第七十二話 眠らずの姫
「ん、う……?」
耳に届いた小さな声に視線を向けると、ファーリがぼんやりと薄目を開いたところだった。
「……れお?」
「うん。おはよう、ファーリ」
彼女はしばらく、状況を理解出来ないようで、焦点の合わない目でこちらを見ていたけれど、やがてぽつりとこぼす。
「……変な夢、見た」
「夢?」
僕が聞き返すと、彼女はどこかぼんやりとした調子で、答えた。
「……わたしが、火の魔法を使った夢」
なんだか残念そうにも聞こえたその言葉を、僕はやんわりと訂正する。
「それ、夢じゃないと思うよ」
「え?」
僕が「もう一度やってみたら?」と促すと、彼女は〈トーチ〉と唱え、今度は一発で魔法に成功させていた。
「ほ、ほんとに使えた!? でも、どうして?」
それではっきりと目が覚めたのだろう。
答えを求めるようにファーリは僕を見た。
「えーっと、ぬか喜びさせたら可哀そうかと思って、詳細は言わなかったんだけど」
だから僕はファーリが嵌めている新しい方の指輪を指さして、
「――その指輪は、火の魔法の適性を一段階上げられるんだ」
今回のカラクリの解説を始めたのだった。
※ ※ ※
最初に自分のステータスを見た時、僕は自分の魔法の素質を見て驚いた。
――光だけがSで、残りは全部E。
明らかにレアな属性の光だけが最強で、残りは最弱なんて、なんて主人公らしい、とそう思ったのだ。
だけど、おそらく魔法の素質はEが一番下ではなかったんじゃないかと思う。
もちろん適性がEだと魔法がなかなか成功しないし、成功しても伸びがおっそいしで、育成に苦労はする。
苦労はするが、まあ無限初級魔法なんかの補助があったりで、気が遠くなるような努力をすれば一応伸ばせなくもない、というのがE適性だった。
だけどたぶんそのさらに下……。
Fか、もしくはG適性というのが存在していて、その適性では「どんな手段を用いても100%魔法が成功しない」のではないか、というのが僕の推論だ。
だって、光魔法を数回使っただけの僕でも、E適性の〈トーチ〉の成功率が1%もあった。
なのに水魔法で第七階位まで覚えて〈魔法詠唱〉のレベルが相応に高いはずのファーリが、一度も〈トーチ〉の魔法を成功させられないのは、適性の下限がEだとすると理屈に合わないからだ。
それに、Eよりも下の適性が存在すると仮定すれば、「得意属性の反対属性の魔法は絶対に覚えられない」というトリシャの言葉も理解出来る。
推定ではあるけれど、ファーリの素質は、
【魔法適性】
火:G
水:S
土:E
風:E
闇:G
光:G
という感じになっていたんじゃないだろうか。
いや、まあ他人の素質は見られないし、ちゃんと検証していないのであくまで想像だ。
ただ、そう大きく外れてもいないだろうと思う。
あ、ちなみにほかの属性についてはあくまで勘。
土と風はなんとなく僕と同じくらいかなって思っただけで確証はないし、水だってよく見てないからAかもしれないし、Sより上だったりってことも考えられる。
ただ、光と闇についてだけは初日に試してもらったら使えなかったから、流石に伝説の二属性は普通の人は使えない、という認識でいいんだと思う。
そうじゃないと、流石に主人公の特別性が薄れちゃうからね!
――けれど、その法則をある意味でぶっ壊す装備。
それが《火の極意(レジェンド):火属性の適性を上げる》というエンチャントのついた、この木の指輪なのだ。
「適性を変える、装備……。そんなものが……」
と目を見開いているファーリに、僕は頭を下げた。
「だから、ごめん。ファーリが火の魔法を使えるのは、もしかするとこの指輪をつけてる時だけかもしれない。たとえこれからどんなに火属性魔法の熟練度を上げても、指輪を外したらまた……」
けれどファーリは、そんな僕に穏やかな顔で首を横に振った。
「大丈夫。別に、今さらこれでお父さんに認めてもらおうとは思ってないし、わたしにはもう必要ないものだって分かってる」
それから、ちょっとだけ表情を緩めると、
「――でも、なんだかすごく、スッキリした。……ありがと、レオ」
胸のつかえが取れたように晴れやかな顔で、僕に笑いかける。
(……もう、大丈夫そうかな)
その姿からは、学園を辞めると言っていた時の無気力さなんて微塵も感じられない。
ただ魔法が大好きなだけの一人の女の子の姿が、そこにはあった。
……と、思ったんだけど、
「だ、だから、その……。無限の指輪、また貸してほしい」
もじもじした様子でそんなことを言いだした時には、僕は別の意味で意表を突かれた。
火の魔法への執着が薄れたのはいいんだけど、なんだかちょっと、のめり込みすぎなような……?
「え、あ、うん。それはまあいいけど……」
そのまま指輪を取り出そうとして、ふとその手が止まる。
「もしかして昨日も魔法の練習で夜更かししてた? なんだか寝不足だったみたいだけど」
「う……」
僕の指摘に、ファーリは露骨に動揺した。
「よ、夜更かし、というか……」
「もしかして、昨夜は全然寝てなかった、とか?」
その言葉に、彼女は首を横に振った。
振ったんだけど……。
「……三日」
「え?」
おずおずと僕を見ると、悪戯がバレた子供のように僕から少し視線を逸らし、
「――指輪をもらった三日前からずっと、寝てなかった、かも?」
てへへ、とばかりに打ち明ける元眠り姫の姿に、僕の脳裏にはなぜか「ダメ人間」という言葉が思い浮かんできてしまったのだった。
三徹の姫君!
長かった眠り姫編も次回で終わりです!
なんかセイリアと待遇に差が……気のせいかな?





