第七十四話 トリシアーデの驚愕
突然のトリシャ視点です!
「――うあぁぁ。もうむりぃ、つかれたぁぁ」
やっと寮の自室に帰り着いたわたしは、倒れ込むようにベッドにダイブして、バタバタと手足を動かした。
こんなこと、もちろん実家でやったら大目玉を食らうか、あるいはお嬢様が乱心したと医者でも呼ばれてしまいそうだけど、寮生活なら問題はない。
だってここにいるのはわたしと、もう一人。
「お疲れさま。今日は、大変だったね」
そう言って優しく髪を撫でてくれる、わたしのルームメイトしかいない。
「大変なんてもんじゃないって、もうわけがわかんないよー」
言いながら、わたしはゴロンと仰向けになって、わたしの親友にしてルームメイト、レミナの顔を見上げる。
――とある孤児院からわたしが引き取った少女、レミナ・フォールランド。
当時は今よりも体つきはガリガリで、髪もボサボサで手入れもされていなかったけれど、食糧事情と衛生面が改善された今のレミナはとても綺麗だ。
同性から見ても魅力的だと思う。
(それに比べてわたしはなー)
一瞬だけひがみ根性が湧いてくるが、長続きはしない。
怒りに使えるような余力は、わたしにはなかった。
「手のひら返しってわけじゃないけどさぁ。みんながみんな、急に眼の色変えてわたしに押し寄せてきちゃって……」
もちろん目当てはわたし本人じゃない。
その奥にいるだろう〈雷光のレオハルト〉とのつなぎをお願いしたくて、わたしに話しかけてきているのだ。
「ま、まあまあ。みんな、公爵様の子供に話しかけるのは勇気がいるだろうから」
……分かってる。
そりゃ本人がめちゃくちゃすごい魔法使いな上に、親の身分だって雲の上。
そんな人にいきなり話しかけられる訳がないし、だったら彼と仲がいい伯爵家の友達に話してみようか、となるのは分かる。
誰だってそうする。
わたしだってそうする。
だけど、当事者になってしまえば恨み言の一つや二つは出てこようというものだ。
「そりゃ、レオっちが有名になればわたしたちも安全に、とは思ってたけどさぁ」
物事には、何事も限度ってものがあるのだ。
入学後、一日目には三年の実力者であるスイーツ家の長男を武技で倒し。
二日目には全属性の十階位魔法と風の十三階位魔法を使うことで比類なき魔法の実力を示し。
そして、登校日としては四日目に当たる今日にいたっては……。
(――今日のレオっち、とんっでもなく目立ってたからなぁ)
公衆の面前で〈ファイブスターズ〉の一人が話題の〈シックススター〉に抱き着いたなら、そんなもの注目を浴びないはずがない。
あの魔法テストが終わった直後、ファーリ様とレオっちは当然のように周りからの質問攻めにあったし、なんだったら場を収めるべき教官が率先して参加して煽っていたのだから、場が収まる訳がなく……。
「ファーリには、魔法についてちょっとアドバイスをしただけだよ」
結局レオっちは、ファーリ様への助言として「レオハルト家に伝わるちょっとした魔法の練習法」と「苦手な属性も練習した方が魔法が強くなる」ことを教えたと明かしたのだ。
さらにそこで、レオハルト家の研究によって「苦手属性の魔法の練度が、得意属性の魔法の練度にも影響する」ことが証明されたとはっきりと宣言した。
(レオっちは腹芸とか興味なさそうだけど、全く出来ない訳じゃないっぽいんだよねぇ)
正直、これは上手い手だったと思う。
この言葉によってその場の興味は、前者のおそらく秘匿されているであろう練習法よりも、後半の「苦手属性が魔法全体に与える影響」という誰にでも関係のある事柄の方に一気に移った。
しかも、これは別に革新的な理論などという訳ではなく、「行き詰まったらほかの属性を鍛えろ」というのは魔法使いの間ではよく言われるセオリーの一つ。
実際、ネリス教官もアドバイスとして生徒にそう教えたことは何度かあるそうだ。
ほかの凡百の貴族ならともかく、あの魔法公がそれを知らなかったはずはないから、きっとファーリ様の家の家族仲が悪くなかったら今のような一極集中すぎる魔法訓練はしていなかったと思う。
……とはいえ、それは「気分転換にほかの属性も練習したら、魔法制御が上手くなって本命の属性も上手くなることがある」という魔法使いが持っている経験則的なもの。
はっきりとした理論として口に出されるようなものではなく、そういう話を一切知らなかった生徒もその場にいた。
戸惑いの空気が満ちる中、レオっちはどこまでも自信満々だった。
レオっちはそこで野次馬の先頭、剣士としてはセイリアに次ぐ強さを持つディークくんに突如として話を振ったのだ。
「ディークくんはさ、何か全然鍛えてない魔法属性とかない?」
「え? あ、ああ。オレはどうせ剣がメインだし、火以外は初級もなかなか成功しねえから、風と土はまだ第一階位も使えねえけど……」
突然水を向けられて驚くディークくんがそう答えると、レオっちは大きくうなずいた。
「じゃあ、騙されたと思って一週間、風と土の魔法を鍛えてみてよ。絶対に火の魔法も強くなるから」
「マ、マジかよ……」
確信にあふれた言葉に、ディークくんは呆然としていたけれど、レオっちの攻勢は終わらなかった。
「もしくは……マナポーションがたくさんあるならがぶ飲みして練習すれば、すぐに結果が分かると思うよ」
そう言って、思わせぶりにちらりとファーリ様を見たのだ。
(な、なるほど!)
そこで、ようやくわたしはレオっちが目指していた話の終着点に気付いた。
――苦手属性の鍛錬で魔法が上手くなるという新事実を知ったファーリ様が、マナポーションを使いまくって苦手属性の魔法を練習して成果を出した。
指輪の高効率をマナポーション乱用に置き換えた状態だけど、これならカバーストーリーとして破綻はないし、ファーリ様が寝不足だったことも説明出来る。
それに、これならすごいのはマナポーションを大量に用意出来たファーリ様側になるから、レオっちの秘密は目立たない。
(やるじゃん、レオっち!)
まさか、一言も嘘をつかずにこんな無難な落としどころを用意するなんて……。
そう思って隣を見ると、近くにいるわたしくらいにしか聞こえない声で、
「――絶対うやむやにするんだ。これ以上原作を壊してたまるもんか」
と小さくつぶやいているのが聞こえた。
意味は分からないけれど、並々ならぬ思いがあるらしい。
ただ……。
「――よし! ならいっちょ試してみようぜ!」
レオっちに一つだけ誤算があったとすれば、そこに火種があったら燃やさずにはいられない、天性のお祭り女が居合わせていたこと。
「ネ、ネリス教官? 試すって……」
「お前が言ったんだろ。マナポーションがありゃ検証出来るってよ。幸い、授業用のマナポーションの備蓄が結構あるんだよ! 本来なら一年かけて使うもんだが……まあいいだろ! 全部使うつもりで用意するぜ!」
言うなりポーションを取りに駆け出したネリス教官を止めることなど、誰にも出来るはずもなく……。
「せんせぇ! オレもう飲めないっすよ!」
と泣きが入るまでディークくんはマナポーションを飲まされて風と土の魔法を使わされ続け、なんとその日のうちに両方の属性で第一階位魔法を安定して使えるようにまで成長してしまった。
そして最後に、ディークくんが火属性の第四階位魔法を使ってみると……。
「――全然、ちげえ」
流石にファーリ様ほど劇的な違いはなかったけれど、練習をやる前に撃っていた火魔法とは、明らかに安定感も強さも違っていた。
この結果に、本人だけでなく、その場に居合わせた生徒たちみんなが目の色を変えた。
もうとっくに授業の時間は終わって、もう帰ってもいいとネリス教官が言っていたというのに、誰一人としてその場を離れていなかったことが、この一件の注目度の高さを物語っていたと言えるだろう。
中でも一番衝撃を受けたであろうディークくんはしばらく、自分の手をぼうっと眺めていたけれど、
「ありがとう、レオハルト!」
「えっ!?」
急にレオっちの方を振り返ると、まぶしいほどの笑顔を浮かべて言ったのだ。
「これ、レオハルト家が苦労して研究した内容なんだろ。もちろん、家の意向でなのかもしれないけどさ。こんな秘密を惜しげもなくみんなに教えてくれるなんて、オレは感動したよ」
「え、いや、そんな別に、ただステータスを……」
戸惑うレオっちのことを、ディークくんは謙遜していると取ったらしい。
笑顔で近付くと、半ば無理矢理にその手を握った。
「――お前には、でっかい借りが出来たな。この恩は、いつか絶対に返す! 楽しみにしててくれ!」
ディークくんとレオっち、二人の少年が固く握手を交わす様はまるで絵画のように美しく、そして――
「げ、げんさく……。げんさくが……」
――取り返しがつかないほど最っ高に、目立っていたのだった。
┌(┌^o^)┐イイハナシダナー





