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第百七十二話 彼女たちの事情

唐突な別視点はなろう作家の特権!!



 ――闇の中にいる。


 視界は、ただ黒。

 ただ、一面の暗黒だけが世界の全てだった。



(たすけて……)



 呼吸が出来ない。

 必死に手を伸ばす。



(たすけて……)



 伸ばしているはずの手はどこにも届かない。

 闇の中で、その手すら視界には映らない。



(たすけて……)



 訴える声も、闇に消える。

 漆黒に吸われ、自分の耳にすら届かない。


 なのに……。




 ――闇の中で蠢くさらに深き「闇」が、自分に迫るのを、「彼女」は確かに感じていた。




 呼吸が、出来ない。



 必死に、手を……。



 手を、伸ばす!




(――たすけて!!)




 必死に伸ばした手。

 その指先が、つかんだものは――







「……夢、か」


 豪華なベッドの天蓋に向け、高く伸ばしていた手をぺたり、と額に落とす。


(この夢を見るのも、久しぶりですね)


 悪夢を見たこと自体に特に感慨はない。


 あれは「彼女」にとっての原風景。

 一生をかけて付き合っていく覚悟を、もうとっくの昔に決めていた。


 だって、そうじゃなければ、あまりにも報われない。


「〈真の聖女〉に、ならないと……」


 もはや何度目になるか分からない決意を小さくつぶやくと、彼女、〈聖女フィルレシア〉は立ち上がる。


 それが、あの選別を生き残れなかった、たくさんの「きょうだい」たちへの手向け。



 ――「計画」の唯一の成功例とされて(・・・)いる自分の、果たすべき役割なのだから。



 ※ ※ ※



「……フィルレシア様」


 ノックの音と共に聞こえた側近であるスティカの声に、彼女……フィルレシア第一皇女は、最前まで眺めていた白い竜の指輪を、そっと手のひらに隠した。


「入りなさい」

「……失礼いたします」


 入室したスティカが恭しく礼をしようとするのを手だけで制して、フィルレシアは無言で用件を問う。


「それが、魔導局から『今期中に最低でも一人に処置を施すように』と」


 応じて放たれたスティカの言葉に、フィルレシアは端正な顔立ちを苛立ちに歪め、首を振った。


「あんな実験で、国を救うなど……」


 魔導局が〈ファイブスターズ〉に施そうとしている「処置」。

 それは、人体に直接魔力を投与して、人工的に「英雄」を作り出す実験だ。



(――「聖女」の次は「英雄」、か。この国は本当に、何も変わっていない)



 十数年前にあの「計画」で無数の犠牲を出したあとだというのに、本当に度し難い。

 いや、あるいは、「計画」があったからこそ、だろうか。


 ただ、人の愚かさを呪っても現実は変わらない。

 どうしますか、と目で訴えるスティカに、フィルレシアはわずかな間、思考を巡らす。


(短絡的な人体実験紛いの施策とはいえ、国を救うという大義名分と父の後押しがある以上、拒否は難しい)


 以前までの自分の状況なら、圧力に屈してその要請に応えるほかなかったかもしれない。

 けれど、


(この前の原因不明の魔力濃度の減少。それから〈常闇の森〉の一件もあって、しばらくは私に強くは出られないはず)


 理由は分からないが、このところ予期せぬイレギュラーが続いて、状況は少しだけマシになっている。


「無論、今回も応じるつもりはありません」

「それは……。ですが、何もしなければフィルレシア様の立場が……」


 焦るスティカに、皇女は分かっています、とうなずいた。


「要するに、協力の姿勢は見せればよいのでしょう?」


 そうして、フィルレシアは不敵に笑うと、



「どの道、そろそろ治療が必要な時期です。手土産もありますし、あの引きこもりに……スフィナに会いに行きましょう」



 天才錬金術師スフィナ・コレクトを訪ねることを、宣言したのだった。

交差する二人!

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かっこいいアルマくんの表紙が目印!
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二巻
ついでににじゅゆも


― 新着の感想 ―
→それは、人体に直接魔力を投与して、人工的に「英雄」を作り出す実験だ。 アルマなら自主的に自分自身にやってたりしても驚かない
[一言] I always feel like I can’t quite grasp the direction of the princess’s romantic developments; o…
[一言] 応援してます!
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