第百三十話 不遇魔法の使い方
「――〈ブレイズトーテム〉!!」
好奇心に目を輝かせたファーリが意気揚々と呪文を唱えるが、手のひらを向けた先には、何の変化も起こらなかった。
「……し、失敗?」
トリシャがぽつりとつぶやき、ファーリはガーンという表情で固まってしまうが、それは当然。
「ファーリ、指輪指輪」
僕に指摘されてハッとしたファーリが、指輪を無限指輪から火属性素質強化指輪に切り替える。
冷静に見えて舞い上がっていたんだろう。
ファーリが火のトーテムを呼び出せないのは当然。
だってファーリは火が苦手属性なので、素質強化の指輪を付けないと一切の火属性魔法は扱えないのだ。
「――〈ブレイズトーテム〉!!」
今度こそ、と口にしたファーリの呪文に応え、道場の床ににょきっと赤いトーテムポールが生えた。
「やった!」
それを見て、ぴょこん、とその場に跳ねるファーリ。
僕だけが使えるという訳ではないようで、僕もひとまず胸を撫で下ろした。
しかし、床に生えたトーテムを見て、セイリアが首を傾げる。
「あれ? でもなんか、アルマくんのトーテムに比べると小さくない?」
「それは熟練度の違いだよ」
この〈エレメンタルトーテム〉は、熟練度で効果と見た目が変わるタイプ。
この魔法で生み出されるのは、いくつもの小さな柱がダルマ落としのように縦に連なっているタイプのトーテムポールだけど、スキルレベルが上がることで柱の段数が増えるほか、柱一本一本が太くなるので見てすぐに違いが分かるのだ。
「じゃあアルマくんのトーテムは……」
「確か、五段階目かな。ほら、初期の一段と合わせて、六段あるでしょ」
「あ、ほんとだ」
初期状態、まだ零段階目のファーリのトーテムが三十センチほどしかないオモチャのような見た目なのに対して、僕の出したトーテムは僕らの身長を優に超えるほどの大きさだ。
どちらも一番上に、羽を広げた鳥のようなオブジェが存在しているのを見なければ、とても同じ魔法とは思えないほどにスケールが違う。
ただ……。
「実は、使い続ければこれよりももっと大きくなるんだよ」
メニューにある〈ブレイズトーテム〉の説明はこんな感じだ。
《周囲の火属性の攻撃を軽減するトーテムを生成する。軽減量と範囲はトーテムの大きさによって変わり、習熟することによって最大十段階まで成長する。(重複不可)》
軽減効果は初期が10%で、トーテムの段数が増えるごとに2%ずつ効果量が増えていくため、十段で30%になる。
「10%、かぁ。それじゃあ最初はあんまり使い道ないかもね」
セイリアはそう言ってから、慌てたように付け加える。
「あ、で、でも、使い続けたら30%も軽減出来るようになる上に範囲も広がるんだよね?」
「そうだけど、でもデメリットもあるんだよね」
トーテムは範囲内に着弾した魔法を機械的に弱めるだけなので、あんまり範囲を広げすぎると敵に対する攻撃魔法の威力を軽減してしまったり、味方の回復魔法を弱めてしまったり、と弊害が生まれる可能性もあるのだ。
「あと、消費魔力がね」
消費MPも初期は5だけれど、段階が進むにつれて1ずつ増え、十段で15になる。
つまり、十段回目ではちょうど消費も効果も三倍になっている、という計算だ。
(そこまでやって三割軽減、っていうのもなぁ……)
いや、「一個だけなら30%でも、四つ重ねたら炎無効化だ!」みたいなことを考えたくもなるんだけど、トーテムは一人に一つしか作れず、新しいものを作ると古いものが消えるので二つ以上建てるのは不可能。
別の人と協力すれば二つ以上建てることは出来るけれど、そもそも重複不可なのでもし同じ範囲に二つ建てても耐性は30%は超えない。
さらに言うと、このゲームは耐性が加算ではなく乗算で計算されてるっぽいので、仮に30%カットを四つ重ねられても耐性はおそらく76%にしかならない。
「使わせておいてアレだけど、正直あんまり使い勝手はよくないと思うんだ」
僕はそう締めくくったけど、ほかの人の反応は案外好意的だった。
「い、いやいや! 十分役に立つでしょ! そりゃ劇的に環境が変わったりってのはないかもだけど、例えば炎の敵と戦う前に、接敵場所にこれを建てるだけでも戦闘が楽になると思うよ!」
「あ、あの、パーティ戦闘だったら、便利だと思います!」
な、なるほど?
ぼっちの悲しき性でソロで戦うことしか考えてなかったけれど、集団戦なら活躍の場もないこともないかもしれない。
「……そ、それに、正直わたしとしてはこのくらいの効果で助かったっていうか。あんまりやばい秘密だと色々怖いしさ」
僕を慰めるために言ってくれてるんだろうけど、あいかわらずトリシャは心配する方向性が独特だ。
「ボクも、このくらいの効果の方が工夫する楽しみがあっていいと思う! アルマくんに協力するから、色々検証していこうよ!」
「そう、だね。ありがとう、セイリア!」
トリシャに続いて、セイリアも僕に励ましの言葉を送ってくれたかと思うと、
「使い続けると見た目が変わる魔法はレア。ぜひ検証するべき。ぜひ……!」
ファーリも同じくらいに力強く迫ってくる。
いや、特にファーリの圧がすごい。
「わ、分かった。じゃあ遠慮なく頼らせてもらうよ」
元より、こういう実験は一人では絶対に出来ない。
協力してくれると言うのなら、断る理由なんてない。
「それじゃあまずは、トーテムを次の段階まで育ててもらおうかな」
「えへへ、了解!」
こうしてセイリアの元気な返事と共に、僕らの「実験」は始まったのだった。
※ ※ ※
「――あ、二段になった!」
初めにトーテムポールを進化させたのは、セイリアだった。
「えっ、もう!?」
トリシャの驚きの声に振り向くと、そこには確かに二段組になったトーテムポール。
これには本人もまんざらではないようで、
「へへへっ! 魔法ってあんまり練習したことなかったけど、結構面白いかも!」
なんて笑ったのを見て分かる通り、やはり火属性の魔法についてはセイリアに隠れた才能があったようだ。
ただまあ、魔法のレベルも低いうちはかなり上がりやすい。
それから少し時間が経って、
「あ、出来ました!」
「こっちもー!」
レミナとトリシャも、二段組トーテムを完成させる。
「ぬぬぬ……」
結局最後に残ったのは、皮肉にも一番トーテムの進化を待ち望んでいたファーリだった。
「〈ブレイズトーテム〉! 〈ブレイズトーテム〉! 〈ブレイズトーテム〉! ……あっ?」
それでも流石の集中力で連続してトーテムを作り続け、三人からだいぶ遅れはしたものの、ファーリも二段のトーテムを完成させた。
「確かにさっきと全然違ってる! すごい!」
満足そうに二段組のトーテムを眺めるファーリをみんなが微笑ましそうに見守る中、トリシャだけが少し心配そうな顔をして、僕にこそっと耳打ちをした。
「あ、あのさ。何も考えずに全員のトーテムを強くしちゃったけど、よかったの? ほ、ほら、実験するなら、初期の子も残してた方が……」
「ああ。それは大丈夫だよ」
トリシャの言葉はもっともだけど、今回については杞憂だ。
「もう火属性については、大体分かったから」
「へ? でもまだ何も……」
首を傾げるトリシャに、僕は無言で手元のメモを見せる。
セイリア S
ファーリ G
トリシャ B
レミナ A
「SGBA……? って、なに?」
首をひねるトリシャに、僕は笑いながら答えを告げる。
「これは、みんなの火属性魔法の素質だよ」
「……へ?」
何を言われたのか分からない、という顔をするトリシャに、僕は続けて口を開く。
僕がやりたかったのは最初から、属性軽減の検証なんかじゃない。
前に僕が思いついたこの魔法の活用法、それは……。
「――この魔法を使うと、その人の魔法適性が測れるんだよ」
魔法適性検査魔法!





