第百三十七話 理解者
(――ふぅ。上手くごまかせてよかった。我ながらファインプレイだったなぁ)
危うく大事になりかけた授業での〈ロックスマッシュ〉騒動を振り返りながら、道場の扉を開ける。
「……へ?」
ただそこで、僕は思わず固まってしまった。
「トリ、シャ……?」
中には妙に悟りきった顔をしたトリシャが、地べたに正座して待っていた。
彼女は僕を認めると顔を上げ、ゆっくりと口を開く。
「らいこうにー
よすがもとめし
あさはかさー
わがみをこがす
ほむらとなりけりー」
百人一首の大会で聞いたような、独特の抑揚。
この世界って和歌文化まであるんだ、と感心した僕が、思わずパチパチと手を叩くと、
「――って、呑気に拍手しないでよ! 当てつけなんだから!」
突然、目をクワッと開いたトリシャに理不尽に怒られた。
僕がどうしたものかと考えていると、トリシャの隣でなぜか大きなクッションを抱えているレミナが、困ったような顔で説明をしてくれた。
「ご、ごめんなさい、レオハルト様。あの〈ロックスマッシュ〉を見たあと、トリシャがちょっと情緒不安定になっちゃって……」
その精一杯の抗議が、さっきの辞世の句(?)だったらしい。
(トリシャって、変なとこで育ちの良さが出るんだよなー)
レミナに抱き着きながらこちらを涙目でにらんでいるトリシャを前に、そんなのんびりとした感想を漏らす。
「そんなに心配することないんじゃないかな。ほら、授業のことなら、ちょっと気を抜いちゃったなとは思ったけど……」
「そんなワケないでしょ! むしろ心配事しかないよ!」
なだめるために口にしたその言葉だけど、それがなぜかトリシャに火を点けた。
「え、でもあれは、指輪でごまかせ……」
「だから、全然ごまかせてないんだって!」
トリシャは据わった目で僕を見ると、ビシィとばかりに指を突きつける。
「いーい? 確かに、最初のめちゃくちゃでっかい魔法もすごかったよ? でも、そのあとの二回目の魔法の時点で、じゅーぶんにやばいから!」
「やばい、って、でも……」
事態についてこれない僕に、トリシャは興奮した様子でまくしたてる。
「二回目の魔法、どう甘く見積もっても普通の魔法の倍、下手すると三倍くらいの威力があったでしょ! そんなもん目の当たりにして、『さっきのより威力がないからヨシ!』とは絶対にならないから!!」
「そ、れは……」
そう言われると、あんまり上手くごまかせてなかった可能性が微粒子レベルで存在している気がしてきた。
そんな僕をじとっとした目で見たトリシャが、追い打ちをかけるように言ってくる。
「しかも、レオっちの魔法は前までは普通の威力だったってことがバレてるんだよ。それが数日で倍以上になったって知ったら、どう思う?」
「え、と……やばい?」
「やばいんだよ!!」
と、ちょっと頭の悪いやりとりを交え、だんだん僕にも危機感が芽生えてきた。
その様子に、「ようやく分かったか」とばかりに腕を組んだトリシャが、不機嫌そうに言う。
「今頃は、レオっちが数日で急に位階を上げたんだって当たりをつけて、こっそり調査に動いてるところもあるんじゃないかな」
「そ、そんな、大げさな……」
僕は乾いた笑いを返すけれど、トリシャは笑ってくれなかった。
それどころか、一層表情を険しくして、さらなる問題を僕に突きつけてくる。
「それに、一番の問題はむしろ魔力アップの指輪の方だよ」
「えっ?」
思わぬ指摘をしてくるトリシャに、僕は固まってしまった。
「一回目の魔法より、二回目の魔法の威力が半分程度になってたってことは、指輪で魔力が倍になったってことになるでしょ」
「い、いや、ちょっと待ってよ!」
僕は念のため、それまで嵌めていた二つの指輪を両方とも付け替えた。
だから、魔力が五割増しになる指輪を二つつけていた、と普通なら考えるはずだ。
装備にランダムで付くエンチャントについては判別出来ないようだけど、指輪にはデフォルトで特殊な効果が付いているものも多く、その中には魔力値を上げるものもあったはず。
「だから、そこまで話題になることはないと思うんだ。あ、もし一個で二倍になる指輪を装備してたと思われてるんだったら、トリシャから訂正でもして……」
「指輪を二つ使ってる、なんてのは前提も前提だよ! そのうえで、十分やばいって言ってるの!」
「え……」
ふたたび頭に疑問符を浮かべる僕に、トリシャは指を一本立てて説明を始めた。
「あのね。専門店で売ってる高級な指輪でも、上げられる魔力は15%程度なんだよ。そりゃ、もしかすると貴族家が隠し持った家宝とかなら20%とか25%くらいのもあるかもしれないけど……」
それをつけても、最大で50%。
二倍には、とてもではないが届かない。
「……まあ、一部のデメリット付きの指輪ならもっと魔力が上げられるものもあるとは聞くよ。でも、少なくともそんなレベルの代物を二つも持ってるってことを、レオっちはこのうえなく分かりやすい形で証明しちゃったってワケ!」
ビシリと突きつけられたその言葉には、反論の余地もなかった。
トリシャは青くなっていく僕をじいっと見つめると、
「――自分がどれだけとんでもないことしたか、分かった?」
僕の瞳を覗き込むようにして、尋ねてくる。
その迫力に、僕はもうコクコクとキツツキのように首を振るしかなかった。
……すると、
「――ん! それじゃ、八つ当たりおしまい!」
トリシャはそう言って、打って変わった笑顔で、パン、と手を叩く。
そこにはもう、さっきまでの鬼気迫る表情はなかった。
「え? や、八つ当たりって……」
「だって、レオっちがすごい強くなったのも、すごい指輪持ってるのも、別にわたしが文句つけられるようなことじゃないじゃん。ただ、ちょっと愚痴りたかっただけ!」
突然の変化に戸惑う僕に、トリシャはさっぱりと笑う。
「何度も言ってるけどさ。振り回されてる以上に、レオっちには色々感謝してるんだよ! ……まあ、ちゃーんと相談してよ、とは思うけど!」
「ご、ごめん」
僕が謝ると、「いいってことよ」とトリシャは手を振った。
その姿はすっかりいつものトリシャで、僕はなんだか安心してしまった。
にしし、と口の端を持ち上げて、トリシャは続ける。
「ま、とんでもない盟主様を持っちゃったって観念して、なんとかやってみるよ! あ、やっぱり魔力アップの指輪についてはごまかしといた方がいいんだよね?」
「……ん? 魔力アップの指輪?」
一瞬だけ、「何を言ってるんだろう」と考えて、僕はようやくトリシャまで勘違いをしていることに思い至った。
「あはは、魔力アップの指輪なんて使ってないって!」
「使ってない、って、でも……え?」
「一回目に比べて二回目の威力が弱かったのは、あの時僕が魔力が半減する指輪を嵌めたからなんだ。つまり――」
戸惑うトリシャに、僕は笑いながら指に光るリングを見せる。
「――最初の魔法の方が、僕の素の実力なんだよ」
その言葉を聞いたトリシャは、ぽかーんと口を半開きにして、
「――キュゥ」
という既視感のある鳴き声と共に後ろに倒れ込み、スタンバイしていたレミナのクッションに吸い込まれていったのだった。
職人芸!





