第二百十七話 解き放たれた力
ここでセイリア視点を一つまみ
あ、前回の先までちゃんとやるので安心してください!
――〈セイリア・レッドハウト〉にとって、〈アルマ・レオハルト〉は恩人で、師匠で、友人で……そして、それ以上になるかもしれない、大切な人だ。
だから当然、アルマと戦うことに葛藤がないはずもなかったが、そんな余裕は試合が始まった直後に吹き飛んだ。
(――ヤバすぎるでしょ、アルマくん!!)
彼が開幕で放ってきたのは、伝説にのみ存在が語られる火属性の最高位魔法〈ファルゾーラ〉だ。
神話に語られるような魔法に驚く暇もなく、今までの生涯で見たこともないほどの規模と熱量を持って押し寄せる魔法の火を、セイリアを含めた〈ファイブスターズ〉たちは必死で乗り切った。
アルマたちには、〈ゴッド・ブレス〉の軽減効果があったからこのくらい余裕……という態度を見せていたが、実際は冷や汗もの。
結果として全員無事ではあったものの、アクセサリーに魔法防御を高めるものを積んで、さらに全員が攻撃を捨てて防御態勢を取って、ようやく防ぎ切れただけ。
(事前にフィルレシア様が「開幕できっと強い魔法が来る」って予想してたからよかったものの……)
〈ゴッド・ブレス〉があるから大丈夫と高をくくって、防御よりも攻撃を優先していたら、今の一発だけでパーティ半壊もありえただろう。
――そして、フィルレシア皇女が「読んで」いたのはそれだけじゃない。
どこからか入手していた「ディーク・マーセルドが実家から大きな盾を受け取っていた」という情報から、「ディークに防衛を任せ、単騎かそれに近い形でアルマが突撃してくる可能性が高い」と予測を立て、その対応策を練り上げた。
その内容は、「突出してきたアルマを四人で囲み、ファーリが残りの相手をする」という、あまりに大胆な戦術。
一見すると一人で四人を相手にするファーリがかなり不利に見えるが、〈ゴッド・ブレス〉によって遠距離攻撃魔法が実質封じられている状況なら、最悪でも負けはほぼない。
むしろ足を止めての魔法戦なら、ファーリの方に分がある、というのが皇女の見立てだった。
(というか、こっちの方が百倍やばいよ!)
ファーリと四人が魔法戦を繰り広げているのを見るともなしに見ながら、セイリアは内心で絶叫する。
セイリアも、アルマと自分との間に能力差があるのは分かっていた。
でも、自分は敏捷特化の剣士。
メイリルの精霊魔法〈シルフィードダンス〉の補助があれば、速度で圧倒出来るとも思っていた。
ただ、そんな思い上がりが崩されるのは、一瞬だった。
セイリアの渾身の武技はあっさりと避けられ、それどころか、
「――〈パリィ〉! 〈ムーンサルト〉! 〈メガトンパンチ〉!」
的確な状況判断と剣と拳の武技の使い分けにより、後方から飛んできた魔法攻撃まで含め、あっさりと捌かれる始末。
(こ、こっちは四人がかりだよ!? なのに、一発も攻撃を当てられないなんて……)
特に、絶妙なタイミングで放たれたスフィナの必殺魔法〈アルケミーコメット〉の隕石を、〈メガトンパンチ〉とかいう見たことも聞いたこともない技で粉砕された時は、「設定」を忘れて叫びそうになった。
それでも……。
それでもかろうじてセイリアは戦線を維持、ファーリが上手く隙を作ることで、アルマをそちらに引き付けることにも成功した。
(――だ、大丈夫。作戦は上手くいってる!)
驚異的なことに、フィルレシア皇女は「四人がかりでもアルマが倒せなかった場合」まで想定していた。
そのために、セイリアは頭に血が昇ったフリをしてアルマと戦闘。
アルマの足止めをしている間にファーリがレミナを倒せればよし。
もしファーリの方にアルマが行った場合には、その隙にセイリアが敵本陣に突撃してレミナを叩く、というのがフィルレシア皇女の立てた作戦だった。
(あとはボクが、決めるだけ!)
ここに来て、自分のせいで失敗は出来ない。
「――刀技の十〈絶影〉」
とっておきの技でディークを倒したセイリアは、内心で謝りつつトリシャも撃破。
無防備になったレミナに迫った。
絶体絶命の状況で、彼女が一か八かで使ったのは、
「――〈ゴルゴーンハンド〉!」
触れることで相手を石化させる、地属性魔法。
けれど、セイリアがそれに動揺することはなかった。
「ごめんね。〈ゴッド・ブレス〉は、状態異常も減衰するんだ」
石化率が十分の一になるなら大して怖くはないし、そもそも魔法職のレミナに触られるより、自分が相手を斬る方が早いとセイリアは確信していた。
もはや、何者もセイリアの一撃を阻むことは出来ない。
「――ボクたちの、勝ちだ」
勝利の確信の下、セイリアはためらいなくレミナの首に向かって刃を振るい、
「……へ?」
返ってきた「カァン」という人体が立ててはいけない音と感触に、思わず間抜けな声を漏らした。
そして、自慢の刃を弾いたレミナの首元が灰色に硬化しているのを見て、ようやく「その可能性」に気付く。
「ま、さか!?」
石化魔法を帯びたレミナの右手は、最初からセイリアに伸ばされてなどいなかった。
その手はしっかりと彼女自身の胸元にあてられていて……。
「じ、自分を石化させたの!?」
確かに交流戦のルールでは、石化は死亡扱いにはならない。
それに、石化状態では攻撃が通らないため、相手がいくら強くても倒されることはない。
(だからって、そんなことやる!?)
あまりにも想定になかった戦術に、セイリアは束の間、頭の中が真っ白になる。
何をしていいか分からず立ち尽くす彼女に、声が届いた。
「――押して! 石化した相手に攻撃は効かないけど、移動は出来る! だから……」
スフィナのその叫びに、セイリアはハッとしてレミナに向き直る。
(そうだ! このルールでは、場外も負けになる! だったら!)
レミナに手を伸ばし、そのまま押し出して場外負けにしようとした、瞬間、
「――させない! 〈爆炎剣〉!」
それを阻止しようと、背後からアルマが武技を飛ばしてくるが、距離は遠い。
いくら弾速が速くても、そんなものに当たるほど、セイリアは甘くない。
もちろん余裕で回避して、
「そんなの当たるわけ……えっ!?」
その技が、自分を目標にしていないことに気付いた。
燃え盛る刃は、セイリアを通り過ぎて、そのすぐ傍にあったレミナにぶつかって、
「きゃ、ぁっ!」
激突と同時に激しく爆発し、セイリアをレミナから吹き飛ばす。
「ちょっ、人の心とか……!」
思わず抗議の声をあげるが、それで時間を稼がれたのは事実。
セイリアが体勢を立て直した時には、アルマが石化したレミナのすぐ傍にたどり着いていた。
(お、落ち着こう。まだ、ボクらの方が優勢、その、はずだ)
セイリアたちは四人、アルマは一人。
有利なのはどう考えても自分たちのはず。
そう、思っているのに、
「――みんないなくなっちゃったし、もう、いいか」
アルマの漏らしたその言葉に、なぜだかぞくりと背筋が震えた。
何かさせる前に、潰さないといけない。
セイリアは本能的に危機を悟り、刀を片手にとびかかるが、
「――〈ファイア〉」
アルマが手を足元に向け、小さくつぶやく方が早かった。
直後、爆炎。
地面に向けて放たれたその魔法は、試合直後に放たれた〈ファルゾーラ〉を彷彿とさせるほどの威力で、会場を炎に包む。
「な、に? この、威力……」
彼がつぶやいた〈ファイア〉という言葉は、第一階位魔法の詠唱のはず。
なのに、〈ゴッド・ブレス〉で軽減させていたからダメージこそないものの、魔法の余波だけで大きく跳ね飛ばされるほどの威力。
どう考えても、異常事態だった。
……だが、本当の驚きは、そこから始まった。
炎と煙、陽炎と粉塵に隠れ、姿の見えないアルマたち。
その場所から、
「――〈ファイア〉」
ふたたび、声が響く。
「――ッ!?」
またあの炎が来るのかとセイリアは身構えるが、何も起こらない。
ただ、煙が揺らめくだけ。
(いや、違う!)
攻撃はされていないのに、煙の中、ヒリヒリと肌を焼くプレッシャーが大きくなっている。
セイリアがアルマのいるはずの場所を警戒して動けないでいると、
「――その詠唱を止めて!!」
フィルレシア皇女が、めずらしく焦った声で叫ぶ。
直後、残りの二人も我に返り、
「〈ホーリーライト〉!」
「〈ロックスマッシュ〉!」
「〈ウィンドランス〉!」
煙を裂いて魔法が飛ぶが、すぐに煙に巻かれて、当たったかどうかすら分からない。
「――ダ、ダメ! 気力ゲージがほとんど減ってない!」
会場のディスプレイに表示された気力量を見て、スフィナが悲鳴のような声を漏らす。
その、直後、
「――〈ファイア〉」
深淵から響く、二度目の声。
炎が、煙が揺らめき、フィルレシア皇女たちの魔法で少しだけ出来たはずの煙の穴が、一瞬で閉ざされる。
この時にはもう、セイリアははっきりと感じていた。
煙の中にいる「彼」の圧力が、〈ファルゾーラ〉の魔法を放った時と同様、いや、それ以上に大きくなっているのを。
「く! 〈ジャッジメントレイン〉!」
フィルレシア皇女の放つ、圧倒的なはずの魔法。
しかしそれは煙の中に吸い込まれ、それ自体がまるで煙だったかのように、かき消えてしまう。
そうして……。
「――〈ファイア〉」
ついに三度目の声が聞こえた時、セイリアは学園で聞いた噂話を思い出していた。
今はもう失われた技法。
同じ魔法を何度も詠唱することで「チャージ」して、強力な魔法を撃つという、古の秘儀を。
……一度目。
何もない状態から地面に撃った〈ファイア〉ですら、余波だけで人を吹き飛ばすほどの威力があった。
ならもし、仮に……。
仮にその魔法を三回も「チャージ」した場合、その威力は一体どれほどのものになるのか。
「あ……」
そこでようやく煙が晴れ、石像と化したレミナを後ろから抱くようにして立つ、アルマの姿が見えた。
彼は準備は整ったと言いたげな顔で、レミナの肩からそっと右手を突き出して、
「――〈ファイア〉」
次の瞬間、押し寄せたあまりに破壊的な熱と炎によって、セイリアの意識は一瞬にして消し飛ばされたのだった。
力こそパワー!!





