第二百三十一話 姫の帰還
若干SRPG Studioの誘惑に負けつつも頑張りました!
いや、新素材のサムライのモーションがめちゃかっこいいんですよね!
「……姫様」
サスティナス領の兵士長、シャーム・ランドルブは街の外縁を臨む詰め所から、今日何度目になるか分からない視線を、帝都に続く道へと送った。
「隊長?」
シャームとしてはさりげなく顔を向けただけのつもりだったのだが、外から見ればあからさまな動作だったのだろうか。
彼と一緒に詰め所に詰め、秘書のような作業を引き受けている部下の一人が、それを見咎めた。
「また帝都の方を見ていますが、何かありましたか?」
真面目そのものの部下の言葉に、シャームは苦笑いと共に首を振った。
「……いや、すまんな。仕事中に雑念だった。ただ、姫様……メイリル様は、元気にやっているかと思ってな」
真実ではないが、嘘でもない言葉。
しかし、
「ああ……」
おそらく「姫様」についての心配は、彼女にとって受け入れやすい言葉だったのだろう。
彼女はあっさりとうなずくと、少しだけ表情を崩して、続けた。
「ふふ。急に北側に勤務なんてどうしてかと思いましたけど、また隊長の『過保護』が始まったんですね」
「む。そういった不名誉な言い方はやめてくれ。私は、将来サスティナス領を治めるであろう方の安否を案じてだな……」
シャームの弁明に、「分かっていますよ」という態度でうなずく部下。
本当に領の一大事だと告げたいが、まさか真実を話す訳にはいかない。
――数日前、帝都から届けられたメイリルの手紙に書かれていた秘密の計画。
それは、交流戦の優勝者から「旗」を奪い、サスティナス領に帰還。
そのまま〈望月の遺跡〉へ向かって風鎮めの儀式を執り行うので協力してほしい、という驚くべきものだった。
(姫様……)
シャームは、メイリルが子供の頃から何かと彼女の世話を焼いていた。
もはや、彼にとってメイリルは妹のような存在だ。
だからこそ、やりきれなかった。
(――この地、かつては精霊の都と呼ばれたサスティナスは、滅びに瀕している)
風精に守護され、帝国で一番安全な領地と称えられたかつての栄光は、いまや見る影もない。
風精様の加護にあぐらをかき、軍縮を重ねたこの領に残ったのは、狂った風精と貧弱な軍備という負債だけだ。
(今のこの地に自力で魔物を退ける力も、風精様に抗う力もない)
そんな貧弱な領に活路があるとすれば、たった一つ。
――正統なサスティナスの、精霊使いの力を持ったものが、〈望月の遺跡〉で風鎮めを行い、風精を鎮めること。
数十年前、メイリルの父がサスティナスの当主に就任すると同時に〈風鎮めの儀式〉を行ったことで、荒れ狂っていた風精の活動は抑えられた。
当時以上に狂い、暴れている風精による被害を抑えるためには、もはや風鎮め以外の手段はないだろう。
――しかし、それには当然のように代償が伴う。
かつて、サスティナスの初代領主となった精霊使いの男は、〈統風の魔旗〉を持ち、〈望月の遺跡〉の力で膨大な数の風精を従え、サスティナスの地から魔を退けたという。
――〈風鎮めの儀式〉とは、それを再現するもの。
その儀式は風精に大きな影響力を及ぼす代わりに、狂った風精と一時的に精神が接続するため、彼らの「狂気」が呪いとなって逆流する。
彼らの孕む狂気は「呪毒」となって術者を襲い、決して癒えぬ毒として、その肉体を、精神を破壊するのだ。
……度重なる儀式によって蓄積された〈呪毒〉は、英明だった当主を、すっかり変えてしまった。
呪いによってまともに起き上がることすら出来ない身体と、絶えず聞こえる声によって狂っていく心。
敬愛する主君が壊れていくのを、シャームは何も出来ずにただ見守っていた。
当主が最後に風鎮めを行ってから、十年。
あれから、風精の狂気は落ち着くどころかいや増している。
そんな状況で風精たちと「接続」してしまえば、その人物は決して五体満足ではいられないだろう。
(あるいは、当主様が頑迷に姫様を後継者とすることを認めないのは、同じ咎を彼女に与えないためかもしれない)
そんな風に考えるのは、シャームがいまだに健在だった頃の主君の幻を追っているせいだろうか。
今の主君は呪毒によって心を蝕まれ、まともな思考が残っているかすら、怪しい状態だというのに……。
(……まあ、考えても詮なきこと、か)
どちらにせよ、サスティナス領主が次代の領主として選んだのは娘のメイリルではなく、唯一の〈風鎮め〉が可能な適格者、サスティナスの分家の少年オーヴァルだった。
だが……。
(――残念ながら、あの小僧に自らの命を賭して風鎮めを行う気概があるとはとても思えぬ)
シャームの目は、オーヴァルの気質と思惑を、正確に見抜いていた。
儀式を伴わない〈統風の魔旗〉でも、街に近付く風精を場当たり的に撃退することくらいは出来る。
旗を正当な後継者の証として掲げ、〈望月の遺跡〉に向かう危険性を説いて儀式の実行を遅らせる。
そうすればやがてメイリルの父である現当主は死に、その血を継ぐメイリルを娶ったオーヴァルが、次のサスティナスの支配者として名乗りをあげることになる。
そうなれば、もう終わりだ。
権力を持ったオーヴァルに、誰も〈風鎮めの儀式〉を強制することは出来なくなる。
彼とその一族は、領主の立場と旗による防衛力を盾に、小さい世界の王者として君臨し、サスティナス領の少ない余命を食い荒らすことは想像に難くない。
そうなれば……。
サスティナスという土地は早晩、魔物の支配域に呑み込まれ、地図からその名を消すことになるだろう。
(……ままならぬ、ものだな)
このままでは妹のように思っていたメイリルは望まぬ結婚を強いられ、そのままサスティナスの地は滅ぶ。
しかし、かといってメイリルが旗を手に戻ってくれば、サスティナスの平穏と引き換えに、彼女は儀式によって心を壊してしまうだろう。
いや、それ以前に、シャームたちが風精のうごめく〈望月の遺跡〉へたどり着けるかどうかすら危うい。
(そして……。仮に姫様の犠牲をもって〈風鎮めの儀式〉が成功したとして、それはいつまで保つ? 儀式の効果が切れた時、次の儀式は行えるのか?)
何をどう考えても、待ち受けるのは暗澹の未来。
――やはり、詰んでいるのだ、この土地は。
シャームは、どうしたってその結論に至らざるを得なかった。
そうだ。
どうせ、この土地はもう詰んでいる。
だったら、いっそ。
(……いっそ、逃げてくれればよかったのに)
こんな泥船に、若く、未来のあるメイリルが、付き合うことなどない。
一時的とはいえ、呪われた地を離れられたのだ。
どうせなら現地で添い遂げる人を見つけ、そのまま駆け落ちでもしてしまえば、サスティナスが滅んだとしてもシャームの心は救われるだろう。
(……なんて、な)
強い責任感を持ち、誰よりサスティナスの地を、民を愛する彼女が、逃げ出す可能性などないことは、長い時を共に過ごしたシャームが一番よく知っていた。
そして実際、彼女は負う必要もない責務を負って、三年という期間を待たずに、この呪われた地に帰ってこようとしている。
彼女を止められるとしたら、それは、彼女以上の適格者が出てきた時だけだろう。
そう、例えば……伝説に謳われる、サスティナスの初代領主のような。
(初代様、か)
サスティナスの初代領主は、絶望的な状況下で精霊を統べる術を見つけ、滅亡寸前だったこの地を魔物から取り戻したという。
ふと、思う。
もし、もしも彼がこの時代にいたとしたら、きっと呪毒すらものともせずに平然と儀式を行い、風精を鎮めるのではなく、全てを配下として従え直し、その力でサスティナスのみならず、帝国全てを救ってみせるのではないか、と。
しかし、シャームはすぐに首を振った。
(……バカバカしい。そんな人間、実在するはずがない)
おそらくは初代サスティナス領主の伝説も、時代が進むうえで誇張されたものだろう。
シャームが生きているのはおとぎ話の世界ではなく、現実だ。
そんな妄想をしている暇があるのなら、少しでも現状を変える努力をするべきだ。
埒もない想像を振り払い、視線をなんとはなしに北へと向けた時だった。
「まさか、姫様!?」
遠く、帝都へと通じる道に、人影が見えた。
その姿が見えた時、シャームの身体はもう、勝手に動いていた。
「隊長!? どこへ……」
全ての作業を放り投げ、街の門へと走る。
メイリルにかけるべき言葉、尋ねねばならぬことが、瞬間的に脳裏を駆け巡る。
だが……。
「は……?」
息を切らせて門にたどり着き、道の先を見た彼の目に飛び込んできたのは、見慣れた少女の姿ではなかった。
「なん、だ……?」
思わずそう漏らしてしまった彼を、誰も責められないだろう。
なぜなら、
「こーんにーちはー!」
見覚えのある旗を振り、にこやかにシャームに向かって近づいてくる少年の胸には、なぜだか翠色のスライムが抱えられていたのだから。
姫(スライム)の帰還!!





