第百四十五話 一番の魔術師
突然のフィルレシア皇女の来襲のあと、僕らは少し足を速め、集団の前の方へと向かうことにした。
――僕の予想通りなら、この演習では何かしらのアクシデントが起きる。
何か起こった時、先頭近くにいた方が対応しやすいし、それに……。
(ありえない、とは思うけど、もし万が一何も起こらずに演習が終わっちゃったら、いい加減魔物を倒さないと討伐ノルマが果たせなくなっちゃうし……)
最初と比べれば、少しずつ先頭集団の速度や勢いが控えめになってきているのを感じる。
今の状況なら、僕らが食い込む余地も十分にありそうだ。
そうして苦労して集団をかき分けて進んでいくと、そこには見知った顔がそろっていた。
「――よう。先に始めちまってるぜ、レオハルト」
武骨な剣を担ぎ、不敵な笑みを浮かべるのは、ここ最近親しくなったクラスメイト。
「ディークくん!」
セイリアのライバルと目されている男子生徒、ディーク・マーセルドだった。
その周りには、彼のパーティメンバーなのだろう。
見慣れたクラスメイトの男子たちの姿もある。
(ディークくんのパーティは、全員地味に強いんだよなぁ)
ディークくんのパーティは男子の成績優秀者が固まっている。
〈ファイブスターズ〉が僕のグループと皇女様のグループで分かれたこともあって、総合的なレベルの高さなら、あるいはディークくんのチームが一番かもしれない。
「ディークくんたちもこっちに来てたんだ? やっぱり討伐ノルマ稼ぎ?」
僕が尋ねると、ディークくんは気のいい顔でうなずいた。
「ああ。序盤はやたらと全員張り切って獲物の奪い合いになるからな。実力に自信があるなら、先頭が息切れする頃に向かうのがセオリーらしいぜ」
「なるほど、ね」
考えることは皆同じ、という訳だ。
(でも、分かる気はするな)
人が多いうちにノルマを達成しようとするのは、どちらかというとレベルが低めなグループだろう。
そういう人たちがあんな風に敵と見るや突っ込んでいくなら、すぐに息切れするのも分かる。
情報の出どころは卒業生か上級生か。
どちらにせよ、この辺りの立ち回りは例年ある程度決まっているみたいだ。
「ま、この辺の話はオレじゃなくてルークスが教えてくれたんだけどな」
そう言ってディークくんが水を向けると、近くにいた彼のパーティメンバーの一人がこちらに歩み寄ってきた。
――ルークス・ヴォルト。
うちのクラスではファーリに次ぐ実力を持つ魔法使いで、眼鏡が似合うクール男子といった風貌。
ただ、クールなのは見た目だけらしく、僕に対しておざなりな目礼をすると、すぐにその後ろに目をやって、
「……ファーリ・レヴァンティン。君の能力は認めるが、Aクラスで一番の魔術師は、僕だ。今日の実戦で君に勝って、それを証明する」
僕の後ろについてきていたファーリに対して、バチバチとしたライバル心を向けていた。
ただ、対するファーリはというと、あいかわらずの平常運転。
「む。あなたがどれだけ背伸びをしても、私には届かない。なぜなら……」
眠たげな目でルークスを一瞥すると、
「――私は、水属性SSの女だから!」
このチャンスを逃すかとばかりに、水魔法素質マウントでイキっていた。
「えすえ……? ま、まあいい。とにかく、覚悟しておくことだ!」
……まあ、言われた方は何言われてるのか全く分からなかったらしく、負け惜しみのようにそう言い捨てて自分のパーティの方へと戻っていった。
「んふ、完全勝利!」
それを見届けて、満足そうにうなずくファーリ。
楽しそうで何より……ではあるんだけど、流石にアレでは、ルークスくんがちょっと可哀そうな気もしてしまう。
「……ええと、よかったの?」
僕がなんとなく尋ねると、
「ん。嘘つきには、あれくらいで十分」
「嘘つき?」
ファーリからは、想像もしない答えが返ってきた。
傍から見ていても、ルークスくんのファーリへのライバル心は本物だと思ったけど……。
ただ、彼女の意見は違うようだった。
眠たげな目をいつもよりちょっとだけ余分に開きながら、彼女はじっと僕を見て、
「だって、クラスで一番の魔術師は、わたしじゃなくてレオ。なのにレオを無視してわたしだけに宣戦布告した時点で、もう一番じゃない」
「あ、そういう……」
意外とドライな意見に戸惑うのと同時に、ファーリの僕の実力に対する全幅の信頼が感じられて、なんだかこそばゆい。
(……でも、そうか)
例えばディークくんだったら、セイリアに宣戦布告しながら、僕に対しても「今はまだ届かねえが、いつか追いついてみせるぜ!」くらいは言ってのけただろう。
性格の違い、と言ってしまってもいいけれど、確かにうなずけるところもあった。
「というか、実際問題として勝負したら勝てるの?」
この演習で勝負をつけるなら、演習中の魔物の討伐数で競う、みたいな話になってくると思うけれど、この状況だと純粋な魔法の実力より立ち回りが重要になる。
それなら経験者から事前に情報収集をしているらしいルークスくんの方が有利そうだ。
僕が興味本位で訊くと、ファーリは自信満々にうなずいた。
「問題ない。討伐数で負けてても、最終的に口喧嘩で負かせば勝ち」
「あっうん」
ファーリはなんというか案外レスバに強いタイプだし、本当にそうなっちゃいそう、とルークスくんの未来に合掌したところで、
「――おー! ちょうどいいところにちょうどいい奴らがそろってんじゃねえか! これからちょおっとばかし、ネリスおねーさんに付き合ってもらうぜぇ!」
先頭集団の方から、品性とデリカシーをどこかに放り捨てたような女性の大声が聞こえて、僕は思わず顔をしかめたのだった。
イベントの予感!





