第百二十六話 逆転の秘策
アルマくんに感情移入しすぎて「なんでこんな魔法をゲームのヒロインが使えるんだ?」と割と本気で驚いてる読者さんもいるみたいですが、思い出してください
これ原作乙女ゲーなので、「原作ヒロイン」なんて存在、最初からアルマくんの妄想の中にしかいないですからね!
どこかハイライトの消えた目で、刀を手に僕を見つめるセイリアに、色んな意味で背筋が寒くなってくる。
(これは……まずいな)
セイリアの持つ刀、〈ヒノカグツチ〉の攻撃力は866。
おそらく現時点で本来入手可能な最強武器が攻撃力300程度だと考えると、完全なオーパーツだ。
あれで斬られたら、レベル112の僕であっても一発KOレベルのダメージを負うのが道理。
つまり、絶対に攻撃に当たる訳にはいかない、ということ。
(MPの残りも少ないし、迂闊に攻めたくはない、けど……)
にらみ合いで不利になるのはこちらだ。
やるしかない。
(前は敏捷性で負けていたけど、今はこちらの方がステータスは上。スキルに気を付けて立ち回れば、勝てる!)
そう思って前に出る判断をしたけれど、その決断は少しばかり遅かった。
「セイリアさん! 行きます!」
奥にいる〈ファイブスターズ〉の一人、メイリルが叫んだかと思うと、
「――〈シルフィードダンス〉!!」
その声に応じるかのように、風が渦巻くようにセイリアの身体に纏わりつく。
その光景に、僕は自分のほおが引きつるのが分かった。
(いやいや……)
この〈シルフィードダンス〉は速度を上げる補助魔法で、高位の風精霊にしか使えないはずの魔法。
それをなぜ、人が平然と使っているのか。
(メイリルの話はここまで出てなかったから、油断してた。〈ファイブスターズ〉に選ばれる以上、普通の実力じゃないのは分かってたはずなのに……)
突然出現した、思わぬ伏兵に驚いていると、
「――あはは! これなら楽しく遊べそうだね、アルマくん?」
それを咎めるように、セイリアの刀が迫る。
「お、わっ!」
かろうじて躱したものの、さっきまでとは比べ物にならない速さに、冷や汗が出る。
いや、それどころじゃない。
「貴方の相手は、セイリアさんだけではないですよ。〈ホーリーライト〉!」
「こ、この天才を忘れないでもらいたいね! 〈ストーンアロー〉!」
少しでも僕がもたついたり、攻撃に転じようとして隙を見せると、フィルレシア皇女やスフィナから魔法攻撃が飛んでくる。
「くっ! 〈血風陣〉!」
そして、どうにか攻め手を減らそうとそちらに遠距離攻撃を撃つと
「――〈シルフィカーテン〉!!」
待ち構えるように二人の前に立つメイリルが、遠隔攻撃を逸らす精霊魔法を使ってそれを迎撃する。
完全に、この戦況を見越した四対一の布陣。
虚を突いて本陣を叩きにいったはずが、こちらが囲まれて叩かれている状況だった。
(だったら……)
そうなると〈ファイブスターズ〉で自由に動けるのはファーリだけ。
それなら残りのメンバーでファーリを倒して、さっさとこっちに救援に来てもらえれば状況は好転するはず。
……と思ったものの、どうやら向こうの状況もあまりよくはないようだった。
「――見て、レオ! わたしが一番、魔法を上手く使える!」
セイリア同様、妙なテンションのファーリが嘯き、魔法を放つ。
「――〈アイシクルレイン〉」
魔法をアピールするファーリは微笑ましいと言えなくもないが、放たれた魔法はあまりにも凶悪だった。
広い範囲に持続的な攻撃を降らす、水の第九階位魔法。
それが、ディークくんたちに向かって降り注ぐのが、横目に見える。
「く、そっ! 全員身を守れ!」
ディークくんたちも必死に防御を固めているけれど、
「――まわり全員を守る技、なんて、愚策!」
密集している陣形だけに、全員が〈アイシクルレイン〉の効果範囲に入ってしまう。
「ぐぅぅぅ!」
すると全体防御技を使っているディークくんに四人分のダメージが入って、堅牢なはずの盾役のディークくんのHPが見る見るうちに削れていく。
「させない! 〈ファイアボール〉!」
「ぐ! 押し返せ! 〈ウィンドランス〉!」
そうはさせじと、トリシャやルークスくんが魔法を放って相殺を狙うも、
「ふふふん、おそい! 〈スプラッシュ・ウェイブ〉! 〈ウォーターボール〉! 〈アイシクルレイン〉!」
それに倍する速度でファーリが魔法を詠唱、異なる角度や勢いの魔法を使うことで、対応の暇を与えない。
「まだまだ! 〈アイシクルレイン〉! 〈ウォーターバースト〉! 〈アイシクルレイン〉!」
矢継ぎ早に放たれる高位魔法の数々に、人数比では勝っているトリシャたちが、完全に押されていた。
もともと、魔法戦は攻撃側が防御側より有利。
〈ゴッド・ブレス〉のせいでトリシャたちには反撃が出来ないというのもそうだけれど、何よりファーリの詠唱速度と魔法威力が強すぎた。
(誰だよ、こんな魔法の天才に、好き勝手に魔法練習出来る環境を与えたのは!)
なんて愚痴っている暇もない。
「――余所見していて、いいのかなぁ!」
ファーリの方に気を取られれば、すかさずセイリアからの斬撃が飛んでくる。
「く、ぅっ!」
かろうじて反応して逃れるけれど、
「まだだよ、アルマくん! 〈斬魔一閃〉!」
何が彼女をそこまで駆り立てるのか。
セイリアは僕に執着した様子で、一切の防御を考えずにひたすらに斬り込んでくる。
……だけではなく、
「私を忘れないでくださいね。〈シャインスパイク〉」
反撃の余裕など与えないと、フィルレシア皇女が地面から光魔法でトゲを生やし、
「い、いい加減これで終われ! 〈アルケミーコメット〉!!」
強気なんだか弱気なんだか分からないスフィナが、固有魔法で隕石を降らせてくる。
「――〈パリィ〉! 〈ムーンサルト〉! 〈メガトンパンチ〉!」
斬撃を剣で弾き、足技でスパイクを避け、着地狩りで飛んできた隕石を殴って粉砕する。
なんとか無傷で捌けてはいるが、ジリ貧感は否めない。
(こうなったら、多少の被弾覚悟で……)
僕が、犠牲ありきで前に出る覚悟を決めようとした時だった。
「お、おい! ルークス!?」
「止めるな! 僕が足手まといだなんて、許せるものか!」
背後で動き。
叫びと共に、ルークスくんが前に駆け出す!
飛び出した先は、ディークくんの防御範囲外。
当然、ファーリの水魔法がその全身に降り注ぎ、そのHPが瞬く間に削れていくが、
「――冥途の土産だ!! 〈ウィンドボム〉!!」
HPを失って消えていく直前、せめて一矢とばかりに風の爆弾をファーリに放った。
「――無駄」
しかし、それをファーリは迎撃すらしない。
〈ゴッド・ブレス〉の防御効果を信じて、無造作に手で打ち払って……。
(――ここだ!)
だがそれが、決定的な隙になった。
「――〈シルフィードダンス〉〈スティンガー〉!」
一瞬の加速と、突撃武技。
神速の一撃が、ファーリの胸を刺し貫く。
(ありがとう、ルークスくん)
ファーリは恐ろしいことに、トリシャたちに魔法を撃ちながらも常に意識の一部は僕に向け、僕の様子を窺っていた。
ルークスくんの防御範囲からの飛び出しは自殺行為には違いないけれど、ディークくんの守る対象を減らし、同時にファーリの隙を作るという意味では最善の行動だとも言えたのだ。
「……ふ、ふ。さすが、レオ」
一方、僕の攻撃でHPを全損したファーリは、しかしどこか満足そうに、やり遂げたように微笑んで、
「――役目は、はたした……」
そうつぶやいて、消えていく。
「役目?」
ようやく相手に一矢報いたはずなのに、嫌な予感がぬぐえない。
(……そうだ。おかしい)
一瞬だけ〈シルフィードダンス〉を使ってマークを外し、ファーリに突撃した時点で、すぐにセイリアからの追撃が来るのを想定していた。
なのに、
「――セイ、リア?」
振り向いた時、彼女は僕を追うことなく、その場に留まり刀を鞘に納めていた。
その見つめる先は僕ではなく、僕のチームメイトが、みんなを守るディークくんがいる方向で……。
(ま、ずい……!)
彼女は敵チームとなってからも、足しげく道場に通っていたし、自らの鍛錬を隠すことがなかった。
だから、僕はセイリアが「その技」を目標に寝食を惜しんで鍛錬をしていたのを知っているし、彼女が「それ」を覚えた時、一緒に抱き合って喜んだのも覚えている。
「ディークくん、避け――」
警戒の言葉は、間に合わない。
僕の最悪の予感を、裏付けるように、
「――刀技の十〈絶影〉」
セイリアの姿が、一瞬にしてかき消え、
「な、ぁっ!?」
放たれた絶技が、魔法で弱ったディークくんを切り裂いた。
そして、〈絶影〉の効果で消えていくディークくんの背後に瞬間移動したセイリアは、悠々と立ち上がる。
(やられた!!)
この試合でひたすら僕だけに執着していたのも、前のめりで攻撃しか考えていなかったのも、全てがこの瞬間のための演技。
セイリアが僕以外に攻撃しないと油断させて、単身でレミナを討つための布石だった。
「――レミナ!」
背後から、フィルレシア皇女の笑いが聞こえてくるような錯覚がしたが、構っている余裕はない。
ディークくんを失った以上、魔法職二人がセイリアに勝つ術はない。
「ダ、ダメ!」
トリシャが必死にレミナを守ろうとするが、一瞬にして切り捨てられる。
ただ、それが値千金の時間を稼いだ。
(こっちにだって、まだ策はあるんだ!!)
レミナを守る最後の、そして最大の秘策。
それは、レミナ本人の魔法だ。
陣形変更直後からずっと動かず、ひたすらに貯めていた魔力を、レミナが一気に放出する。
それは勝負の盤面をたった一手で覆す、一発逆転の大技。
地属性第九階位魔法――
「――〈ゴルゴーンハンド〉!」
触れたもの全てを物言わぬ彫像に変える異端の魔法が今、解き放たれる。
……だが、
「ごめんね。〈ゴッド・ブレス〉は、状態異常も減衰するんだ」
セイリアはそんなものに意味はないと、まるで臆することはなく、
「――ボクたちの、勝ちだ」
放たれた無慈悲な剣閃が、レミナの首筋を捉えた。
策士セイリア!
毎日更新じゃないと(略)なので、明日も更新!





