第二百七話 イベント発生
自分の試合のあと、観客席でちょっとした「用事」を済ませて戻る途中のこと。
「――そ、そんな! 〈ブラインポーション〉は置いてないんですか!?」
僕らは売店で何やらもめている、見覚えのある少女を見つけた。
「あれは……」
確か、リスティアのところにいたメイドさん(レベル2、図鑑マークなし)だっただろうか。
今にも泣きそうな顔をして、売店の店主に詰め寄っている。
(ははーん……)
あまりにも分かりやすい、あからさまなイベント導入。
(リスティアの陣営にはあんまりいいイメージはないけど……)
メイドさんはよく見ると、「リスティアに健気に付き従っている普通の少女」という雰囲気で、悪役感は全くない。
あるいは、「悪役令嬢に虐められている薄幸少女」と言われてもしっくりと来る。
まあなんにせよ、これがイベントならこなさない理由はない。
僕は戸惑うメイドさんに〈ブラインポーション〉を十個ほど押し付けると、「ありがとうございます、ありがとうございます!」とキツツキみたいに何度も頭を下げる彼女に見送られながら、そそくさとその場をあとにした。
「……レオっちさぁ」
メイドさんの姿が見えなくなってホッと息をついていると、なぜだかトリシャが呆れたような顔をしてこっちを見ていた。
「いや、人助けだし文句はないんだけどさ。どうして〈ブラインポーション〉なんてマイナーなアイテム、十個も持ってたのかなって気になって」
……まあ確かに、〈ブラインポーション〉はゲーム基準で言うと、おそらく不遇アイテムと呼ばれるもの。
性能自体は暗闇回復とHP回復を両立させた素晴らしいものなのだけれど、あまり人気はない。
というのも、暗闇を治すなら〈目薬〉という名前まんまでかつ、もっとずっと普遍的で安価な回復アイテムがあるし、HPが回復したいなら目薬を使ったあとで、普通のポーションを飲めばいい。
わざわざ労力をかけて二つを同時に治す必要性はあまりないと判断されていたからだ。
ただ、
「分かってないな、トリシャ。〈ブラインポーション〉には、HP回復以外にも〈目薬〉にはない大きな利点があるんだよ」
「そ、そんなのあるの?」
びっくりした様子で目を丸くするトリシャにうなずき、僕は自信を込めて言い放った。
「――〈ブラインポーション〉は、〈目薬〉と違って目に直接使わなくても、飲むだけで効果が出るんだよ!」
「うん。……うん?」
点眼薬な〈目薬〉と違って、〈ブラインポーション〉は飲み薬。
この差は大きい。
「えっと、どういうこと?」
それでもまだ理解出来ない様子のトリシャに、補足する。
「ほら、目に薬入れるとか、なんかちょっと怖いじゃん? だから昔、〈ブラインポーション〉を集めてたんだよね」
僕が丁寧に説明しても、トリシャは「それだけのためにあの激レアアイテムを……?」と呆れた顔を浮かべ続けるだけ。
ただ、その後ろで「ですよね! 分かります!!」とばかりに、レミナがすごい勢いで賛同してくれていたので、ヨシということにしたい。
……まあ〈ブラインポーション〉集めたあとに、暗闇を治療出来る魔法を覚えた上、そもそも治療する機会自体がなくなってしまったから大量に余った訳だけど、そのおかげで今回のミニイベントも達成することが出来たことだしね。
(というか、本当に運がよかったなぁ)
僕が偶然ここを通りかからなかったら気付かなかったはずだし、〈ブラインポーション〉を持っていないとこなすことは不可能だった。
(そう考えると、このイベントは攻略必須じゃないサブイベントかな? いやでも、ここを通りかかることについてはゲームでは必須イベントになってた可能性もあるし……)
原作守護ガチ勢の僕としては、メイン関連のイベが逃せないことはもちろん、サブイベントの達成がグッドエンドの分岐条件になることだってあるから、あらゆるイベントに目を光らせる必要がある。
(さぁて、これでどういう風にイベントが進むか)
どんなイベントが来ても原作を守護ってやると気合を入れながら、僕は会場へと戻ったのだった。
※ ※ ※
「ルーラーって言ったっけ? やるじゃねえか、俺の剣技をここまで完璧に捌くなんてさ!」
「貴様の技には『理』がない。そんな未熟な技では私には勝てんよ、ダイス!」
一回戦の第三試合は、特区のチームと第四学園との戦いだった。
「勝負ってのは蓋を開けてみなけりゃ分からない! だから楽しいんだろうが!」
「勝敗は研鑽の証明に過ぎぬ! それまでの努力が試合の行く末を決めるのだ!」
お互いに構成の似た二つのチームが正面からぶつかり合い、激しい舌戦を繰り広げながら、互いの死力を尽くしている。
当然、見ている方もめちゃくちゃ盛り上がる場面……のはず、なんだけど。
「なら、ここで限界を超える! 剣技の五、〈スティンガー〉!!」
「バカな! この土壇場で第五武技だと!? くっ、だが、うおおおおおおおお!!」
……でも、どうしてだろう。
観客席から、「頑張ってるけどこいつら絶対優勝は出来ないよな」みたいな微妙な冷めた空気を感じてしまうのは……。
「――どうしても何も、完っ全にレオっちのせいだからね!!」
横からトリシャにそう断言されて、僕は思わずビクッと肩を跳ねさせた。
「い、いや、でも単純に観客席がまだあったまってないとかそういう……」
何とか反論を試みるけれど、トリシャは「はぁ」と一度ため息をついて、口を開いた。
「頑張ってるこのチームの人たちには悪いけどさ。そりゃ、第十一階位魔法で一瞬でチーム壊滅させた試合のあとに、第四だの第五だのでペチペチやってる試合を見せられたら、観客の人たちだって『こりゃさっきのチームには勝てないな』ってなっちゃうよ!」
「うぐ……」
ちなみにだが、この二チームはどうやら出番の直前には自分たちの試合の準備に集中するタイプだったらしく、どちらも前の試合を見ていなかったようだ。
僕らの試合を見ていたら何か変わったかというと微妙なところだけれど、観客席の空気に気付けないのは可哀そうだと同情してしまう。
「まぁ、『僕らの試合』というより、『レオっちの試合』だったけどねー」
作戦を台無しにされたことをまだ根に持っているのか、隣から飛んでくるチクチク言葉にダメージを受けていると、
「これ、でも……。とどかねえのか、よ……」
「確かに貴様の剣は天才的だ。だが、覚えておけ。意志なき剣では何も果たせない」
余所見している間に、地力で上回る第四学園の勝利で第三試合は決着したようだった。
(……というか、特区のチーム、普通に負けるんだ)
途中からそうかとは思っていたが、イカサマに加担しているのはリスティアのチームだけのようだ。
(まあ、その方が分かりやすくていいか)
どこか熱を欠いた拍手の中を凱旋していく第四学園を見送りながら、ぼんやりとそんなことを考える。
やはり、この大会での僕らの相手はリスティアチームと、そして……。
「……〈ファイブスターズ〉」
試合会場へと悠々とした足取りでやってくるクラスメイトたちを眺め、僕は目を細めたのだった。
※ ※ ※
準々決勝である第一回戦が終わってから次の準決勝が始まるまでは、かなり長めのインターバルが設定されている。
だから僕たちも割り当てられた控室に戻ったのだけれど、その間はほとんど会話がなかった。
一回戦、第四試合。
第二学園対〈ファイブスターズ〉の試合内容は、圧巻の一言だった。
彼女たちは、奇をてらった策や鮮やかな速攻を仕掛けたりはしなかった。
ただ、第二学園の全ての攻撃は彼女たちには通じず、逆に彼女たちの攻撃は全て一撃で対戦相手の選手を葬り去った。
「ああいうのを、絶望、って言うんだろうな」
もはや、「圧倒的」すらも超え、「理不尽」という言葉がふさわしいような、あまりに一方的な試合内容だった。
「や、絶望具合で言ったらレオっちも負けてないというか、むしろ相手からしたらちょっと上だと思うけど」
場を和ませるために口にされたトリシャの冗談も、今ばかりはあまり効果がなかった。
みんなちらりと僕の方を見て、もう笑うしかないとばかりに苦笑を浮かべるだけ。
とにかく全員が、自分たちが立ち向かう壁の厚さに改めて向き合っていた、そんな時、
――コン、コン。
淀んだ空気を切り裂くように、控えめなノックの音が響いた。
一瞬、チームの全員で顔を見合わせる。
「どなたですか?」
とトリシャが声をかけると、
「あ、あの! アルマ・レオハルト様はいらっしゃいますか?」
聞き覚えのある声が返ってきた。
急いで僕が扉を開けると、そこから顔を覗かせたのはやはり、いつぞやに見たメイド服。
そして、
「――さ、先ほどのお礼に、差し入れをお持ちしました」
泣きそうな顔で笑う彼女と、彼女が震える手で持つバスケットを見て、僕は思わずにんまりと笑みを浮かべたのだった。
純粋なアルマの心をもてあそぶ卑劣な罠!
果たして彼の運命や如何に!!
最近更新ペースもの足りねえなぁって人は、ついでにバーチャル美少年ダンチューバーの方もよろしくお願いします!
合わせるときっと毎日更新感覚を味わえる(?)はず!





