第百六十話 おかわり
「あ、ひ、光属性なんだ。ま、まあ、うん! 闇か光かなぁと思ってたんだよね、僕も!」
光属性カミングアウトしたレミナに対し、僕は震える声でそう返しながらも、内心で叫んでいた。
(――光属性多すぎでしょ、ここ!!)
大っぴらに光魔法をバンバン使っている皇女様は言わずもがな。
僕も光魔法の使い手。
というか、適性的には本来なら光の魔法しかまともに使えない、一極集中型の光属性使いだ。
そんな光過多な状況で、まさかそこにさらにもう一人光魔法使いが出てくるとは普通は思わない。
それに、
「……な、なんかその、ごめんなさい」
そう言ってペコペコと頭を下げるレミナの姿からは、あまり「光」というイメージが湧かない。
どちらかというとレミナは引っ込み思案で控えめ。
単純にキャラ付けの問題として、「光」よりも「闇」と言われた方がしっくりくる気がしたのだ。
(ま、まあ、「君って光っていうよりも闇っぽいよね」とか完全に悪口だから言えないけど)
ただ一応フォローしておくと、僕個人としては「闇っぽさ」にネガティブイメージを持っている訳じゃなくて、むしろあんまり光光した人よりも、ちょっと闇っぽい人の方が僕の状況を考えても付き合いやすそうと思っている。
だから、レミナの隠し事が闇属性ではなくて、光属性だってことには驚いたんだけど、
(でも、これでレミナがストーリーとは無関係な可能性は高まった、かな)
属性被りは戦闘における特徴を考えてもあまり歓迎されないし、何より主人公であるアルマくんの特別さを薄めてしまう。
バランス的に考えて、開発陣もこんなに光魔法使いばかりを主人公の近くには集めないだろう。
レミナには図鑑マークがないことも加えて考えれば、確定とは言わないけれど、かなり高い確率でゲーム本編とはあまり関わりがない人物と判断出来る。
(まあ、それにしてはちょっと素質が一般人じゃなさすぎるけど……まさかの続編用のキャラ、とか、ないよね?)
あるいは、「実は明らかになっていないけれど主人公のクラスにはもう一人モブ光魔法使いがいて……」みたいな裏設定が存在していたとか、ゲーム本編以外の部分は何も決まっていないために偶然魔法の天才が入学してしまった、なんて可能性だって考えられる。
(……ううん、まあこれ以上は不毛かな)
ここまで来ると、もう予想を超えて妄想のレベルになってしまう。
今はそれよりも、はっきりと分かる部分についてしっかりと詰めるべきだ。
「正直に教えてくれてありがとう。でも、光魔法が使えるのを隠していたのはどうして?」
「それは……」
そうして彼女が語ってくれたところによると、光魔法の価値は僕の想像以上らしい。
闇への圧倒的な効果と浄化能力、ドロップアイテム獲得率の増加。
多くの実利を抱えていることに加え、何よりも「対魔物の象徴」として、その利用価値は計り知れないとか。
「――だから、後ろ盾が弱いと囲われるか誘拐されるか、もしくはその、謀殺されるだろう、って、トリシャが言っていました」
思った以上にめちゃくちゃサツバツとしていた。
(トリシャが僕の傘下に入ることにこだわっていたのは、これが理由だったんだ)
そりゃ、必死に後ろ盾を探すのも分かる。
あんまり大したことがなさそうなら僕も光魔法カミングアウトはしてもいいかと思っていたけれど、これはよっぽどの問題が起きるか、原作で覚醒したと思しきタイミングまで伏せておいた方がよさそうだ。
「あ、ちなみに闇属性持ちだと?」
「え……?」
そこでレミナは、ちらりと背後の「黒い塔」に視線をやってから、おずおずと答えた。
「え、ええと、あんまり前例がない……ことですけど、たぶん差別されたり、やっぱり謀殺されたり、とかは」
「……そ、そっか」
怖すぎるよ、この世界!
前例がない、というのは闇属性持ちは誰も名乗り出ないか、考えたくないけれど、バレないように「処理」されてしまうなんて可能性まで思い浮かぶ。
こうなると、僕が闇魔法で作った〈シャドウトーテム〉が気になってくるところだけど……。
(ここに来て、〈エレメンタルトーテム〉の魔法が世に知られていないことが活きてきたな!)
この〈シャドウトーテム〉は闇属性の魔法。
当然ながら使えることがバレたらまずいんだけど、このトーテムが魔法の産物だなんてことは、僕のパーティメンバーしか知らない。
つまりこの〈シャドウトーテム〉は、何も知らない人には魔法ではなくただの異常現象に見えるため、僕が闇の魔法を使えることは、僕のパーティメンバーにしか伝わらない。
それだけじゃない。
〈エレメンタルトーテム〉の魔法は僕らしか使えない以上、ここに〈エレメンタルトーテム〉の使い手がいるのは僕らのうちの誰かがいるという証明に等しい。
――つまり結果的に、パーティのみんなにとっては僕たちの居場所を示す合図にもなるという、一石二鳥の代物になっているのだ。
そこで僕は、ハッとした。
(――まさかレイヴァン兄さん、そこまで考えて!?)
兄さんが僕にトーテムが使えることを黙っているように言ったのは、今日のような事態が来ることを予見していたからに違いない。
流石は黒幕系お兄さんキャラ。
全てがミリしらで手探りな世界の中でも、兄さんは特に僕の想像を超えてくる!
(……うん。状況は整理出来たな)
パーティのみんなには闇属性が使えることはバレてしまっただろうけど、僕はみんなのことは信用している。
なら、あとは……。
「――お話の時間は終わりみたいだね」
第二ウェーブ、だろうか。
さっき蹴散らしたばかりなのに、もう二十を超える魔物たちが、通路の奥に垣間見えた。
「レミナ! 無理しない範囲で僕の魔法で撃ち漏らした敵を、光魔法で狙える?」
「ま、任せてください!」
背後に黒の塔を背負い、前衛を僕、後衛にレミナを置くいつものフォーメーションで、魔物の群れに挑む。
――ストーリー、現実両面から見て、救援の当てはある。
あとはただ、この闇の塔の近くで魔物相手にタワーディフェンスをしていればいい。
(――これでこのイベントも、原作通りにクリアだ!!)
無数の魔物たちが駆け出す地獄のような光景を見ながら、その時僕は、余裕の笑みを浮かべていた。
※ ※ ※
そんな見込みが甘かったと悟ったのは、それから数十分が過ぎた時だった。
「――トドメだ、〈ファルゾーラ〉!!」
もはや何回目、いや、何十回目になるか分からない魔法名の詠唱と共に、僕は躊躇いなく自分の切り札を切る。
「ぐっ!」
たちまち吹き寄せる熱波。
けれど、それに見合うだけの火力でもって、魔物の群れは焼き尽くされた。
「……倒した、みたいだ」
頭の中に鳴り響く、勝利BGM。
ただ、僕にはそれを喜ぶような心の余裕はなかった。
(今の魔物たちで、三十二ウェーブ目、か)
一回の襲撃で襲ってくる魔物の平均数は十匹程度だから、通算でもう三百匹以上の魔物を倒していることになる。
なのに……。
「レオハルト様! ま、また魔物の群れが……」
悲鳴のように発せられたレミナの声に、僕は顔を上げる。
そこに映ったのは、まるでこれまでの三十二回の焼き直しのように僕らに迫りくる、深層の魔物の群れ。
――魔物の襲撃が、途切れない。
普通のゲームイベントではありえない明らかな異常事態に、僕は無言で歯を食いしばったのだった。
無限おかわり!!





