第八十四話 英雄学園危機一髪
僕が調べた限り、武器による通常攻撃で熟練度が上がる条件は三つ。
1.攻撃が命中すること。
2.命中した相手がモンスターであること。
3.その攻撃がモンスターに影響を与えること。
そして、この三つ目の「影響を与える」の条件に抜け道があることに、僕は気付いた。
攻撃が当たっても敵にダメージがなかった……つまり、「HPの変動」がなければ攻撃とみなされない。
けれど判定されるのは「攻撃後に相手のHPが変動しているかどうか」であり、それが減ったか増えたかは考慮されていないということに。
――つまり「モンスターへの影響」は、回復であっても問題ないのだ。
そして、「この回復による熟練度上げ」を行う上では〈リトルボマー〉は非常に都合がいいモンスターだった。
この熟練度上げに向いている点が、なんと四つもあるのだ。
「一つ目はなんと言っても、火属性攻撃を吸収してくれる、ってところかな」
まさに火そのものといった見た目をしている〈リトルボマー〉は、火の属性攻撃を受けると回復する。
属性攻撃でHPが回復する相手は意外と数が限られているので、これは最重要だ。
「二つ目のポイントは、〈リトルボマー〉が勝手に自分のHPを削ってくれるってところ」
ボマー系モンスターは「自爆」するために自分のHPを減らす技を持っているのが特徴だが、これは今回のレベル上げと非常に相性がいい。
なぜなら「HPの変動」が熟練度上昇の条件なので、HPが全快している敵を殴っても熟練度を手に入れることが出来ないからだ。
もちろんダメージと回復を交互に叩き込むなら熟練度上げは可能とはいえ、それではやはり効率が落ちる。
常に少量ずつHPを減少させ続けているボマー系モンスターが、このレベル上げにはもっとも適しているのだ。
「認めるのも癪だけど、色々考えてるのね。……それでもボマーなんて危ないものを飼うなんて、正気の沙汰じゃないと思うけど!」
ふてくされたように言うトリシャに、苦笑する。
「一応、安全面も考えてるよ。ボマーって聞くと危ないイメージがあるだろうけど、実はこの熟練度上げをするなら〈リトルボマー〉が群を抜いて安全なんだ」
「……どういうこと?」
かつてのトラウマがあるからか、「ボマー」と「安全」という言葉が結びつかなかったんだろう。
眉を寄せて尋ねるトリシャに、僕は解説する。
「〈リトルボマー〉は、火属性魔法で攻撃してくるほかのボマーたちと違って、自爆以外の攻撃方法を持たないからだよ」
初心者殺しと言われているらしい〈リトルボマー〉だが、冷静に観察すれば、こいつが戦闘で取れる行動は、驚くほど少ないことが分かる。
――「ふくらむ」でHPを消費して次の攻撃の威力を上げる。
――「すいこむ」で同族を吸収して強くなる。
――「はじける」で自爆する。
その、たったの三択。
これは〈リトルボマー〉がボマー系モンスターの中で最弱であり、ボマー系のモンスターはこういう敵だよというのを印象付けるためのチュートリアル的な存在であるせいなんだろうけど、これが今回は役に立つ。
なぜなら「すいこむ」は周りに〈リトルボマー〉がいなければ使えないし、「はじける」は一定以上HPが減っていないと使わない。
つまり……。
「あの〈リトルボマー〉は、こっちが火属性で攻撃をし続けている限りは無害、ってコト?」
おそるおそる尋ねてくるトリシャに、僕はうなずいた。
それでやっと、トリシャは肩の力を抜いたらしい。
「ま、まあ、言いたいことは、分かったよ」
「よかった」
僕もホッとして言うと、トリシャはすぐにほおをふくらませた。
「は、話が分かったってだけで、納得した訳じゃないからね! 第一、無限に回復させ続けるってことは、相手は無限にふくらみ続けてるってことでしょ! 〈リトルボマー〉だからって、万が一爆発したら大変なことになるよ!」
「あ、あはは。だから、そうならないように僕らがしっかり見守ってあげないと、ね」
まあ「ふくらむ」で上げられるダメージ倍率にも限界はあるようで、実際には青天井ではないのだけれど、危険なのは間違いない。
トリシャの鋭い追及を、僕は笑ってごまかしたのだった。
※ ※ ※
(そろそろ、切り上げさせないと、かなぁ)
セイリアがひたすら火の玉に斬りつけるのを眺めて、五分ごとに武技を使う指示を出す、という過酷なお仕事を続けてはや数十分。
昼休みが終わるまで残り五分ほどになって、最初は元気のよかったセイリアの動きもだいぶ緩慢になってきた。
そろそろ中断してもらって様子を見ようかな、と思ったところで、事件は起こった。
「――セイリア!!」
セイリアの斬撃が、散発的になったせいだろう。
初めは黄色だった〈リトルボマー〉の色が、今は怒りを示すような赤に染まっている。
――爆発する!
そう予感した瞬間、身体が自然と動いていた。
左手で強く鞘を握り、右手で刃を抜き放つ、抜き打ちの姿勢。
「――〈火走り〉!!」
口は自然と、その技の名を叫んでいた。
次の瞬間に放たれた炎をまとった斬撃は、見事に赤く染まった〈リトルボマー〉を捉え、その身体を両断する。
しかし、ボマーに実体はない。
確かに半分に切り裂いたはずの身体はほんの数瞬ののちには何事もなかったかのようにくっつき、〈リトルボマー〉は気炎を上げる。
ただ、
「……間に、合った?」
気の抜けたようなトリシャの声と、もとの鮮やかな黄色に戻った火の玉の色が、最悪の事態を回避出来たことを如実に語っていた。
それでも……。
それでも僕は、動けなかった。
「レオっち? どうしたの?」
じっと、抜き打ちを終えた姿勢のまま動きを止めた僕を心配して、トリシャが声をかけてくる。
「……いや、なんでもないよ。みんな、無事でよかった」
それでようやく僕も我に返り、抜き放った武器を鞘に戻して笑顔を見せたのだった。
※ ※ ※
また事故が起こる前にと手早くボム次郎を収納した僕は、セイリアに向き直った。
「ご、ごめんなさい! ボク……」
恐縮した様子のセイリアに、首を横に振る。
「いや、これは僕の不注意だったよ。僕の方こそ、ごめん」
そう言って僕が頭を下げれば、
「ほんっとよ! 心臓止まるかと思ったんだから!」
空気を読んだトリシャが、僕の頭をガツンと小突いた。
演技にしてはちょっと力を入れすぎな気もするけれど、今回ばかりは僕が悪いからしょうがない。
セイリアは僕らのやり取りに目を丸くしていたけれど、それで余計な気落ちはどこかに行ってくれたようだ。
この機を逃すまいと、僕は口を開いた。
「それで、どうかな?」
「え……?」
一連の騒動で、すっかり頭から抜けてしまっていたのだろう。
今回の訓練の、本来の目的を思い出させる。
「新しい武技、ちゃんと覚えられた?」
「あっ! ま、待ってて!」
セイリアは顔を真っ赤にすると、ギュッと目をつぶった。
……個人差はあるらしいが、どうもこの世界の人間は自分がどの魔法や武技を使えるか、感覚的に分かるらしい。
メニューに頼りきりなせいか、僕にはあんまり掴めない感覚だけれど、目をつぶって集中するセイリアは、とても真剣な顔をしていた。
そして、
「……あっ」
何かに気付いたセイリアはふらっとその身体をよろめかせ、腰を抜かしたみたいにその場に座り込んでしまった。
一瞬躊躇った僕より先に、レミナとトリシャが駆け寄って彼女を支える。
「だ、大丈夫ですか!?」
「う、ん……」
返された返事は、弱々しい。
レミナに支えられたセイリアに意識はあるようだけれど、明らかに目の焦点が合ってなかった。
――ダメ、だったんだ。
その様子を見て、彼女の口から聞くよりもはっきりと、その結果が分かってしまった。
「お、落ち込むことないって! 期待しちゃったのはしょうがないけど、こんな短い時間で新しい技を覚えるなんてことが土台無茶だったんだよ! だから……」
必死に慰めの言葉をかけるトリシャだけど、僕も同じ気持ちだ。
成果が出なかったのは確かに残念だけど、それはセイリアのせいじゃない。
「実績を示す」なんて大口を叩いて出来なかったのは申し訳ないけど、次の機会がもらえるなら……。
「ご、ごめん! 違う! 違うんだよ! そうじゃ、なくて……」
けれどセイリアは、心配する僕らを振り切るように、首を大きく振った。
それから、泣き笑いみたいな、形容しがたい表情で僕らを見上げると、
「――新しい技、二つ、覚えてた」
複雑な感情が入り混じった声で、そんな報告をしたのだった。
大躍進!!





