平気で行動していたのだ。


 仮にマリンティアラが水属性の魔物だとしたら、<イエロー・アロー>を生身で受けて無傷なんてことには、中々ならないはずだ。特殊な防御結界と思わしきものも見られなかったし、小細工はしていないように見えた。


 ならば、何が考えられるか。




 そう――――――――属性が違うのだ。




「<レッド><レッド><レッド><レッド><レッド>オォォォォ――――!!」


 魔力を放出し過ぎた両手は既に限界だ。火傷のように痛み、俺に肉体的限界を告げていた。カモーテルで魔力は回復しても、それを放出する器官が平気という保証は何処にもない。


 別に魔法ばっかり訓練してきた訳でもないし、魔力量もかなり少ない。


 だから、俺が放つことが出来るのは一発限りだ。別に重複する訳ではないけれど、気合いを込めて俺は何度も<レッド>と呟いた。


 全身全霊で、魔力を込める。


「長い戦いは苦手なんだよ……!! これでくたばりやがれ……!!」


 両手で抱えるほどの、巨大な火の玉が現れる。最早それは<レッドボール>の域ではない。<レッドボール>の上位魔法は球の形をしていないから、あまり一般的ではないスキルだ。


 と言うより、わざわざ<レッドボール>を巨大化させるよりも、上位魔法の<レッドボム>を使った方がダメージも魔力量も効率が良い。


 使えないんだから仕方がないが。


「……まあ」


 フィーナがのんびりと、俺に平和な感想を呟いた。全く、こっちは必死だというのに。


 魔法を主体にした戦いは苦手なんだ。魔力が圧倒的に足りないし、魔法の数も少ない。


 しかし――マリンティアラが、森に住む魔物と同じ弱点だったなんて。


「<レッド>!! <ボール>――――――――!!」


 四隅の<レッドトーテム>が、一際強く燃え上がった瞬間。俺は、マリンティアラ目掛けて最大出力の<レッドボール>を放った。


 射出は一瞬。しかし、その豪炎は凄まじい勢いでマリンティアラへと向かって行く。


 反動で左足が地面にめり込み、ざり、と砂利を踏み付ける音がした。


 マリンティアラは、為す術もなくその<レッドボール>を生身で受ける事になる――……


「ギャアアアアアア――――!!」


 叫び声が聞こえた。


<レッドトーテム>を四隅に配置したのは、<レッドボール>の威力を上げるためだ。持続型の<レッドトーテム>には湿気を飛ばす効果と、周囲に燃焼物質を供給する効果も持っている。


 まあ、上位魔法の威力があれば大して必要もない知識だったりするが。


 マリンティアラは燃え上がり、やがて声もなくなった。取り巻きのマーメイドも消え、<イエローボルト>によって力尽きたマーメイドも、起き上がってくる事はない。


 ゴーグルを上に押し上げ、俺はその場に尻餅をついた。


「私の出番かと思われたが――……自分自身の力で解決したな、主よ」


 リュックに刺さっている、偉そうな細長い物体が俺に声を掛けた。


「ゴボウ如きに何かが出来ると思ってんのかよ……」


「失礼な!! 私はこれでも、昔は有名な魔法使いで」


「はいはい、そうですか」


「聞け――――!!」


 俺は立ち上がり、アイテムカートの下に戻った。カートの上のフルリュは移動が出来ないため、俺が近寄る事を確認すると、嬉しそうに表情を綻ばせた。


「ラッツ様!! ラッツ様!! 格好良かったです!!」


「割と本気で死ぬかと思ったよ……」


 まあ、なんとかなって何よりだ。


 ふと、フルリュが俺に手招きをした。何かと思い顔を近付ける――……


「<リラクゼーション・キッス>」


 フルリュはそう呟いて、俺の首に腕を回し、身を乗り出して――俺に、キスをした。


「んむっ――!?」


 驚く俺を全く気にする様子もなく、フルリュは俺に舌を――いや、ちょっと待って舌入れんの!? 抱き締められ、胸板にはフルリュの柔らかい肢体の感触が。


 ……あ、やばい。体力魔力がどうとかじゃなくて、陶酔して意識飛びそう。


 舌を通じて、何かが入り込んでくる感覚があった。身体がじんわりと暖かくなり、ねちっこいキスに恍惚状態になる。


 ゆっくりと、身体の痛みと疲れが抜けていく。ああ、そうか。これ、体力回復系のスキルで……


 フルリュは唇を離すと僅かに頬を赤らめて、俺にはにかんだ。


「……どうですか? 少しは、楽になりました?」


 諸説。ハーピィやマーメイドなどの人型の魔物は、チャーム系のスキルを使い、人間を魅了することで狩りを行うという。


「フルリュ、結婚しよう」


 何故か変なことを口走る俺。


「えぇっ!? そ、そんな、まだ心の準備が……」


 満更でもなさそうに、顔を真っ赤にして両手で覆うフルリュ。


「落ち着け、主よ。キス系のスキルの効果だ」


 背中でなんか喋ってるゴボウ。知ってるよ。


「はい、『マーメイドの鱗』十個と、『ルーンの涙』です」


 そして、そんな俺にドロップアイテムを手渡す――フィーナ。


 そうだ。俺は何をしているんだ。そもそも、この戦いはフィーナ・コフールが巻き込んだ戦いじゃないか。この訳の分からないタヌキ女の本性を暴くまでは、俺は死んでも死にきれん。……死なないけど。


 フィーナは『海のティアラ』を撫でながら、俺に向かって不気味な笑みを浮かべた。


「――――予想以上ですわ」


 ぞっとするような、恐怖の笑みだった。フィーナは俺の首筋を怪しく撫でる。悪寒がして、俺は思わず鳥肌を立てて一歩下がった。


 気が付けば、既に俺は腰に腕を回されている――いつ!? いつから!?


「……そ、それじゃあ、聞こうか。どうしてこんな事をしたんだ」


 フィーナの表情が読めない。透き通るような瞳の奥に、底知れない欲望を感じた。


「貴方、お名前は? まさか、『レオ・ホーンドルフ』ではありませんよね? それは、ギルド・ソードマスターに在籍する新米剣士の名前ですもの」


 すっかりバレてやがる。


 こうなった以上、フィーナが何をしてくるか分からない。俺はじわじわと身を寄せてくるフィーナの身体に動揺しながらも、肩を掴んで引き剥がそうとした。


 ……離れない。なんだこの怪力は。


「ら、ラッツ。ラッツ・リチャードだ」


「そう、貴方はラッツ・リチャード。今期の『ライジングサン・アカデミー』の首席卒業者ですわ」


「知ってんじゃねえか!!」


 俺が突っ込むと、フィーナはとても聖職者とは思えない、真っ黒い笑顔で笑った。


「ふふふ……そう、どこのギルドにも所属していないからどうしたのかと思っていたら……まさかソロで活動していたとは」


 怖い。怖いよ、こいつ。何なんだよ。フィーナは俺の胸にしなだれ掛かり、艶っぽい吐息を見せた。


「ら、ラッツ様から離れてください!!」


「それもこんなに可愛い……ペットを連れて……くふふ」


 蛇のように睨まれると、びくんと痙攣し、慌てていたフルリュが大人しくなる。すげえ……魔力も何も使っていないのに、この効力とは……


 フィーナは下から俺を上目遣いで見詰め、俺の胸を左の人差し指で撫でながら言う。


 ……エロい。


「ソードマスターのパーティーリーダーと戦って、あっさり勝ったそうですね?」


 ダンドのことか。……何で知ってんだ。


 俺が黙っている事を肯定と受け取ったのか、フィーナは胸から人差し指を持ち上げていき、俺の唇を撫でた。


「おふっ」


 思わず、間抜けな声が漏れる。


「私は……貴方が……欲しい……ねえ、私のギルドに入りませんか? このたび、『属性ギルドのリーダーだけを集めたギルド』を新たに作ろうと思っていますの」


 ――属性ギルドのリーダーだけを集めた、ギルド?


 何だそりゃ。何を考えているんだ? ……属性ギルドからこぞってリーダーが去ったら、もうそれは混乱どころの騒ぎじゃない――一大ニュースだ。後に引き継ぐ奴が居るかどうかも分からないし、下手すりゃ属性ギルドそのものが崩壊し兼ねない。


 というか、俺はギルドリーダーどころか、ギルドにすら入れてないんだけど。何で俺が必要なんだ。


 フィーナはより近くに顔を寄せると、熱を帯びた視線を俺に向けた。


「今の私達には、貴方の力が必要なのです」


 分かった。お前、聖職者じゃないだろ。


 うおお、胸を押し付けるな胸を。フルリュと比べるといくらか小ぶりだが、形が良――何を考えているんだ俺は。


 ふと、フィーナの腕が掴まれた。何事かと俺とフィーナが顔を向けると、アイテムカートから身を乗り出して、フルリュがフィーナを睨んでいた。


 若干、震えている。


「……あ、あの……ラッツ様が困っていらっしゃいます。……やめてください」


 おお、俺のフルリュよ。お前はなんて健気で勇敢なんだ。


 ふう、と溜め息を付いて、フィーナは俺の身体を離した。気が付けば俺はすっかり汗だくで、フィーナの狂気に押し潰されそうになっていたようだった。


 フィーナは優しげな笑みを浮かべて、俺を見た。……よくもまあ色々な笑顔が作れるものだ、と思う。


「……まあ、すぐの返事じゃなくても構いませんわ。でも、貴方を必要としていることは、覚えていてくださると助かります」


「あ、ああ。……まあ、俺なんかが何の役に立つのか分かんないけど……覚えとくよ」


 直後、サイコホラーもかくやと言ったような、ねっとりとした陰湿な笑顔に変わり。


 フィーナの足元に魔法陣が現れ、消えて行く。……そうか、<リメンバー>か。思い出し草と同じ効果で、ダンジョンマスターが居なくなったから……


「ゆっくり時間を掛けて、オチて、その後じっくり……ね?」


 お前、聖職者じゃないだろ。


 そうして、フィーナは――消えた。


 静寂に包まれ、ようやく現状を理解する。ミッション達成に必要な『マーメイドの鱗』と、フルリュを治すために必要な『ルーンの涙』。


 ハプニングはあったが、どうにか手に入れたようだった。


 あれ? そういえば、俺が倒してドロップさせたんだから、『海のティアラ』って俺のもんじゃないか。


 ……ま、いいか。必要だって言ってたし、得体が知れないから無闇に関わらない方が良いだろう。




 ○




 やっと、帰って来た。


 帰り道に冒険者バンクに寄って、イベントで得たアイテムを清算。採集イベント報酬に必要なアイテムを引き払って、『ルーンの涙』はアイテムとして受け取る事にする。


『マーメイドの鱗』採集イベントのお陰で、俺の懐事情は再び一万セルほどになった。日銭を稼ぐ生活だけど、これでどうにか明日も生きて行く事が出来るだろうか。


 しかし、ソロの冒険者ってこんなにも儲からないのかよ。そりゃ、新米冒険者は属性ギルドに入らないとやっていけないわけだ……もっと日給が稼げるダンジョンか、別の方法を考えないとな。


 かくして、『ルーンの涙』を無事に手に入れ、ホテルへと戻って来た俺達であった。


「よーし、それじゃあ翼と足、見せてみて」


「は、はい」


 ごくりと唾を飲み込んで、部屋の床に座ったフルリュが自身の左足――と言っても、太腿くらいまでしか無いそれを差し出す。フルリュの表情には、緊張の色が浮かんでいる――本当に治るのか、不安で仕方がないといった所だろうな。


 まあ、俺もこのアイテムを使うのは初めてだけど……『ルーンの涙』って言ったら、売れば貴重な回復薬。買値は五万セルほどするし、売値でも相場は二万五千セルだ。露店で出せばもう少し値が上がる。


 よくもまあ、マーメイド二十体程でドロップしたものだ。俺も運が良いな。


 多分、大丈夫ではないだろうか。俺はフルリュの周囲にチョークで魔法陣を描いた。


「ええと……これで、使えば良いんだよな……」


 何しろ、ダンジョンで半身を失ったなんて初めて聞いた。冒険者になると、やっぱりこういう事もあるんだろうな……ダンジョンではおいそれと使えないだろうけど、復元できる術があるというのは素晴らしい。


 まあ上級の聖職者になると、こんなものが無くても復元出来るらしいけど。フィーナなんかは、やっぱり出来るんだろうか。


 俺はフルリュの左足と翼に向かって、『ルーンの涙』を使った。


「んっ!! ……ちょっと、痛い……」


 フルリュが痛みに顔をしかめた。魔法陣が輝き、フルリュの左足も光る――おおお。光の塊のようになったフルリュの左足が、見る見るうちに再生していく――……!!


「……すげえ」


 思わず、呟いていた。


 フルリュを包み込んでいた魔法陣が光を失うと、俺が描いた魔法陣は消えていた。同時に、中央で座っていたフルリュが目を開く。


 そこには、失われたフルリュの左足があった。


「……ある」


 立ち上がり、何度か足踏みをした。つい五分前まで、失われていたんだ。


「――――ラッツ様!!」


 フルリュは感極まったのか目尻に涙を浮かべ、俺に抱き付いた。咄嗟の事で俺はバランスを崩し、そのままベッドに倒れ込んでしまった。


 おお……柔らかい。


 翼の腕で抱き締められ、何度も頬擦りをされる。


「ありがとうございますっ……!! ありがとうございます……」


 やれやれ。まあ一先ずこれで、足の件は一件落着といった所だろうか。




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