第二百十一話 絶望
※追記※
ガバにより魔法被りが発生したので、初期バージョンからリスティアの魔法属性を変えました
轟音と、爆発。
それが、リスティアに自らの作戦の成功を確信させた。
「やった! やりましたわ! わたくしが、あの帝国に、勝っ……え?」
だがそこで、彼女の笑みは凍りついた。
爆発による煙が晴れた先、そこには全くの無傷のレミナと、それを守るように立つ赤いオブジェが姿を現したからだ。
「……は? え?」
リスティアが見たこともない、奇妙なオブジェ。
(あのデザインは確か異国の、トーテムなんとか、とかいう……)
空白になった頭に、そんな益体もない思考が浮かんだ時、
「……消えろ」
リスティアの目の前に立つ少年、アルマ・レオハルトがそう口にした途端に、赤いオブジェが消失する。
「な、消え……?」
状況の変化についていけず、ただ口をパクパクするだけのリスティアの前で、アルマはため息をついた。
「はぁぁ。せっかくここまで技魔法使わない縛りで来てたのに、最後の最後でドジっちゃったよ」
「な、にを……」
その後にこぼれたのは、リスティアには到底信じられない内容。
しかし、それを裏付けるかのように、
「こ、こら、レオっちー! あのくらいの魔法ならわたしたちで防げるんだから、トーテムなんてやばい魔法使っちゃダメだよー!」
アルマのチームメイトらしき少女からそんな言葉が飛び、リスティアは混乱した。
「ど、どうして……。だ、だって、だって、あなたは魔法を……」
狼狽しつつも、そこから先を口にしない理性だけは、かろうじて残っていた。
けれど、
「魔法を〈封印〉されているはず、って?」
「……え?」
その先を、当のアルマが言葉にする。
リスティアがその意味を飲み込む時間を待たずに、アルマは続けて口を開いた。
「メイさんがね。全部話してくれたんだ。彼女が君に脅されて言いなりになっていることも、両親の店が人質に取られていることも、僕が食べたクッキーに『毒』が仕込まれていることも、全部、ね」
「なっ!? そ、それは……」
とっさに言い返す暇すらなかった。
リスティアが反論を考える前に、
「ただ、昔状態異常の耐性上げに凝ってた時があってさ。昔馬鹿みたいに〈魔技封印〉はくらったから、もう僕には効かないんだ」
「………………は?」
アルマが、リスティアの思考全てを吹き飛ばす言葉を口にしたからだ。
「あ、ありえませんわ!」
気付けばリスティアは、今日、何度思い浮かべたかしれない言葉を叫んでいた。
まず、状態異常に耐性をつけるという話からしてめちゃくちゃだ。
でも、それ以上にリスティアには納得出来ないことがあった。
「な、なら、なぜ! なぜあなたは、今まで魔法も武技も使わずに……」
「ん? それは、そっちのが原作どお……ごほん!」
アルマは何かを言いかけたあと、慌てて咳ばらいをして、語り出す。
「罠にかかったフリをした方が、尻尾を出しやすいかと思ったんだよ。……そして実際、君は油断した」
「な、にを……?」
今までの不正は、それでもまだギリギリ言い逃れ出来る範囲に収まっているはず。
そう自分に言い聞かせるリスティアを、アルマはまっすぐに指さして、
「――魔力、減らし忘れてるよ」
その指が、正確には自らの胸のプレートを指していると気付いた時、リスティアの顔は青く染まった。
(嘘でしょう!?)
火属性の第九階位魔法を使ったということになっているリスティアの魔力プレートは、しかし試合開始前の状態を保ったまま。
これまで一切の魔力消費がなかったことを示す綺麗な青色が、プレート全体に広がっていた。
「こんな……エリック!!」
自分が魔道具を使った時、外からエリックが細工をして、あたかも魔法を使ったかのように遠隔操作でプレートの魔力を減らす手はずになっていたはず。
そう思い、怒りに震える彼女が観客席を見ると、
「あ、はは……」
気弱なその発明家の少年の隣には、一人の青年が立っていた。
(ま、さか……)
まるで親しい友人のようにエリックの肩に手を回し、さわやかに自分に笑いかけるその金髪の美青年のことを、リスティアは知っていた。
それは、帝国の誇る〈エレメンタルマスター〉。
名高いレオハルト家の長男にして、あの〈アルマ・レオハルト〉の兄。
「――〈レイヴァン・レオハルト〉!!」
リスティアの叫びにも全く動じず、あくまでに笑みを絶やさないその姿に、リスティアの背筋が凍る。
(試合前から、不正に気付かれて泳がされていた!? そして、わたくしたちが試合に集中したタイミングで、一気に……)
レイヴァンと、視線が合う。
にこやかな表情の奥に隠した、冷たい眼光に晒されたリスティアは、自らの破滅を悟らずにはいられなかった。
それと、同時。
「お、おい。なんでリスティア様の魔力、減ってないんだ?」
「というかあんな魔法、本当にプレートの魔力で撃てる、のかな?」
「リスティア様が不正したってのか? いや、でも、流石に、あれは……」
観客席のざわつきが、否応なくリスティアの耳に入ってくる。
(あ、あぁ……。こんな……。こんな、はず……)
今までリスティアに吹いていたはずの風が、逆風となって押し寄せるのを感じる。
(何か、何かここを、切り抜ける策を……)
必死に頭を回すけれど、何も思いつかない。
何より、リスティアの不正の生き証人、メイとエリックの二人を帝国に押さえられているのが痛い。
どうにか切り捨てようにも、これだけ十分な疑惑があれば、真偽判定の魔法を使われるのはどうあっても避けられない。
そして、リスティアにはこの魔法を切り抜ける手段は、何もない。
(……おわり、ですの!? わたくしが、こんなことで!?)
リスティアの胸で、どす黒いものが渦巻いていく。
行き場を失ったその怒りが、
「状況が分かったなら、潔く降参してもらえるかな? これから色々、話を聞かなきゃいけないから、さ」
目の前で暢気そうに剣を構える少年へと向かう。
「……確かに、そう、ですわね」
リスティアは、考える。
――確かにもう、自分は終わりだ。
不正の言い逃れはもはや出来得るはずもなく、この試合の体たらくを見れば、ほかの国の口添えも期待出来ないだろう。
まさかフィルレシア皇女ですらない路傍の石につまずくとは思わなかったけれど、自らの失敗は認めるしかない。
けれど、でも、しかし……。
――それでもせめて一撃、この才能に驕ったいけ好かない少年に、手痛い反撃をくれてやらなければ気が済まない!
だからリスティアは、従順で殊勝な言葉で場をつなぎながら、伏せた顔の下で、必死に魔力を練る。
……元来、リスティアには、フィルレシア皇女のように恵まれた魔法の才はなかった。
だからこそ光に焦がれ、首飾りの魔道具を使って〈聖女〉を名乗り。
華やかな火に憧れ、手首の魔道具を使って、大魔法を放って見せた。
ただ、それでも……。
(――わたくしは、自らの魔法の鍛錬を怠った日は、一日たりともありませんわ!!)
まさか、全てを失った自分が最後に頼るのが自らの泥臭い鍛錬と、あれほど憎んだ「水」の魔法などとは、リスティア自身も思っていなかった。
けれど、あの鍛錬の日々は、修練の中で吐いた血反吐は、彼女自身を裏切らない。
観念した演技を続けながら練り込み続けた魔力を、今、解放する。
「――水属性魔法、第五階位〈アイス・スネーク〉!!」
瞬間、八つの頭を持つ氷の蛇が、憎き帝国の少年の前に屹立する。
この〈アイス・スネーク〉は、その魔法の習熟度に応じて頭の数が変わる、氷の蛇を呼び出す魔法。
どんなに魔力が高くても、どんなに位階が高くても、この魔法の同時攻撃回数を決めるのは、この魔法の鍛錬に打ち込んだ時間のみ。
そしてリスティアは、この魔法に注ぎ込んだ時間だけは、誰にも負けないと自負していた。
リスティア自身、勝てる、とまでは思っていない。
ただこの氷の蛇の多段攻撃ならば、この無敵の少年の防御すらかいくぐって、あわよくば一撃を与えられるはず。
「これが、わたくしの力! 魔術師としての人生そのもの! ただ強いだけのあなたに、この魔法は……」
そんな希望を胸に、リスティアは多頭の蛇に攻撃を命じようとして……。
「――〈アイス・スネーク〉」
少年が、呪文を唱える。
長い時間を魔力の練り上げに使ったリスティアとは、あまりに違う。
あまりにも無造作に、おざなりに唱えられたそれは、しかしあっさりと魔法の生成を成功させる。
「う、そ……」
いや、そんな違いを頭に思い浮かべていることこそが単なる現実逃避だと、リスティアの理性は理解していた。
なぜなら……。
なぜなら、少年が呼び出した、その氷の蛇は……。
――その頭の数が、百を優に超えていた。
「あ、ぁ……」
カタン、という音がして、自分が知らぬ間に杖を取り落としていたことに気付く。
しかし、それを拾う余裕すら、今のリスティアにはなかった。
最後、頭の数を七から八まで伸ばすのにすら、リスティアは一年かかった。
それが、言うに事欠いて……百?
「あ、はは。あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」
口から、リスティア自身が聞いたこともないような、狂笑がこぼれる。
――この試合に勝つために、なんでもやった。
国家間の談合による、帝国不利なルールの制定。
私財を擲って手に入れた禁止アイテムによるドーピング。
街全体に効果を及ぼす大規模な鑑定妨害。
配下の少女に命じての「毒」の差し入れ。
試合の判定に使うプレートの改造と細工。
使い捨ての魔道具を使った魔法攻撃。
さらにはダメ押しで、プライドを捨てて降参したフリで魔法を使いまでした。
本当に、今出来るあらゆる手立てを講じてみたのだ。
けれど、それら全てが、自らの身を切り、信用すら投げ捨てて講じた策の一切が、単なる無駄だったとリスティアは気付いてしまった。
だって、そうだろう。
「こ、んな……。こんな化け物相手に、最初から勝ち目なんてあるわけ――」
しかし、その言葉を最後まで口にすることすら彼女には許されなかった。
苦心の末作り上げた自らの魔法が、一撃で粉砕されるのを見届ける暇もなく、
「――ぼひゅっ!?」
殺到した氷の蛇による百通りもの衝撃に、リスティアの意識は一瞬にして刈り取られたのだった。
圧倒的物量差!!
今後についてですが、今ちょっとカクヨムさんに定着したともしてないとも言い難い微妙なラインなので、テコ入れのために年末年始はバーチャルダンチューバーの方をメインで更新予定!
お正月に時間ある人はそっちも覗きに来てくれたら幸いです!
では少し早いですが、よいお年を!





