第二百二十四話 叛逆の刃
(――ど、どうしよう。何が正解か全く分からないんだけど!?)
このイベントを「原作通り」に収めるにはどうすればいいか。
現在進行形で喉にナイフを突きつけられながら、僕の脳は高速で回転していた。
(名前は当てるのが正解なのか? 気付かなかったフリをするべき? いや、そもそも旗は奪われるべき? それとも死守するべき?)
原作ミリしら勢の悪いところが出る。
様々な可能性が頭をよぎって、動けなくなってしまう。
(……いや、落ち着いて考えてみよう)
僕は、これまでもこのくらいのピンチを何度も切り抜け、正解を導き出してきた。
その推理力を、今こそ発揮する時だ。
クラスメイトが変装して重要アイテムを狙って主人公を襲ってきた、というのはよくあるシチュエーション。
問題は、それがどういうイベントかということ。
今思いつくのは、以下の三つのパターン。
パターン①
突然の襲撃者によって、旗は奪われてしまう。
奪われた旗を求めて調査を重ね、クラスメイトが犯人だという衝撃の事実にたどり着く。
パターン②
襲撃者はクラスメイトだった。
それに気付いた主人公は、襲ってきたクラスメイトと和解し、一緒にその問題を解決する。
パターン③
旗を狙って襲ってきた襲撃者をなんとか撃退する。
その理由を調べるうちに、旗に隠された秘密を知り、旗を巡る大いなる争いに巻き込まれていく。
大体だけど、こういうイベントの流れはこんなパターンになるのが物語の常だ。
なら、今回がどのパターンに当てはまるか、だけど……。
LV 84 メイリル・サスティナス
今の僕にはこの大きなヒントがある!
これを見る限り、彼女がサスティナス将軍の娘で〈ファイブスターズ〉の一員なのは間違いない。
そして〈ファイブスターズ〉というのは、このギャルゲー世界におけるヒロイン!
すなわち「味方陣営のキャラ」なのは確定的に明らか!
(――つまり、パターン②! 「メイリル・サスティナスに悲しき過去」なパターンの可能性が高い!!)
そう考えれば、全ての要素が点と点でつながってくる。
あの優勝旗の説明文。
あれを思い出せば、メイリルの目的も読めてくる。
《統風の魔旗(貴重品):帝国西部の暴風を鎮めるために必要な魔法旗。魔王に至る四つの鍵の一つ。「たとえ、この身を闇に堕としても……」》
サスティナス領があるのは、帝国西部。
おそらくサスティナス領では魔法の暴風か何かが吹き荒れていて、メイリルはそれを止めるために、どんな手段を使ってもこの魔法の旗を手に入れる必要があるんだろう。
そうなると、フィルレシア皇女が旗の話題が出た時に言った言葉、
《その旗、貴方が管理することになったんですね》
《そうですか。……それを持つのなら、サスティナス家に注意した方がよいかもしれません》
ともつながってくる!
そして最後に、僕が気にしていた「ゲーム内の日数の割に、アイテムが集まりすぎている問題」もこの仮説の下では理屈がつけられる。
二つ目の魔王の鍵である優勝旗がこの一年目の一学期で手に入ったのも、一つのイベントでロザリオと優勝旗両方が同時に手に入ったのも、この優勝旗がメイリルのイベントをこなさないと本当に手に入ったと言えないため。
今はまだ仮入手のような段階だと考えれば、納得がいく。
(――すごい! 全てが読めちゃったかも!)
かつてない自分の推理の冴えを自画自賛していると、
「な、何を笑っている!」
僕の上に馬乗りになったメイリルさんが声を荒らげ、ナイフをさらに僕の喉元に近付けてくる。
ただ……。
(正直、あんまり怖くないんだよね)
今の僕は、いつまで経っても貧弱極まりない最大MPと比べ、べらぼうな最大HPを持っているというのは言わずもがな、
当然交流戦で減ったHPや最大HPは、一晩寝て元の値まできちんと回復しているし、そもそも84レベルと112レベルでは基礎能力が違う。
意外にもこのアルマくんボディは耐久が高めな構成になっているため、防御力に関わる〈体力〉の値もそれなりに高い。
それに……。
(……メイリルさんの手、震えてる)
おそらく、彼女はこういうことに慣れているという訳ではないんだろう。
実際、交流戦ではサポート寄りの動きをしていたし、争いを好むような性格には見えなかった。
やはり歩むべきは、協調路線だ。
「落ち着いて! 僕も何か力になれるかもしれないし、話し合おう!」
あくまで友好的にそう切り出す。
その返答で、僕が恐れていないことに気付いたのだろう。
彼女は少しだけ逡巡の気配を見せたが、やがて覚悟を決めたように眼力を強めると、
「侮ってくれるな。アルマ・レオハルト。確かにあなたは強い。だが……」
彼女は首元に突きつけていたナイフを引き、僕を怖がらせようというように、それをゆっくりと僕の顔の前に晒すと、そこに漆黒の魔力を纏わせた。
「このナイフ、〈バジリスクファング〉は、人間に特化した麻痺効果を有している。どんな英雄であっても、ほんの少し肌をつつかれるだけで、数分間指一本動かせず、ただ震えるだけの人形になる」
「あ……っ」
思わず、声が出てしまう。
それは決して麻痺毒を恐れて出た言葉ではなかったのだが、メイリルさんはそうは取らなかったようだ。
「これは脅しじゃない。〈統風の魔旗〉を差し出さないというのなら、本当にこのナイフを使うぞ」
自信を取り戻した口調で、僕に降伏を迫ってくる。
「い、いや、そういうのよくないって。冷静に話し合おう!」
僕は慌てて踏みとどまるように伝えたが、残念ながら逆効果だったようだ。
「そこまで強情なら、もういい。お前の自由を奪ったあとで、ゆっくり探させてもらう」
そう口にして、覚悟を決めたようにナイフを突き出すと、ちょん、と控えめに僕の首筋を突いた。
HPによる障壁で直接身体に傷はつかないが、それでも追加効果は確実に発動する。
ナイフの黒い魔力が膨張し、接触部分を介して僕の体の中に入り込む。
「……ごめん、ね」
それを見て、顔を伏せたメイリルさんが小さくつぶやいた気がしたが、
「――大丈夫! 別にこのくらい謝る必要ないから、話し合おうよ!」
僕は当然ながら麻痺耐性があるので、普通にしゃべって返した。
「あ、ぇ、へ……? な、なんで?」
麻痺の特殊効果が効かなかったことがショックだったんだろう。
まるで化け物を見るような目で僕を見る彼女の手から、するりとナイフが零れ落ちる。
「え?」
「あっ!?」
止める暇もなかった。
いまだ黒い魔力を纏ったままのナイフは、真下にあった彼女のふとももをわずかにかすめて、
「ひぅぅぅぅ!?!?」
「あっ、ちょっ!? メイリルさん!? し、しっかりして、メイリルさーん!!」
慌てて抱き起こした彼女は、指一本動かせずに数分間プルプルと震え続けたのだった。
ポンコツ暗殺者メイリル!!
悪役転生シミュレーター、ここで紹介する前はアクセス数30回とかだったんですが、今見たら1000以上になっててビビりました
GPTくんは長期セッションになると予定にないことばっかし始めちゃいますが、ほどほどに付き合ってあげてください!





