第百八十九話 第二次接近遭遇
ここから新章突入!
それは面倒な問題を全て片付けた僕が、ティータと二人で〈終焉の封印窟〉でレベリングをしていた時のこと。
「――ヨシ、レベルアップ!」
封印窟の魔物も枯れてきたのか、若干ペースが落ちている感じはするものの、流石に推定ラスボスダンジョン。
開かない扉の前で〈絶禍の太刀〉を撃つだけのお手軽レベル上げによって、108でずっと止まっていたレベルは、一気に110まで上がってしまった。
「アンタの技、あいっかわらずインチキよねー」
「インチキはひどいな。でも流石にこんなに簡単だと、ちょっと申し訳なくなっちゃうね」
この調子なら、父さんのレベルを超える日も近いかもしれない。
僕がティータと雑談しながら、るんるん気分で帰り道を進んでいると、
「げ、ヤバッ!」
いきなり、ティータが僕の肩から姿を消した。
「ティータ?」
何が起こったのかと驚いた時には、もう遅かった。
「……え?」
「ふむ?」
狭い道の真ん中で、僕はフィルレシア皇女とばったり遭遇してしまったのだ。
(ま、まずった!)
そういえば、フィルレシア皇女が初代聖女様に祈るために定期的にここを訪れているという話は聞いていた。
もう少し気を付けていれば、と思ったけれど、後の祭りだ。
この通路で皇女と出会うのは二回目。
けれど観光目的と言い張れた前回と違って、今回は言い訳が効かない。
「ごきげんよう。またまためずらしい場所でお会いしますね」
獲物をいたぶる猫のような瞳で僕を見つめながら、彼女は優雅に礼をする。
(……困ったな。よりにもよって、フィルレシア皇女か)
僕の見立てでは、フィルレシア皇女は悪い人ではないと思う。
ただ、原作における彼女の立ち位置が、どうにも掴めないのだ。
LV 103 フィルレシア・アンルクス
そっと〈ディテクトアイ〉を起動すると、またレベルが上がっていた。
この前に見た時は99レベルだったはず。
人のことを言えた義理ではないけれど、そこから四つも上がっているとなるとレベルアップのペースがあまりにも早すぎる。
レベルは100を境に上がりにくくなるのは僕も体感済み。
なのに彼女のレベルが上がっているということは、彼女はレベル100を超える強力な魔物を倒したか、それに相当するだけのすさまじい数の魔物を倒したことになる。
どちらにせよ、普通の人間に出来ることじゃない。
(なんというか、単純に「ヒロイン」と考えるには、ちょっと強すぎるんだよね)
むしろ、主人公の宿命のライバルとか、悪役令嬢ポジとか言われた方がまだしっくりとくる。
僕は内心冷や汗をかきながらも、とにかく会話を試みる。
「皇女様は、またお祈りですか?」
「ええ。そちらは?」
まさか、開かない扉越しに刀の十五武技を使ってレベリングをしてたんですよ、とは言えない。
僕は覚悟を決めて、こう切り出した。
「……その、あの扉の開け方を探っていたんです」
「扉、を?」
いぶかしげな表情の彼女に、僕はとっておきの秘密を話す。
「あそこに、四つの台座がありましたよね。実はあの台座の一つに、前の大会で手に入れた優勝トロフィーがぴったり嵌まったんです」
「……へ?」
彼女にしてはめずらしい、きょとんとした顔をするフィルレシア皇女。
確かに、僕のようにアイテムの情報が見られなければ、あの優勝トロフィーがダンジョンを開く鍵だなんて普通は考えないだろう。
だから僕は、それを補うように力説した。
「あの優勝トロフィーは鍵の役割をしていると思うんです。だからきっと、対応するアイテムをあと三つ集めれば、あの扉は開くんじゃないかと思って……って、フィルレシア様?」
フィルレシア皇女が顔を伏せて震えているのに気付いて、言葉を止める。
何事だろうと顔を覗き込むと、
「――ぷっ、ふふっ。ふふふふ、あははははは!!」
常に澄まし顔をしていた皇女様が、こらえきれないとばかりに、おなかを押さえて笑っていた。
「ご、ごめんなさい。真剣におっしゃっているのは分かっているのですけど、ふふっ、その、ふふふっ、お、おかしくて……」
涙をぬぐいながらそう言うと、彼女は笑いの発作を抑えるように、すぅはぁと深呼吸して息を整えている。
……完全に、まるで微塵も信じていない。
「い、いや! でも本当なんですよ! きっとあそこには〈魔王〉がいて、その封印のために台座が……」
「や、やめてください、ま、また笑いが……ぷふっ、ふふふふふ!!」
どれだけ言い募っても、もはや笑いを加速させるだけと悟った僕は、口をつぐんだ。
しばらくして笑いの発作を収めた彼女は、流石にばつが悪く感じたのか、わざとらしく咳ばらいをすると、完璧な笑顔を取り戻した。
「……ん、ん、失礼しました。大掛かりな仕掛けに、殿方はロマンを感じると言いますものね。その、私は素敵だと思いますよ?」
「いや、それ完全に信じてない人の台詞じゃないですか」
僕がジトッとした目を向けると、彼女はとんでもないとばかりに首を横に振った。
「いえいえ。私にはない発想だったので、とても勉強になります。今後の参考にさせていただきますね」
「……もう、いいです」
やっぱり全然信じていないのが丸わかりな台詞だったけれど、そう話すフィルレシア皇女がいつになく楽しそうで、毒気を抜かれてしまった。
「それじゃあ、僕はこれで」
とりあえず最初の目的である、扉越しレベリングについては突っ込まれずに済んだ。
上手く行ったはずなのに、なんとなくの敗北感を覚えながら僕がその場を後にしようとすると、
「……ああ。そうでした」
ポン、とフィルレシア皇女が手を叩く。
そして、横を抜けようとしていた僕の手を取って、ぐっと身を寄せると、
「――以前、こうやって手渡していただいた『贈り物』、大変役に立っています。そのお礼を差し上げたいのですが、何が良いですか?」
弾んだ声で、思いもしない質問を投げかけてきたのだった。
皇女の恩返し!





