第八十一話 成長
「そ、粗茶ですが……」
緊張した様子のレミナの手によって、カタ、と音を立ててセイリアの前にお茶が置かれた。
「ど、どうも」
セイリアは恐縮したようにペコリと頭を下げて、また部屋に沈黙が落ちる。
いや、沈黙というのはちょっと嘘で、
「……〈ブリーズ〉。……〈ブリーズ〉。……〈ブリーズ〉」
部屋の隅から何か念仏のような声が聞こえるけれど、まあアレはノーカウントということにしよう。
「そ、その、やっぱりわたしたちは席を外そうか? たくさんいると話しにくいだろうし……」
トリシャは気を使って、というよりなんだか厄介ごとから離れようとするかのようにそう提案したけれど、セイリアは首を横に振った。
「ううん、大丈夫。ボクが頼んでる立場だし、人に聞かせられない話ってワケでもないから」
そう言うと、セイリアはお茶を一口だけ飲んでから、覚悟を決めたようにおもむろに話を始めた。
「別に、ね。差し迫った命の危機とか、今強くならないと学校をやめさせられる、みたいな切実な理由がある訳じゃないんだ。なのにこんなお願いをして、申し訳ないと思う。ただ……」
ぎゅう、と傍目からも分かるほどに強く拳を握りしめ、彼女はこう口にした。
「――大会に、父様がやってくるんだ」
その言葉に、僕は少しだけ目を見開く。
「セイリアのお父さんって……」
「〈赤の剣聖〉。そんな風に、呼ばれているね」
ちょっと無理したようにセイリアは笑って、言葉を続ける。
「父様は家にはほとんど帰ってこないし、ボクが話が出来る機会も、今はもう全然なくて……。でもだからこそ、この大会がチャンスだって思った。ううん、今を逃したら、もう父様がボクの剣を見てくれる機会なんてないかもしれない。そう、思ったんだ」
絞り出した声は、重く、暗い。
「なのに今のボクには、父様に見せられるものが何もない。そう考えた時に、どうしてかな。アルマくんがランドを倒した時の光景が、ふっと頭に浮かんだんだ」
思いがけない話の飛び方に驚く僕に、セイリアの視線が向く。
「あの一撃は本当にすごかったし、綺麗だった! ……もちろん、剣術と格闘術じゃ、話が違うのは分かってる! でも、ボクもあんな風に綺麗な技を使えたらって思ったら、自然とアルマくんのことを捜していて……」
今ばかりは憔悴した顔立ちを明るく輝かせ、熱く語る。
けれど、そこで我に返ったのだろう。
ハッとしたセイリアは、自嘲するように俯いた。
「ご、ごめんね、勝手にこんなこと……」
「いや、そんなことないよ。僕は話してくれて嬉しかった」
「そ、そう?」
僕が言い切ると、セイリアはこの部屋に来てから初めて笑顔を見せた。
でも、これはお世辞ではなくて、真実だ。
「切実な理由がない、なんて言ってたけど、全然そんなことないよ。セイリアの理由だって十分切実だし、しっかりとした動機だと思う」
「そうなの、かな」
「うん! それに、そういう背景があれば、僕も『本気』で動ける」
だって……。
(――こうも導線がはっきりしてれば、「これがイベントなんだ」って、分かるからさ)
絶対原作守護るマン、久しぶりの全力出動だ!
※ ※ ※
(――うん。やっとゲームの方向性が掴めてきたかもしれない)
まず、通常の一周目の戦力では、どう足掻いても大会自力優勝は無理。
これは前提としてもいいと思う。
だけどおそらくは「魔王」を倒してハッピーエンドを迎えるために、あの優勝トロフィーは必要不可欠。
だから、最初の模擬戦でセイリアに勝つか、負けても不良から助けていた場合、こうやってセイリアから協力を持ちかけられるイベントが発生するんだと思う。
(そのイベントに成功してセイリアを優勝させればトロフィーをゲット、もしくは必要な時に貸してもらえる、ってところかな)
あるいは二周目以降なら、セイリアに頼らずに自力優勝ってのも視野に入ってくるかもしれないけど……。
どちらにせよ、紆余曲折はあったけれど、いや、紆余曲折があったからこそ、久しぶりに正規ルートに乗ることが出来たといったところか。
……冷静に考えたら、正規ルートに乗れるのが「久しぶり」って、原作保護の観点からすると相当やばい気がするけど、今は気にしないことにしよう、うん。
とにかく、そうなればやるべきことは明白だ。
セイリアの大会参加を、全力でサポートしてやればいい。
もともとセイリアは〈ファイブスターズ〉と呼ばれる同年代でも抜きんでた才能の持ち主で、敏捷型の剣士。
まるで「この大会のためにあつらえた」かのように、今回の大会のルールと噛み合った能力を持っている。
少しだけ後押ししてやれば、きっといい結果を持ち帰ってくれるはずだ。
「セイリアの目標としては、とりあえず大会優勝が出来れば大丈夫ってことでいい?」
「えっ? も、もちろん、それが出来れば最高だけど……」
僕が問うと、セイリアはぎこちなく目を逸らした。
「……だけど、難しいと思う。ボクには剣の才能がないから」
「え? でもセイリアは剣の技術だったらクラスでもぶっちぎりのトップだと思うけど」
僕が首を傾げて言うと、セイリアは嬉しさ半分、悔しさ半分、といった不思議な表情を浮かべた。
「あ、ありがと。だけど、ボクに才能がないのは本当なんだ」
セイリアは、自嘲気味に笑う。
「アルマくんは、知らないと思うけど。ボクはどれだけ剣を振っても、どれだけ剣の技術を磨いても、三つ目の武技までしか覚えられなかった。だから……」
「なら、最初は使える武技の数を増やせばいいってこと?」
「えっ?」
目をぱちくりとさせているセイリアに、笑いかける。
なんだか必要以上に思い悩んでいるみたいだけど、それだったら幸い、僕の得意分野だ。
「そういうことなら、任せてくれればいいよ。条件さえ守ってくれるなら、僕が全力でセイリアのサポートをするからさ」
かつて、僕は確かに、全てにおいてミリしらだった。
自分が何者なのか、ここがどういう世界なのか、どうすれば強くなれるかも、何も分かっていなかった。
でも、あれから九年の歳月を経て、今……。
少なくとも熟練度を上げることに関しては、この世界で一番詳しい自信がある。
「そうだなぁ。じゃあ、まずは手始めに――」
とはいえ、実績がなければ簡単に信用は出来ないだろう。
なら、最初はとっかかりを作ることが重要。
となれば……。
「――この昼休みの間に、次の武技を覚えてみようか!」
トリシャ(そういうやばい話は別のとこでやってよぉぉぉ!)
ここからしばらくは更新速度を加速させてく予定なので、早く読みたいぜって人は評価だの感想だので後押ししてください!
かっ飛ばしていくぜー!





