第百五十七話 究極の炎
「――火属性、第十五階位……〈ファルゾーラ〉!!」
気合の声と共に発動したのは、僕のとっておき。
渾身の叫びに誘われるように生まれた灼熱が、世界を白く染め上げた。
成長してから初めて放った自らの切り札の威力に、僕は満足げに笑う……暇などなく、
(や、やばっ!?)
想像を超えた光が網膜を焼き、熱気が肌を舐める。
一拍ほど遅れて轟音と熱波が押し寄せてきて、僕は耐え切れずによろめいた。
(なっ! ちょっ! しゃ、洒落になってないって!)
自分が撃った魔法の規模に自分で狼狽しながら、必死で身体を立て直す。
思わぬ事態に焦るけれども、被害はそれだけじゃなかった。
「レ、レオハルトさ……ひゃっ!?」
「レミナ!?」
背後から悲鳴。
慌てて振り返れば、そこにはしりもちをついたレミナがいた。
見ると、その頭の上のHPバーは、目に見えて分かるほどに削られている。
まさか、魔法の攻撃範囲を見誤ったか、と一瞬だけ考えたが、すぐに否定する。
(いや、違う! たぶんこれは……)
ゲーム的に言うなら、僕らのいる位置は効果範囲からは大きく外れていた。
エフェクトを見ても、それは間違いない。
(――やっぱり、現実化の影響だ!)
ゲームの魔法による攻撃は攻撃範囲内以外に被害が及ばないクリーンな魔法だけれど、現実となればそうはいかない。
水の魔法を使えば辺りは水浸しになるし、岩の魔法を使えばその残骸が残る。
同様に、炎が生まれれば当然その熱は周りにも伝播し、爆発的に広がった熱波はそれだけで周りを焼く。
それが、ほかに類を見ないほどに強力なものなら、なおさら。
その「余波」が本来ダメージの及ばないはずの範囲にまで到達して、術者であるはずの僕らにまで襲いかかったのだ。
(そういえば……)
学園に来る前に訓練場で使った時も、魔法の範囲外にいた僕のところまで熱波が押し寄せていた。
今ほどの威力がなかったから実害はなかったけれど、すでに兆候は表れていたという訳だ。
――ただ、想像を超えて危険である分、その成果もまた、劇的だった。
ようやく余波を乗り切った僕は、まずはレミナを助け起こす。
深層の魔物との戦闘中にそんな悠長なことが出来たのは、目の前の光景のおかげだった。
「レオハルト、様」
「うん……」
意味のない相槌を打ちながら、僕はあらためて正面を向き直る。
あれほど魔物がひしめきあっていた森の道に、今や生きているものの姿は一体として残っておらず……。
無残に焼け焦げた地面の上に、奴らが遺したと思しきドロップアイテムだけが転がっていた。
(まさか、一発で壊滅させられるとは、ね)
いくらさっきの火炎が強力だと言っても、あの魔法は本来、攻撃範囲自体はそこまで大きくない。
流石に余波だけで深層の魔物を倒せるはずもないから、水の波から自身を守るため、魔物たちが固まっていたのが結果的にはよかったんだろう。
……まあ、そんな幸運があったとはいえ、魔法の威力が想像以上だったことも、また確か。
その証拠に、放たれた火炎による傷跡は地面にまで及んでいる。
まるで隕石でも落ちたかのように土が抉られ、そこだけ植物が生えていないむき出しの地面へと変わっていた。
「これが、あの伝説の〈ファルゾーラ〉。究極の、火属性魔法……」
その破壊痕を前に、慄くように、震えるようにレミナはつぶやく。
「知ってるの?」
思わず問いかけると、彼女は小さくうなずいた。
「は、はい。と言っても、おとぎ話で、ですけど。かつて神代の魔法使いが使った『究極の炎』の魔法が、〈ファルゾーラ〉と」
「おとぎ話……」
一気に大げさになった話にちょっとほおがひきつるけれど、そうか。
第十三階位の魔法ですら使い手が途絶えてしまったというのだから、その二つ上の十五階位魔法の使い手がそうほいほいといるはずがない。
(一応、〈ファルゾーラ〉は火属性の最終魔法だからなぁ)
実際、〈ファルゾーラ〉をはじめとした第十五階位の魔法を覚えるのは死ぬほど大変だったし、それから熟練度をどれだけ上げても〈ファルゾーラ〉以後は新しい火魔法を覚えることはなかった。
もちろんゲームバランス的なことを考えると、終盤になればパーティの魔法使い全員が覚えているようなものだろうけれど、それは世界を救う主人公パーティという、一種の超人基準での考え方。
もしかするとレミナにとって、いや、この世界の住人にとっては、〈ファルゾーラ〉なんてのは神話の再現のように思えているのかもしれない。
ただ……。
(……ごめん、レミナ)
そんな彼女を見て、僕は心の中で密かに懺悔する。
だって……。
――今のは〈ファルゾーラ〉じゃなくて、〈ファイア〉なんだ。
嘘つきアルマくん!





