第百二十一話 今と原作
「――おはよう。今日もとぼけた顔してるね」
目の前、金色の癖ッ毛を跳ねさせ、整った顔にどこか緊張感のない表情を浮かべる少年に、僕は声を投げかけた。
そんな言葉を受けた眼前の少年は、心外だ、と言わんばかりに目を細めたり、にらんだりしてみるけれど、やっぱり迫力はない。
しばらくそんな百面相を続けていると、
「――もう、鏡の前で何遊んでるのよ! 早くしないと、学校に遅刻しちゃうわよ!」
後ろから僕の契約精霊、上級風精霊のティータの声が、僕を追い立てる。
「ごめんごめん。分かってるよ」
そうして僕は、「鏡の中の自分」を見ることをやめて、ティータの待つ玄関に向かった。
(顔のパーツは整ってる、と思うんだけどなぁ)
流石に九年も経てば、自分の顔にも慣れてはくる。
ゲームの主人公だけあって「僕」の顔はかなりの美形で、でもだからこそ、そのせっかくの整った顔立ちにどうにも締まりというか、緊張感がないことがちょっとだけ気にかかる。
(主人公ならもうちょっとだけ、シャンとした顔をしてくれてもいいのにさ)
一瞬だけ、実は中身が僕だから緊張感がない表情になってしまっているのでは、なんて妄想が思い浮かぶけれど、僕はすぐに否定した。
きっと、原作アルマくんは相当なのんびり屋だったに違いない。
その性格が、きっとキャラデザにも反映されてしまったんだ。
「アルマー! 先に行っちゃうわよー!」
そんなとりとめのないことを考えていると、玄関から、急かすようなティータの声がした。
ティータだけが学校に行って何するんだろう、という好奇心が湧かなくもなかったけれど、本当にもう時間がない。
「行ってきます!」
誰にともなくそう口にして、僕はティータを追って部屋を飛び出した。
※ ※ ※
早いもので、僕が自分が転生者だと自覚してから九年。
学園に入学してから、一ヶ月の月日が経った。
その一月で色々なものが変化したけれど、一番大きく変わったのは、なんと言っても僕のレベルだろう。
LV 75 アルマ・レオハルト
入学時に25しかなかった僕のレベルは、なんとそこから50も上がって75にまで到達していた。
これは〈ファイブスターズ〉に匹敵どころかほとんど超すような数値で、一年生としては異例の高さと言ってもいい。
それもこれも、全てはファーリが教えてくれた〈終焉の封印窟〉と〈絶禍の太刀〉のおかげだ。
(ちょっとリスクはあったけど、やってよかったな)
普通なら扉の前で範囲攻撃しても中の敵を攻撃出来るなんてアホなことはないし、もし誤って〈魔王〉を攻撃してしまったら下手すると大惨事が起こる。
ただ、あの時に限ってはかなりの確率でうまくいくだろうという勝算があった。
……実はあの扉の前に進んだ時点で、メニューに表示された現在地が〈終焉の封印窟 壱層〉に変わっていたからだ。
〈絶禍の太刀〉は基本的に同エリアにいる対象に攻撃判定があるらしいので、どんなに道が閉ざされていようがどんなに距離があろうが同じ名称のエリアにいれば攻撃は届くし、逆にたとえ目の前にいたって別区分のエリアであれば攻撃は当たらない。
だから今回、僕の〈絶禍の太刀〉は、いまだに足を踏み入れたことのないラストダンジョン一層の敵全てを攻撃対象に取ったことになる。
(まあ、今回はそれだけじゃ終わらなかったんだけどね)
今まで数々の強敵を屠ってきた〈絶禍の太刀〉だけど、流石にラストダンジョンの敵をワンパン、という訳にはいかなかった。
しかし、この技の利点は遠くから一方的に攻撃が出来ること。
五分のクールタイムがあけるごとに技を放ち、四回目で無事に殲滅することが出来た。
苦労はしたけれど、反撃を受けない状況下では、敵は強い方が好都合だ。
実際その見返りは大きく、四回目の〈絶禍の太刀〉を撃った時点で僕のレベルは75になっていた。
扉の前に来た時はレベル28だったので、たったの十五分で、ほぼ50近いレベルを上げたということになる。
(こんなに効率いいなら何度も狩りたいところだけど、ラストダンジョンだからなぁ)
ただでさえ、魔物のリポップには時間がかかる。
ラストダンジョンの敵がちゃんと復活するかは未知数だけど、時間を置いたらまた見に行きたいところだ。
そして、嬉しかったのは、それだけじゃない。
(――ありがとう、ティータ! 本当に!!)
精霊による成長率の上昇効果がすさまじく、かつて22しかなかった敏捷の値は、いまや200超え。
かつては絶対に届かないと思われた、セイリアの146を大幅に上回る素早さを手に入れることが出来たのだ。
HPとMPだけは補正がつかなかったようだけれど、ほかの能力値も順調に上がっている。
今の強さなら、よっぽどのバランス崩壊イベントが出てこなければ強さで後れを取ることはないだろう。
……むしろ、ちょっと鍛えすぎた気がしなくもないけれど、周回引継ぎアルマくんだったらこのくらいのレベルは普通、のはずだ。
(とにかく、強さについてはこれで問題ない。あとは原作の通りにイベントをこなすだけ、なんだけど……)
自己強化を進める一方で、原作に対する調査も進めてきた。
もう一度、現状をまとめてみよう。
まず、この一年Aクラス。
ここには僕を含めて十九人の生徒が所属していて、そのうちの半分である十人に図鑑のマークがついている。
その内訳は、男子四人に女子六人。
僕を男子の方に入れても女子の方が一人多いのは、流石ギャルゲーと言うべきか。
女子は〈ファイブスターズ〉の五人とトリシャ。
男子の方はディークくんを筆頭に、成績が高い人たちで固まっている。
(やっぱり図鑑マークがついているのが作中のネームドキャラで、ついてないのがモブキャラってことなのかな)
図鑑マークがついている中で一番弱いのがトリシャで、彼らは一年の中では抜きんでた能力を持っている。
それに……。
(気のせい、かもしれないけど……)
よくよく見ると、男子の方もなんとなく〈ファイブスターズ〉と対になっているような気がするのだ。
例えばセイリアとディークくんは実力の近いライバルだし、水魔法が得意な眼鏡の男子生徒はファーリと対応している気がしなくもない。
あとは〈ファイブスターズ〉の一人と婚約している男子に、別のもう一人の家と古くから商売で付き合いがあるという男子もいる。
……ただ、一人だけ。
フィルレシア皇女だけは、対応するどころか、付き合いがあるような男子すらいない。
この例外を、どう考えるべきか。
(……まあ、考えすぎかな)
昔は女性ヒロインに、ライバルとなる男性キャラをあてがってプレイヤーと競争させるようなゲームがあったとは聞くけれど、今はめっきり見なくなってしまった。
僕が見つけた共通項もこじつけのようなものだし、全てが思い過ごしの可能性の方が高いだろう。
ただ、一年Aクラスの分析が順調に進んでいる反面、それ以外となると、なかなか重要そうなキャラを見つけられていない。
図鑑マークを確認出来たのは兄さんくらいで、それらしい個性的なキャラを噂話から探ろうとしてもすぐに「レオハルトって奴がすごいらしい」みたいな話ばかり出てくるので、全く捗らなかったのだ。
ほんと、兄さんはちょっと自重してほしい。
残った唯一の心当たりとして、実は試験の日に会ったあの太っちょのマインくんが意外とイベントキャラなんじゃないか、と疑っているのだけれど、いまだに会えていない。
Bクラスとニアミスする機会は多いんだけど、なぜか避けられてるのかなってくらいに遭遇出来ないのだ。
(……まあでも、きっと大丈夫だよね)
まだまだ不透明な部分もあるけれど、ラストダンジョンを見つけたし、クリア方法も見えた。
ちょっとばかりの計算外はあっても、自分が正しい道を進んでいるのだと、今なら胸を張って言える。
これからも、予想外のイベントや、不測の事態は起きるだろう。
でも、
――どんな強大な敵が現れても、僕は全力で原作を守護る!!
それだけの実力を備えたし、今の僕には協力してくれる仲間もいる。
きっと、どんな障害だって乗り越えられるはずだ。
あらためて決意をして、僕はちらりと視線を横に向ける。
教室のガラスに映った金髪の少年は、あいかわらずのとぼけた顔で、僕を応援するように微笑んでいた。
ご愛読ありがとうございました!
ウスバー先生の次話にご期待ください!
これでこの作品も(たぶん)折り返し
次回からはちょっと毛色を変えた話に突入する予定です!
お楽しみに!





