第百十四話 レベルアップ!
――「父の形見をその手に、少女は何を思う」。
剣聖、グレンさんがセイリアに渡した刀には、そんなフレーバーテキストがあった。
グレンさんが実は少女(!?)とかいう訳の分からないトリックでもなければ、普通に考えてこの「父」というのはグレンさんのことで、「少女」というのは娘であるセイリアのこと。
なら、この刀は「グレンさんが死んだあとにセイリアに渡されるはずだったアイテム」と考えるのが自然だろう。
(たぶん、この世界の状況がゲームと変わった場合でも、アイテムの説明文は変わらないんだと思うけど……)
だとしたら、このままこの世界が原作通りに進んだ場合、グレンさんは将来的に死んでしまう、ということになる。
(あのグレンさんが……死ぬ?)
僕はグレンさんが直接戦ったところは見たことはないけれど、そのすさまじく高いレベルと、人間離れした身体能力は知っている。
身近な人間が死ぬという意味でも、あれほど強い人間が死んでしまうという意味でも、とにかく信じがたかった。
(……でも、このゲームはあの「世界一」が作った世界だからなぁ)
老舗ゲーム開発会社〈世界一ファクトリー〉のシナリオは熱くて没入感のある名作が多い反面、平気でシビアな展開をぶち込んでくることで有名だ。
主人公の生まれ故郷はカプ〇ンヘリと同じくらいの確率で焼かれて全滅するし、中盤で主要メンバーが死ぬこともめずらしくない。
また、メインストーリーとは全く関係ないところにダークなネタを入れてくるのも好きで、例えばゲーム序盤、主人公の故郷には、話しかけるとお菓子をくれる優しそうな老婦人がいるのだが、これが終盤のイベントで悪の秘密結社を壊滅させたあとは忽然と姿を消す。
そして、秘密結社で手に入れた鍵でなぜか開けることの出来る彼女の家の中を調べると、双眼鏡と毒入りのお菓子が見つかる、という何とも後味の悪い小ネタがある。
(世界一にしてはめずらしく故郷燃えないなぁ、なんて思ったらアレだもんなぁ)
あの会社のシナリオライター勢は、絶対性格が歪んでいると思う。
ほかにも、作品の中盤で出てくる女モブ敵が、実は第一章の冒頭で主人公たちに殺された悪役の妹だったことがその後の街の人との会話で分かったり、と、本筋と離れたところにしれっとえぐい設定をぶち込んでくることも多いのだ。
(グレンさんが死ぬなんて考えたくもないけど、これに関してはあまり楽観的にならない方がいい、か)
ただ、唯一救いがあるとすれば、もしグレンさんが死ぬとしてもそこに猶予がある可能性は高いということ。
その情報は、刀の性能を見れば分かる。
《ヒノカグツチ(武器):遥か東の国の秘術によって、刃に炎の神霊を封じたとされる名刀。「父の形見をその手に、少女は何を思う」
攻撃力 : 866
装備条件: 刀適性S 火属性適性S》
(やばすぎでしょこの性能!!)
最初はフレーバーテキストにばかり目が行っていたが、攻撃力866とかいう頭のおかしい数値。
どう考えても序盤に手に入るような武器じゃない。
昔武器屋に飾ってあった五十万ゴールドの武器の攻撃力が320だったから、そのぶっ壊れ具合が分かろうというもの。
ただ……。
「その刀、ちょっとだけ試しに持たせてもらっていい?」
「え? あ、うん。いいよ」
セイリアから了承を得て、刀を抜いてちょっと振ってみる。
(……うん! 全然ダメだね!)
装備は条件を満たさなければ、攻撃力0としてみなされる。
刀の適性はDしかなく、火の魔法に至っては適性Eな僕にこの武器が扱えるはずもなく、ぶっ壊れ武器のはずのヒノカグツチは、僕が振るうとただの鉄の棒となり果てていた。
……まあ、これは予測の範囲内だ。
問題は、これから。
「セイリアも、試しに振ってみたらどうかな?」
「え? うーん、ボクなんかに扱えるとも思えないけど」
そう言いながら、セイリアは僕から受け取ったヒノカグツチを鞘から抜き放った。
その瞬間、
「わっ!?」
今まで鈍色をしていた刀身が赤く染まり、ゴオッと音を立てて炎が噴き出す。
「び、びっくりしたぁ!」
なんて本人は呑気に驚いているけれど、これで確定だ。
(――この刀、実質的なセイリア専用装備だ!!)
主人公である僕だって、S適性なのは光属性だけ。
ましてやそのS適性が二つ、それも刀と火なんてピンポイントなところに持っている人間が、そうそういるとは思えない。
(というかセイリアが火属性のS適性持ちだなんて、初めて知ったんだけど!?)
本人が魔法の訓練をあまりやっていないから、全く気付かなかった。
これが〈ファイブスター〉の実力か、と戦慄させられるけれど、それは今は置いておこう。
この装備は明らかに「セイリアにだけ」使えるように調整されたイベント入手アイテム。
だとすると、やっぱりグレンさんが死ぬ可能性は高くなってくる。
(この刀の性能からして、入手イベントはもっとあとになるだろうけど……)
仮にこの刀が手に入るのがゲーム後半だったとしても、グレンさんがそれより前に死ぬ可能性は消しきれない。
例えばゲーム序盤でグレンさんが消息を絶って、その場所にゲーム終盤に訪れてこの刀を拾う、みたいな展開だって十分にありえる。
(強く、ならないと……!)
正直なところ、グレンさんが死ぬ運命を許容しても原作を守護るべきなのか、原作を壊してでも人の命を救うべきなのか、まだ判断はつかない。
けれど、どちらを選ぶにせよ、後悔しない選択をするためには今以上の強さが必要だ。
そして、強くなるためには……。
(――レベルを、上げなきゃ!)
入学前は、原作アルマくんの初期レベルから外れすぎないようにと、あえてレベル上げは制限していた。
けれど、周りのレベルが僕の想像以上に高いと知った今、もうそんな遠慮は必要ない。
これからしばらくは学校行事もないからある程度好きに時間を使えるし、風の上級精霊であるティータと契約したことで、成長率の問題もクリア出来ている。
もはや、僕のレベル上げを制限するものは何もない!
(……よし!)
次の学校行事の準備期間まで、約一ヶ月。
その間は……。
(――ダンジョンにこもって、レベル上げ三昧だ!!)
レベル上げ、開始!!





