第百八十四話 英雄
どうしてセイリアたち四人が僕の家に来ているのか不思議だったのだけど、どうも彼女たち四人はそれぞれ「偶然」ネックレスを手に入れることが出来て、それを僕に届けたくて屋敷までやってきてくれたらしい。
普通だったら流石に「そんな偶然があるか!」ってなるところだけど、「そんな偶然」はあるんだ。
(――そう、ゲームならね!)
何しろここは恋愛シミュレーションを原作とした世界で、僕はその主人公。
好感度が高ければメインキャラから誕生日プレゼントがもらえるという設定だったとしても、何も不思議はない。
(まあレミナはモブキャラだから、実際にはヒロインのセイリアとファーリ、あとはお助けキャラのトリシャのイベントに、レミナがくっついてきた、ってことだろうけど)
唯一、全員から同じアイテムを渡されたのはちょっと気になるものの、それは僕がネックレスを壊した話を直前にしてしまったせいだと考えれば分からなくもない。
おかげで同じ首飾りを三つも首にかける羽目になってしまったけれど、単純に僕のためにネックレスを探してくれたのは嬉しいし、プレゼントイベントが起きるくらいには三人との仲が良好だというのもいいことだ。
(……そう思うと、〈ルナ焼き〉以外も得るものが多い里帰りだった、かな?)
その中でも一番の収穫は、間違いなく「情報」だ。
でもそれが、僕の頭を悩ませていることでもあった。
僕は帰郷で出会った人全て、つまり家族やルリリア、ルリリアの父親であるイングリット伯に対しても、〈ディテクトアイ〉によるチェックを行った。
けれど……。
(――僕の故郷には、「図鑑マーク」がある人は一人もいなかった)
正直これは、想像もしていなかった結果だった。
今まで僕が出会った図鑑マーク持ちは、〈ファイブスターズ〉の全員と、それ以外のAクラスに所属する数名、それにレイヴァン兄さんだ。
どの人も明らかにキャラが立っていて強いため、図鑑マークのつく人間が原作における重要人物であるという認識は間違っていないはず。
(まさかルリリアが、ヒロインじゃなかったなんて……)
なのに、主人公である僕の幼なじみで、子供の頃に婚約さえ考えられていたという絶好のポジションにいて、しかも釘野ボイスのツンデレ、なんていう最高の人材にまさか、図鑑マークがつかないなんて誰も思わないだろう。
(でも、そうか……)
僕は子供の頃、ルリリアの釘野ボイスを聞いて、「こんな有名声優が声を当てているんだから、この子は絶対にメインキャラに違いない!」と思った。
流石に釘野さんレベルの声優さんを呼んで、わざわざ脇役の声をやらせるはずがないからだ。
ただ、今思えばそこには一つだけ、落とし穴があった。
――兼ね役、だ。
ゲームやアニメにおいて、複数のメインキャラを一人の声優が担当する、ということは特殊な理由や設定がなければまず起こらない。
しかし、メインキャラを務めた声優さんが、ゲームにほとんど出てこないちょい役の声優を兼ねる、というのはよくあること。
おそらくだけど、ルリリアは主人公の幼少期やちょっとしたイベントの回想か何かにしか出てこないスポット登場キャラで、あくまでゲーム本編は学園がメインなんだろう。
だから、別のキャラに声を当てている釘野さんが、「ついで」にルリリアの声優をやった、と考えれば辻褄は合う。
(……まあ、これから釘野さん声のメインキャラが出てくる可能性が高い、って分かっただけでも収穫かな)
僕が知る限り、今学園にいる人間の中に、釘野さん声の人物はいない。
途中参入のヒロインか、あるいは敵キャラクターか。
どういう形でかは分からないけれど、これから釘野声のキャラが出てくる可能性は考慮に入れておく必要があるだろう。
……それから、情報というならもう一つ。
「それじゃアルマ。学園ではほどほどに頑張ってくるのよ。あ、あとレイヴァンに『自分の誕生日くらいはちゃんと帰ってくるように』って伝えてね」
「うん。まあ、伝えるだけは伝えておくよ」
母さんの言葉にうなずきながら、もう一度〈ディテクトアイ〉を作動させる。
LV 72 ルシール・レオハルト
家族のレベルが分かったことが、もう一つの収穫と言えるだろう。
例えば母さんのレベルは72。
いつもはおっとりとした人だけれど、これでもきちんと帝国貴族をしているということが分かった。
ただ、それよりももっと驚いたのが……。
「アルマ。『例の件』について許可が下りた。近く公開する予定だから、そのつもりでいてほしい」
「分かったよ、父さん」
かつて〈英雄〉と呼ばれていたという、父さんだ。
家に帰って、初めて父さんに〈ディテクトアイ〉を使った時は、思わず声を出しそうになった。
だって、
LV 155 レイモンド・レオハルト
そのレベルが、今まで見てきた誰よりも高かったから。
(フィルレシア皇女の精霊の250レベルと、世界樹の中のモンスターを除けば、最高レベルかな)
前に見た剣聖のグレンさんのレベルが確か146だったから、少なくとも人間の中ではぶっちぎりのトップだ。
トリシャにこっそりと父さんのことを尋ねると、父さんはかつて〈カイザーレオ〉という最強冒険者パーティのリーダーを務め、国の歴史書に載るような数々の偉業を達成。
冒険の途中で怪我を負って引退を余儀なくされたものの、いまだに〈帝国最強〉との声も根強い、正真正銘の英雄だと言われた。
「グレン様は〈帝国最強の剣士〉だけど、やっぱり戦いの花形は魔法使いだからね。『帝国で一番強い人は?』って言われたら、やっぱりパーティのリーダーで魔法使いだったレイモンド様のことを挙げる人の方が多いんじゃないかな」
というのがトリシャの言葉だ。
しかし、そんな評価も、父さんのレベルを見せられてしまうと、納得せざるを得ない。
(……155レベル、か)
何度も国を救った英雄、なんていうのはすごすぎて想像も出来ないけれど、レベルの重さは身に染みている。
この前の演習で、あれだけの数の高レベルモンスターを倒しても僕のレベルは108までしか上がらなかった。
それを考えれば、155という数値がいかにぶっ飛んでいるかは僕にだって分かる。
(それでも……)
そんな偉大な父さんであっても、そのステータスに図鑑のマークはついていなかった。
――原作を、そして世界を守護れるのは、セイリアたちゲームヒロインと、ゲーム主人公である僕なんだ。
それを意識してしまうと、どうにもじっとしていられなかった。
幸いにも、帰りはセイリアたちともども公爵家の馬車で学園まで送ってもらえることになったから、まだ時間の余裕はある。
「……父さん。馬車の時間まで、まだ少しあるよね? ちょっとだけ、外に出てもいいかな?」
「構わないが、彼女たちを待たせないようにすぐに戻るんだぞ」
父さんの言葉に、僕はうなずく。
それからセイリアたちにも断りを入れると、屋敷の外へと飛び出した。
※ ※ ※
僕がやってきたのは、小さなビルくらいの大きさの、真黒な岩山の前。
この黒い岩は魔力に強い材質のため、生半可な魔法ではビクともしないが、魔法が当たった時に色が変わるという特性がある。
だから昔から、訓練場ではちょっと目立ちすぎるような、大規模な魔法の試し撃ちによく利用させてもらっていた。
最後にここを利用したのは、学園入学前。
その時は、岩の三分の一を赤く染めるのがやっとだった。
でも、今はあの時よりもずっと、強くなった。
それに……。
(……たぶん、この感覚は気のせいじゃない、よね)
あの「誕生日プレゼント」をもらってから、身体の奥から力があふれてくるような感覚があるのだ。
今ならきっと、これまでとは比べ物にならない威力の技が撃てる。
そんな確信と共に、僕は眼前の巨大な岩山に向き直る。
「……『全力』で魔法を撃つなんて、久しぶりかも」
魔法はわざと弱く撃つことなんて出来ないから、魔法を撃つ時には常に本気だ。
ただ、その「本気」の魔法が必ずしも「全力」……自分の出せる最大火力の攻撃かというと、そうじゃない。
準備にたっぷりと時間をかけて、魔力の消費を気にしなければ、僕はもっと強力な魔法を撃つことが出来るのだ。
(……やる、か)
無言で透明な魔法使用画面を呼び出すと、意志の力だけでその項目をタップする。
操作に従って、僕の周りを赤い光が満ちていくが、
(まだ、だ)
その力を、すぐに解き放ったりはしない。
求めるのは掛け値なしの「全力」。
僕の今までを全て注ぎ込むような、全力全開の一撃だ。
(もっと、もっと強く……!)
迸る生命力が魔力に変わって、轟々と音を立てながら真っ赤に渦を巻いていく。
その焔のごとき光が臨界に達した、その瞬間、
「――燃え、あがれぇ!!」
僕は勢いよく右手を突き出し、そして――
それから僕は何食わぬ顔で屋敷に戻り、セイリアたちと一緒に馬車で学園に戻った。
公爵家から急ぎの手紙が届き、屋敷の裏の山の地形が変わったことを問い質されたのは、それから一週間後のことだった……。
環境破壊はダメ。ゼッタイ。
そういえば書籍の情報話すとか言いながら全然流してなかったですが、ゲーマーズさんとメロンブックスさんで買うと特典SSがつきます!
ゲーマーズさんの方がアルマくんが子供の時の話で、メロンブックスさんの方がレイヴァン兄さん一人称とかいう激レアな話です!
まあ正直どっちもおまけ程度の内容なのであまり気にしないでいいと思いますが、作品をしゃぶりつくしたいという人は参考にしてください!
そして次回はネタバラシ回!
皆さんお待ちかねの現代編の予定です!





