第七十五話 トリシアーデの憂鬱
(やっぱり、個人主義が行き過ぎて協調性がないのが帝国の欠点なのよねー)
――力に対して貪欲で、ストイックだがプライドが高く、割と本気で「強い=正義」だと思っている節がある脳筋の民。
それがわたし〈トリシアーデ・シーカー〉の忌憚のない帝国貴族評だ。
帝国の貴族っていうのは「自分が他人よりも劣っているのが我慢ならない」って奴ばかりだから、画期的な練習法や技が生まれたとしても一族の中で秘匿され、それがあまり広がったりはしない。
だからこそ、昨日のレオっちの発言は大きな波紋を生んだはずだ。
(今頃、実家に手紙出してる人多そうだなー)
正直に言ってわたしはそこまで家への帰属意識がないし、抱えているモノが大きすぎて逆に実家に連絡なんて出来ない。
(ただまあ、ここが帝国だから助かってる部分もあるんだけど……)
プライドがあって独立独歩の気風が強いから勧誘については比較的緩いし、搦め手を好まない傾向があるから権謀術数とはほど遠い。
レオっち目当てで接触してきた人たちも、あわよくば自陣営に引き込みたいと思っている人もそりゃあいたけれど、意外にも大半は単純な憧れから話を聞きたいとか、一目だけでも会ってみたいとか、そういうある意味で純粋な目的の人が多かった。
……だからこそ断りにくい、みたいな面もあって、複雑ではあるんだけど。
それに、きっとこんなのはまだまだ始まりに過ぎない。
レオっちはこれから、さらに有名になっていくだろう。
今日はまだ帰り道で話しかけられる程度で済んだけれど、この先どうなるかはまったく想像も……。
――コンコン。
そんな風に未来に想いを馳せていると、まるでそれを証明するかのようにドアがノックされた。
わたしが慌てて身を起こすと、
「あ、大丈夫だよ。わたしが……」
そう言ってレミナが玄関に向かおうとするが、わたしはそれを止めた。
「いいよ。どうせレオっち関係でしょ。パパっと断ってくるから」
わざわざ部屋まで訪ねてくるというなら、それが許されると思うほどわたしと仲が良いか、面の皮が厚いかの二択。
どちらにせよレミナが相手にするのは厳しいだろう。
「はいはーい!」
催促のように続くノックの音に、わたしはいささか乱暴な返事を返しながら玄関へと急ぐ。
さあ、この部屋の初めての訪問者様は、一体どんなご尊顔をしているのやら。
わたしは苛立ちをぶつけるように、荒っぽい動作で覗き穴に目を当てて、
「ぅえっ!?」
そこに映った相手の姿を見て、口から濁った声が漏れた。
一瞬、棒立ちになってしまうが、驚いてばかりもいられない。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
過去最高の速度で鍵を開け、慌ててドアを開けると、そこには、
「――やっほ。こんばんは、トリッピィ」
今話題の公爵令嬢が、寝間着姿で立っていたのだった。
※ ※ ※
こんな事態は流石に予想してない。
「え、えっと、その、あ、とりあえず中に……」
わたしは大慌てで彼女を部屋に招く。
とにかくレミナにも頼んでおもてなしを、と思ったけれど、それは当の本人に止められた。
「ここまでで、いい。届け物をしに来ただけだから」
「え、でも……」
部屋に二、三歩入っただけで止まったファーリ様に、わたしは戸惑ってしまう。
一方で、ファーリ様はどこまでもマイペースだ。
「トリッピィの部屋教えて、って聞いても誰も教えてくれなかったから、焦った」
いや、そりゃトリッピィって言われても誰もわっかんないでしょうよ、というツッコミが喉まで出かかったけれど、なんとかこらえる。
やっぱり、名前は間違って覚えられていたらしい。
(うぅぅ。やっぱりわたしじゃこの人の相手は荷が重いよー)
入学直後は頑張って「ファーリっち」なんて呼んでいたけれど、一度我に返ってしまうと魔法公の娘にそこまでフランクに接するのは自分には無理だ。
(レオっち相手だと、なぜか大丈夫なんだけどなー)
これも人徳と言えるんだろうか、なんて考えていると、
「はいこれ、レオから」
渦中の人物の名前を出されて、よく分からないうちによく分からないものを無造作に手に押し込まれた。
「じゃ、わたしは魔法の練習をするから」
それで自分の役目は果たした、とばかりに満足げにうなずいて帰っていこうとするファーリ様を、慌てて呼び止める。
「ま、待ってください! これは?」
自分の手のひらを見ると、そこには冴えない光を放つ鉄製のリングが四つ。
なんだか嫌な予感を覚えながらわたしが尋ねると、
「――『無限の指輪』、二人分。やったね、おそろいだよ」
ファーリ様は得意げに二本指を立て、特大の危険物を残して颯爽と歩き去っていったのだった。
トリシャの心労は加速する!!





