第二百十九話 リザルト
あとらそ〇とさんの新作のイ〇・ドー、無双オリ〇ンズ、エンダーマ〇ノリア……
良作ゲーラッシュで時間が足りない!
「……はぁぁ。ほんと今回は肝を冷やしたなぁ」
色んなことがあった交流戦。
僕は勝利報酬とも言うべき〈統風の魔旗〉を見ながら、今回のイベントを振り返っていた。
中でも一番反省するべきは、決勝戦の試合展開。
(ピンチの場面が多かったとはいえ、見せるつもりのなかった力をかなり見せちゃったんだよね)
十五階位魔法の〈ファルゾーラ〉……は、まあ周回前提の難易度だったら使うのは当然だろうからいいとしても、最後の〈ファイア〉はまずい。
熟練度をバカみたいに上げた〈ファイア〉を、さらに〈チャージ〉して撃ってしまったのだから、その威力は完全に原作ゲームで再現可能なレベルを超えている。
あれを撃ってしまったのは、完全に反省要素だ。
……ただ、反省はしているけれど、あまり後悔はしていない。
それだけ、この交流戦が予想外の連続で、そのくらいしないと優勝出来なかったからだ。
(鑑定を封じられたり、リスティアチームの不正なんかもあったけど、やっぱり予想外だったのはチーム分けだよね)
もう仲間と思っていたセイリアとファーリが敵に回る想定は全くしていなかった。
例えばだけど、セイリアとファーリが味方チームに入って、ディークくんやルークスくんが敵チームにいたとしたら、正直今回よりももっと楽に優勝出来たと思う。
(……いや、それでもやっぱり、苦戦はしてたか)
フィルレシア皇女。
彼女は強敵揃いの〈ファイブスターズ〉の中でも、やはり別格だった。
魔法威力の九割を減衰させるという凶悪魔法の〈ゴッド・ブレス〉だけではなく、魔法の威力や速度、判断力や読みの力にも優れていた。
それに最後、あの場面は……。
「――あら? こんなところにいらしたんですか」
思考を遮る、涼やかな声に、視線を移す。
「フィルレシア、皇女……」
するとそこには、僕がちょうど脳裏に思い浮かべていた人物が、いつもと同じ穏やかな笑顔を浮かべた、フィルレシア皇女が立っていた。
「その旗、貴方が管理することになったんですね」
僕が何かを言う前に、彼女の視線は僕が手に持つ旗へと向かう。
フィルレシア皇女は表情こそ変えることはなかったけれど、旗を見た瞬間、彼女がわずかに目を細めたように見えた。
「あ、あぁ、はい。レミナが辞退したので……」
通常はチームのリーダーが管理するものらしいが、レミナが泡を食って拒否したため、僕にお鉢が回ってきた。
そしてもちろん、この旗が〈魔王〉にたどり着くのに必要なアイテムである以上、僕が断るはずもない。
ただ、それを聞いたフィルレシア皇女は難しそうな表情を浮かべた。
「そうですか。……それを持つのなら、サスティナス家に注意した方がよいかもしれません」
「サスティナス家?」
確か、〈ファイブスターズ〉の一人、メイリルの家がサスティナスだったはずだ。
僕は疑問符を浮かべたが、彼女はそれ以上説明をするつもりはないようだった。
「僕からも、一つ、聞いていいですか?」
だから、だろうか。
つい、聞く必要のないことを尋ねてしまった。
「――さっきの試合、どうして降参したんですか」
その問いに、彼女は目立った動揺は見せなかった。
むしろ楽しげにすら見える所作で挑発的に笑うと、煽るように問い返す。
「どうして、と言われても、気力は尽きかけ、味方は全滅した状態で、近接能力の高い貴方と一対一になったのです。降伏は、自然な流れではありませんか?」
僕は、その言葉にはうなずけなかった。
「でも、フィルレシア様はもっと、戦えたはずです」
確かにディスプレイ上、プレートが読み取った彼女のHPは、もうなくなる寸前だった。
でも、直接僕が「見た」時のHPは、違った。
彼女のHPはまだ三分の二以上残っていて、MPも一割程度しか減っていなかった。
どうしてプレートのHPと、僕が能力で見たHPに齟齬が出ていたのかは、分からない。
だけど、僕の見たHPの方が正しいと、僕は半ば確信していた。
一瞬のにらみ合い。
にわかに緊張が高まる中で、彼女は不意に雰囲気を変えると、クスッと笑った。
「なんて、冗談です。戦いをやめたのは、嬉しかったからですよ」
「……へ?」
あまりにも突然の言葉に、理解が追い付かない。
だが、そこで気付いた。
僕を見る彼女の目には、以前にはなかった光が、好意にも似た温かさが宿っている。
「私はずっと一人で戦うのだと、私に並ぶ者などいるはずがないと、そう思っていました。でも、あの瞬間、貴方は私に傷をつけた。その事実がとても、とても嬉しかったんです」
「どう、いう……」
普通ではないことを、まるで恋する乙女のように目を輝かせながら語る皇女から、目を離せない。
「……これを」
彼女はその瞳に熱狂的な興奮を宿したまま、僕の手を包み込むように握り、何かを握らせた。
「以前いただいたものの代わり、と言うには足りませんが、貴方に受け取ってほしいんです」
「これ、は……」
視線を、落とす。
彼女の手の感触が離れたあとに残ったのは、小さな白い十字架。
確かロザリオと呼ばれる小さな装飾品が、そこにあった。
「私の母の形見……かも、しれないものです」
「えっ?」
思わず顔を上げた僕に、フィルレシア皇女は小さく苦笑する。
「分からないんですよ、本当に」
先ほどの興奮から一転。
彼女は大切な思い出を噛み締めるように、ゆっくりと語り出す。
「私の母は、私が物心がつく前に死んだ、と聞かされています。母については、父も周りの人間も、何も話してはくれませんでしたし、母は私に何も遺してはくれませんでした。ただ……」
フィルレシア皇女の視線が、落ちる。
僕の手の中のロザリオを愛おしそうに見つめ、続けた。
「そのロザリオだけは、私が物心つく前から、ずっと私の首にかけられていたんです」
そこで彼女はまた、僕と視線を合わせる。
「このロザリオが本当に母のものだったのかは、わかりません。けれど、どんな闇の中でもいつも共にあったこのロザリオは、私の心の支えでした」
「だったら……」
そんなものを受け取る訳にはいかない。
僕はとっさに固辞しようとしたが、
「だからこそ、貴方にもらってほしいんです」
彼女は僕の手をそっと押しやるようにして、その手にロザリオを握らせる。
「どうして、僕に……」
その問いに、フィルレシア皇女はゆるゆると首を振った。
「自分でも、よく分かりません。本当はそのロザリオは、いつか貴方のお兄様に渡そうと思っていました。でも……そうですね」
彼女は自分に問いかけるように胸に手を置くと、ゆっくりと口を開く。
「――私がいなくなった時、誰か一人でも私が生きた証を持っていてほしい。そしてそれが、貴方であってほしいと、そう、思ったのかもしれません」
そう口にしてから、彼女はめずらしく照れたように笑うと、くるりと踵を返す。
「要らぬ長話をしてしまいましたね。皆さんのところへ戻りましょう」
歩いていく彼女の背中に、僕は声をかけた。
「フィルレシア様!」
振り向いた彼女に、僕は確信を持って告げる。
「――僕は、この十字架はフィルレシア様の母親が、フィルレシア様のことを思って渡したものだって、そう思うよ」
その言葉に、フィルレシア皇女は一瞬、虚をつかれたように目を見開いたあと、
「――ありがとう」
小さく唇を動かし、今度こそその場を去っていく。
迷いなく道を進む、その後ろ姿を追いかけながら……。
(……ありがとう、か。僕はただ、カンニングをしただけなんだけどね)
僕は自嘲気味に苦笑して、視線を手元に落とす。
そこに映るのは、眩いばかりに純白の、小さなロザリオ。
それから……。
《希望のロザリオ(貴重品):彼女が遺した最期の願い。どんな闇の中にあっても決して輝きを失わない。「私のようには、ならないで……」》
明らかに「魔王の鍵」と同種の、イベントアイテム用のメッセージ文だった。
貴重品、ゲットだぜ!!





