第百二十九話 不遇の理由
(――どういうこと、なんだろ)
涙目になったトリシャから、〈エレメンタルトーテム〉の魔法が誰も発動出来ていなかった、本当の意味で「使えない」魔法だと告げられた僕は、混乱していた。
僕は〈エレメンタルトーテム〉の契約書を買ったあと、ほんの数分で魔法を習得して試しに使ってみた。
発動が出来ない、なんてことはあるはずがない。
(いや、でも……)
兄さんにこの魔法を使って見せた時、「ほかの人には、間違ってもこの魔法が『使える』なんて話しちゃいけない」と言っていた。
あれはてっきり「〈エレメンタルトーテム〉が役に立つ魔法だと主張しちゃいけない」という意味だと思っていたけれど、実は「〈エレメンタルトーテム〉の魔法が発動出来ることを知られてはいけない」と忠告してくれていた、と考えると、それで意味は通る。
いや、むしろ聖人君子を地で行く兄さんの発言としては、そちらの方が自然にすら思えてしまう。
(でも、だとすると、どうしてみんなはこの魔法を使えなかったんだ?)
僕とほかの人との違いと言えば、メニュー画面だろうか。
確かにさっきもメニュー画面から魔法を使ったけれど、別にメニューを使わなくても魔法の名前を口に出せば……。
(――あ、魔法の名前か!!)
そこで僕は、自分がとんでもないことを見落としているのに気付いてしまった。
確かにこの〈魔法契約書〉には〈エレメンタルトーテム〉とはっきりと文字が書かれているし、アイテム名でもそうなっている。
ただし、実際に覚えられる魔法は「エレメンタルトーテム」という名前ではないのだ。
なぜならこの魔法は、「各種属性のトーテムを生み出す」もの。
要するに、〈エレメンタルトーテム〉というのは属性トーテム魔法の総称で、実際に覚えられるのは……。
火の〈ブレイズトーテム〉。
水の〈アクアトーテム〉。
風の〈スカイトーテム〉。
土の〈グランドトーテム〉。
光の〈シャイントーテム〉。
闇の〈シャドウトーテム〉。
の六種類になる。
――つまり、この世に「エレメンタルトーテム」なんて名前の魔法は存在しないのだ。
まさか、と思いつつ、トリシャにおそるおそる聞いてみる。
「も、もしかして、〈エレメンタルトーテム〉がたくさんの魔法の総称だってこと、あんまり知られてなかったりする?」
「な、なにそれ! あんまりというか、そんなの聞いたこともないよ!」
涙目のまま、逆ギレ状態で返すトリシャの言葉。
それに嫌な確信を煽られて、僕はさらに踏み込んで質問する。
「じゃ、じゃあ、それぞれの属性の〈エレメンタルトーテム〉を呼び出すのに、それぞれ違う呪文が必要だってことも……」
「ちょっ、や、やめてってば! これ以上わたしにやばそうな知識を植えつけないでよぉ!」
耳をふさいで首を振るトリシャの態度が、この知識が一般的じゃないことを如実に示していた。
僕は明かされてしまった衝撃的な事実に驚きながらも、心の底では少し納得もしていた。
(……いや、まあだって、考えてみればそんなの分かる訳ないよね)
自然習得の技なら覚えた瞬間から自分が使える技がぼんやりと分かるようだけれど、アイテムで習得した場合はそうではない、というのは兄さんから聞いたことがある。
とすれば、アイテムに〈エレメンタルトーテム〉って書かれているのに、まさか別の名前の魔法が習得出来ている、なんて普通は思わないだろう。
仮に使用出来なかったとしても、「必要な魔法レベルが足りてないのかな」などと考える方が自然だ。
(ほかの契約書だと、そのまま書かれている名前が魔法名になっているのがほとんどらしいし……)
僕みたいにメニュー画面から自分の使える魔法が確認出来るのでなければ、呪文が間違っているとは気付けないだろう。
(あれ、だったら……)
やっぱりみんなに魔法を見せてしまったのはまずかったのでは?
僕は一瞬真っ青になって……。
「………………ま、いっか!」
結論として、あんまり気にしないことにした。
「ぜんぜんよくないよ!?」
トリシャが目をまん丸にして返してくるけど、もはや今さらだ。
意外とレアな魔法だって気付かなかったのは確かだけど、だからと言ってこのメンツに隠しておくほどのものじゃない。
「ここのみんななら誰かに話したりしないと思うし、別にバレちゃってもいいんだよ」
そもそも秘密にしている自覚すらなかったものだし、原作を守護るのに影響がなければ僕は魔法を独占しようというつもりはない。
流石に無限指輪については「世の中に与える影響が大きすぎるから」と家族からもあまり大っぴらに広めないように忠告されているけれど、所詮は忠告であって最終的な判断は僕の自由意思に委ねられている。
それに、父さんが何やら動いているらしいから、場合によってはそっちから公表されることになるかもしれない。
「で、でも、本当にずっと誰も使えてなかった魔法なんだよ? 下手すると、魔法の教科書に載っちゃうレベルだよ?」
「あはは。持ち上げてくれて悪いけど、さっきも言った通りこの魔法自体はそんなに強い訳じゃないんだよ」
効果がしょぼいから不遇扱いされていた、というのは勘違いだったみたいだけど、そう勘違いするくらいの効果なのは確か。
そんなものを隠すより、やっぱりこの魔法の有効活用法を開発してみたいという思いの方が強い。
「う、確かに本人が気にしてないなら……いや、うーん、で、でもぉ」
どうしても納得出来ないのか、頭を抱えて悩み始めるトリシャだったけど、
「――トリッピィ、落ち着いて」
それを背後からなだめる者がいた。
「ファーリ、さま?」
訝し気に振り返ったトリシャに、ファーリはきっぱりと言った。
「こうやって話していても埒が明かない。まず、レオ以外の人間でもあの魔法が使えるのか試すべき。呪文が原因じゃなかったら、議論は無意味」
ファーリの理知的な物言いに、僕もトリシャも思わず顔を見合わせた。
「……それは、確かにそうかも」
「うん。ファーリの言う通りだよ」
奇行も目立つけれど、やっぱりファーリも公爵令嬢。
こういう状況下での冷静さには、見習うべきものがあるかもしれない。
「ん。分かってくれたなら、いい。だから……」
その証拠に、僕らが感心の視線を向けても、ファーリは全く動じない。
そんなの何でもないとばかりの態度で話を進めながら、自然な動作で僕に近付いてくる。
……目と目が、合う。
至近距離で見つめ合って、ようやく気付いた。
さっきまで理知的だと思っていたファーリの瞳には、隠し切れない欲望がギラギラと輝いていて……。
「――さっきの魔法、わたしが一番に試してもいいよね? ねっ?」
オモチャを前にした子供みたいににじり寄ってくる姿を見て僕は、「あ、やっぱりファーリはファーリだったな」と安心したのだった。
ガチ恋距離!





