第百七十八話 復活の呪文
「――死ぬかと思った!!」
興奮に任せて叫びながら、僕は勢いよく身体を起こした。
「ひゃぁぁあ!?」
それに対してビクッと身体を震わせたのは、真っ黒いフードをかぶった人物。
錬金ショップの店員さんだ。
なんとなく目を合わせ、しばらくお見合い状態になってしまって、「あ、どうも」と会釈する。
「あ、ど、どうも。………………って、そうじゃない!」
店員さんも反射的に頭を下げたあと、すぐに我に返って首を振る。
僕を指さし、動揺を隠せない様子で叫ぶ。
「た、確かにさっき、僕の作った〈バブルポーション〉を飲んで、し、死ん、死んじゃ、って……」
言っている間に、何かを思い出したのか顔を青くする店員。
ただ、それはとんでもない誤解だ。
「嫌だなぁ、死んでなんてないって」
僕が軽く笑い飛ばすと、「彼女」は混乱した様子で額を押さえた。
「え? で、でも……」
「だって、考えてもみてよ。死ぬかもしれないのに毒薬を飲んだら、それはもう頭おかしい人だよ。僕がそんな人に見える?」
「それは……」
僕の一分の隙もない論理に、「彼女」は何度か口を開けて何かを言おうとしていたけれど、結局は何も言えずに口を閉じる。
ただ、それでも納得はしきれないようだった。
前のめりになって、熱弁を振るう。
「で、でも、僕は見たんだ! 君が倒れて、身体から、魂が抜けてくのを……」
魂、という言葉に一瞬首をかしげるが、すぐに思い至った。
「ああ。それは僕が用意した『即死対策』が発動した時の光だよ」
「そくし、たいさく?」
ぽかんとする「彼女」に、僕は自信満々にうなずく。
「僕の切り札だから詳しくは教えられないけど、即死を無効に出来る方法があるんだよ」
その切り札とは、僕の契約精霊であるティータが教えてくれた精霊魔法。
――「一度だけ死を回避する」効果を持つ光魔法〈リアレイス〉だ。
消費MPが多く、「一日に一度しか使えない」という制約こそあるものの、ぶっ壊れ級に強力な魔法。
(たぶんこれ、原作でも主人公専用の特殊魔法って位置づけだよね)
なんで風の精霊のティータが光魔法覚えてるんだ、ってツッコミはあるけれど、まあ十中八九、ティータには秘密がある。
そしてティータはシナリオ上、おそらく必ず僕と契約することになっているので、僕にしか使えない魔法、と考えるのが自然だろう。
(こんな魔法、みんなが使えるようになっちゃったらゲームバランスぐっちゃぐちゃになっちゃうからね)
ちなみにこの魔法、効果が発動すると光がぼわっと身体から吹き上がるようなエフェクトが発生する。
光の守りが抜けちゃったよ、という演出だと思うけど、見方によっては魂が抜け出るエフェクトと言われても納得出来なくもない。
(と言っても、〈リアレイス〉が実際に発動したのを見たのって、大会のあとでシギルと戦った時と、魔法効果の実験をした時だけだけど)
ティータは〈リアレイス〉について、「どんなにすごいダメージを受けても一度だけ瀕死で踏みとどまる」効果があると言っていたけれど、即死攻撃に対してもちゃんと発動するか、一般スライムくんを使って確認したのだ。
だから、もし〈バブルポーション〉で即死効果が発動しても問題ないのは分かっていた。
分かってはいたけど……。
(それでもほんっと、びっくりしたけどね!)
〈バブルポーション〉で即死が発動する確率はめちゃくちゃ低い。
なんだったら、百本飲む間に一度も効果が発動することはないと思っていたのに、まさか、一発目から引き当ててしまうとは……。
(……あんまりこの魔法、見せたくなかったんだけどな)
何しろ光の魔法でかつ、精霊から教えてもらえないと使えない超レア魔法だ。
原作アルマくんもティータに使ってもらっていた可能性はあるけれど、原作を壊すような可能性は極力排除しておきたい。
(だから絶対に、絶対にこの店員さんにだけは、〈リアレイス〉のことを悟られないようにしないと……)
いや、だって、さ。
LV 80 スフィナ・コレクト
この店員さん、原作のヒロインの一人っぽいんだよね!
※ ※ ※
「それじゃあ、また!」
「あ、ちょっと待っ――」
後ろからかけられる声を無視して、僕は街の雑踏に紛れ込む。
路地に入って視界を切って、彼女が追いかけてきていないことをきちんと確認してから、ようやく息をついた。
「……ふぅぅ。危なかったぁ」
あれから、錬金ショップの店員さんあらため〈ファイブスターズ〉の一角であるスフィナさんは僕に何かを聞きたげにしていたけれど、気付かないフリでなんとか誤魔化しきることに成功した。
相手はゲームのヒロインの一人だし、本来なら仲良くなってもいいんだけど……。
(このイベントってたぶん、いや、絶対原作にはなかったと思うんだよね)
いくらなんでも、〈バブルポーション〉の調合を頼んで死にかける、なんてのがピンポイントでトリガーになっているイベントがあるとは思えない。
(最初は寡黙で神秘的な錬金術師、って感じだったのに、途中から普通に話してたし……)
それに、スフィナさんの本当のレベルと名前が分かったのは、店の外に出ていた時だ。
僕が〈バブルポーション〉を飲むのを止めようとした時、レベルが3しかない一般人にしては妙に動きが速いなと思ってもう一度〈ディテクトアイ〉を使ったら、あっさりと80というレベルとスフィナという名前が出てきてしまったのだけど、これはおそらくイレギュラー。
鑑定を誤魔化している装置はお店の方にあるため、外に出た途端に妨害が切れてしまったということだろう。
(単なる錬金ショップの客と店員、って関係なら、しばらくは店の外で会うことはないだろうしなぁ)
推測するに、もっとショップに通い詰めて仲良くなったところで「店員さんの正体がクラスメイトだと発覚!」みたいなイベントが起きるんだろう。
そういうイベントの積み重ねが、お互いの絆を育むもの。
渡すだけで一発で相手の好感度が最大になるようなアイテムでも持っているのならともかく、相手のことが何も分からない現状、スフィナとの仲を深めるためにも、原作の流れから逸脱するような接触は避けるのが賢明なはず。
(一つだけ心配なのは、今回の一件でスフィナが原作以上に僕のことを意識してしまった可能性だけど……)
最初は毒薬を買うやばい奴と思われてたみたいだけど、ちゃんと理由は話した。
即死対策があるのは話しちゃったけど、光魔法だってことは隠し通すことが出来た。
「……うん。まあ、ギリギリセーフ、だよね」
誰に言うともなくそうつぶやいて、僕がいい加減路地から出ようと腰を上げたところで、
「――ギリギリセーフ、じゃ、なーいっ!!」
強い感情のこもった声が、僕の足を縫い留めた。
嫌な予感を覚えながらも、僕がおそるおそる顔をあげると、
「またムチャばっかりして! 今度という今度は、ゼッタイ許さないんだからね!」
怒れる妖精ティータが、まるでラスボスのごとき貫録で、僕の目の前に腕を組んで浮かんでいたのだった。
前方ラスボス面!!
ということで次回は(たぶん)ティータ回!
「ティータ可愛い!」「ティータ最近出番多くて嬉しい!」「え? ティータって誰? 登場人物紹介にはいなかったけど」と思った方は、高評価、いいね、チャンネル登録をよろしくお願いします!!





