第二百十四話 リスティアの祝福
※最初は別の魔法として作ったんですが、あまりにも名前似すぎてるので、ウィンドスライサーをウィンドスラストに統一しました
……準決勝第二試合が中止になったというのは、残念ながら本当だった。
どうやら、僕とリスティアのチームの戦いを見た第四学園のチームが自信を喪失。
チームメンバーの一人が逃亡してしまったらしい。
いや、交流戦なんだから負けてもいいから頑張ろうよ、と思わなくもないけれど、まあしょうがない。
幸い、観客への説明やシステム改修などに時間を取られたため、休憩時間は多く取れた。
僕らはその間に、決勝戦の作戦を確認する。
このチームのメンバーは、僕を入れて五人。
男子の中では性格も能力もぶっちぎりの戦士、〈ディーク・マーセルド〉。
ファーリに次ぐ魔法の実力を持つ眼鏡男子、〈ルークス・ヴォルト〉。
状況判断や搦め手に適性が高い親友キャラ、〈トリシアーデ・シーカー〉。
そして、チームリーダーにして希少な〈光魔法〉の使い手、〈レミナ・フォールランド〉。
このチーム戦では、リーダーがやられるとどれだけほかが元気だろうと終わりなので、レミナをいかに守るかがカギになってくるのは間違いない。
「わ、わたしも、皆さんの足を引っ張らないように、がんばります!」
本人もそれは分かっているようで、プレッシャーを感じているようだけれど、
「大丈夫だよ。レミナはここまでずっと頑張ってきたんだから」
「そうそう。わたしなんて、魔法の実力でも位階でも完全に抜かされちゃったしねー」
僕やトリシャの言葉通り、今やレミナはかなり強くなった。
交流戦を見越し、彼女を集中的に鍛えたことによって、レベルは73にまで到達。
レベル80台のディークくんとルークスくんには流石に及ばないけれど、もはやAクラスの平均値は楽に超えている。
それに……。
「……悔しいが、君の魔法の実力は本物だ。ただの平民が一年のうちに複数の第七階位魔法を扱えるようになるというのはほぼ前例のない快挙だろう」
素直じゃないルークスくんが褒めた通り、レミナはレベルと同じくらい、魔法の成長も著しい。
さらには〈光の超級精霊ルミナス〉と契約してからは能力値の伸びもすさまじく、その強さは完全にモブキャラの域を超えている。
そのせいで、最近ではなにがしかの設定のせいで図鑑登録されない、隠れた重要キャラか何かではないかと少し疑っているくらいだ。
――ただ、それでも彼女たちには、きっとまだ届かない。
〈ファイブスターズ〉の面々は、原作ゲームのヒロインとして製作者の寵愛を一身に受けた存在だ。
原作よりも強化されているだろうセイリア、ファーリの二人は油断すればレミナを一撃で葬るだけの力を持っているし、フィルレシア皇女はいまだに底が知れない。
無策で挑めば磨り潰されるのがこちらなのは、間違いない。
僕らは慢心することなく、時間いっぱいまでこれからの作戦を、とりわけ乱戦になった時のレミナの守り方について詳細を確認し、ついに試合の時間を迎えた。
※ ※ ※
リスティアの一件は、選手たちだけでなく、見ている観客たちにも大きな動揺を与えたらしい。
それを払拭するためもあって、選手全員が〈真偽の球〉に反則をしないことを宣言して、ルール違反のバフや魔道具がないことも確認して、と長い工程を経て、僕らはようやく戦いの舞台に上がる。
対面に立つのは、クラスで見慣れたはずの、最強の敵。
火の剣士セイリア。
水の魔女ファーリ。
土の錬金術師スフィナ。
風の魔法使いメイリル。
そして、光の聖女フィルレシア。
帝国の至宝〈ファイブスターズ〉と呼ばれ、いずれ劣らぬ才能を持つ、五人の才女だ。
あいかわらずセイリアとファーリはこちらをやたら圧のある視線でにらみつけてきて、スフィナは大観衆にビビリ気味、メイリルはどこか肩身が狭そうな顔をしている。
それから、フィルレシア皇女は……。
「――リスティアの一件、目的は私だったと聞きました。貴方にはまた助けられてしまいましたね」
一人だけ自然体の微笑みを浮かべ、まるで教室での世間話のように、話を振ってくる。
とてもこれから戦うとは思えないやわらかな態度に戸惑うけれど、僕はなんとか言葉を返した。
「い、いえ、ただ対戦相手を倒しただけですから。それより、フィルレシア様こそ大丈夫ですか?」
かつて信頼していた相手に、二度も裏切られたのだ。
精神的にダメージを負っていないとも限らない。
そう思っての僕の発言だったけれど、
「ありがとうございます。でも正直に言えば、リスティアのことは全く恨んではいないんです」
フィルレシア皇女は、ただ笑みを深くしただけだった。
あれだけの悪意をぶつけられて恨んでいないとか中身まで聖女か、と思ったけれど、どうやらそういうのとも違うようだ。
彼女は心底愉快そうな顔をして、続ける。
「彼女の行い自体は許せないことだとは思いますが、実は私、彼女の行動で得しかしていないんです。以前の一件はかけがえない出会いのきっかけになりましたし、今回の一件でも、彼女が戦っている姿にはインスピレーションをもらえましたから」
「インスピレーション?」
魔道具頼りのリスティアの戦闘に、何か参考になるような要素があっただろうか。
僕が首を傾げていると、
「申し訳ありません、そろそろ」
と審判の人から注意が入った。
それを聞いたフィルレシア皇女は、僕にしか見えないような角度でちろっと舌を見せると、
「ふふ、すみません。ではアルマ様、積もる話は試合のあとで」
と、さらっと約束を取り付けて、チームの最後方まで戻っていってしまった。
(……リスティア、あれだけ色々やったのに、肝心のフィルレシア皇女には喜ばれてるの、なかなか皮肉だなぁ)
やったことがやったことだけに同情する気はないが、ここまでくると少し可哀そうだなという気持ちは湧いてくる。
(まあでも実際、仮にリスティアが〈ファイブスターズ〉と戦っていたとしても結果は見えてたしなぁ)
リスティアはプレートの細工やバフでレベル80の相手にも対抗出来ると思っていたようだけど、戦った感じでは正直それでも届いていなかった。
そして、抜け目のない皇女が「毒」入りの差し入れなんて食べるとはとても思えないし、そうすると残った手札は「第四階位以下の魔法攻撃の威力を八割減衰させる」という〈ホーリー・ブレス〉の魔法くらい。
ただ、それもたかだか第四階位以下しか防げないのなら、はっきり言って〈ファイブスターズ〉相手に意味があるとは思えない。
結局のところ、リスティアではフィルレシア皇女のライバルにはなりえない、ということだ。
「それでは両チーム、位置についてください」
審判の指示に従いながら、チームメンバーとアイコンタクト。
総合的に見て、相手は格上。
ならばこちらの強みである圧倒的な火力を押し付けて、一気に勝負を決めたい。
だから、
「では決勝戦、帝国フィルレシアチーム対、帝国レミナチーム! 試合、開始!」
開始の宣言と同時に、僕らは動いた。
全員が全員、その手の平を正面に向け、
「――〈フレイムランス〉!」
「――〈ウィンドスラスト〉!」
「――〈ファイアボール〉!」
「――〈エクスプロージョン〉!」
ディークくんが、ルークスくんが、トリシャが、レミナが……。
多少威力を犠牲にしても、各々がタメなしで出せる最強の魔法を開幕で撃ち出す。
「――――――!」
向こうも準備していたのか、あるいはとっさの判断か。
フィルレシア皇女たちも魔法を発動させているのが分かるけれど、問題ない。
(小説やゲームなんかだったら、ここで手札を温存して、苦戦してから使って逆転勝利、なんてやるんだろうけど)
あいにくと僕は、原作を守護れるのであれば試合の盛り上がりなんてどうでもいい。
悪目立ちや評判も、今この時ばかりは気にしない。
――確実な勝利のため、僕は最強の手札を切る。
それは、僕が長年の修練によって練り上げた最強の〈ファイア〉……すらも超える威力を持つ、唯一の火属性魔法。
セイリアやファーリどころか、同じチームの仲間にすらまだ一度も見せたことのない、「本当」の最強。
すなわち、火属性第十五階位――
「――〈ファルゾーラ〉!!」
かつて森の深層の魔物を薙ぎ払った〈ファイア〉。
それすらを優に超える圧倒的な熱量を持った不死の鳥が、会場に顕現する。
「はっ? ちょっ、えぇっ!?」
トリシャの驚く声も、会場の喧騒も、今は気にならない。
魔法によって生まれた火の鳥が、音や光を、熱が飲み込んでいく。
先に放たれた仲間たちの魔法すらも燃やし尽くし、やがて、対面に立つ〈ファイブスターズ〉をも飲み込んで……。
――しばらく、誰も何も声を発しなかった。
炎の鳥による暴虐が過ぎ去り、ようやく息をつく。
そうして、あまりの熱に顔を覆っていた腕を外し、正面に視線を戻した時、見えた光景は、
「――うそ、でしょ?」
いまだ燃え上がり、陽炎の揺らめく試合場に、一人とて欠けることなく悠々と佇む〈ファイブスターズ〉の姿。
(どう、して……?)
今の魔法は、常人に耐えられるような威力ではなかったはず。
能力値が定かではないほか三人はともかく、少なくともセイリアやファーリの能力値を考えれば、彼女二人が無傷というのはありえない。
そんな僕の混乱を見透かしたように、フィルレシア皇女は涼やかに笑う。
「――言ったじゃありませんか。リスティアから『インスピレーションをもらった』と」
その彼女の台詞と、彼女が試合開始直後に魔法を唱えていた事実。
そして何より、彼女たちのHPMPバーの上に浮かぶアイコンから、僕は最悪の事実に気付いた。
《ゴッド・ブレス(残り4分):この防護がかけられた対象への魔法による攻撃は、その威力や効力が九割減衰される》
……あの、リスティアさん?
ライバルを蹴落とすどころか、さらに強くしちゃってません?
最悪の置き土産!





