第百十二話 新しい日々
――大会のあの日から、僕の生活は大きく変わった。
大会ではあからさまにバレたらやばい技、第十五刀技の〈絶禍の太刀〉を隠して勝ったことで、原作から逸脱することを防げたと思っていた。
しかし、その見通しはいささか甘かったのだ。
呆れた様子のトリシャいわく、
「いや、そりゃそうでしょ。新入生で第十三階位の魔法が使えるってだけでおかしいのに、未知の武器の技を、それも第十一武技まで使えるってなったら、そんなの注目するなって方が難しいわよ」
……そう。
僕に抜けていた視点は、僕が剣士ではなく魔法使いとしてすでに有名になっていた点。
この世界の人間は、MP管理の関係上、武器と魔法を両方極めようとする人間は少ないらしい。
なのに僕は、魔法にも剣にも熟達していることが学院の人たちにバレてしまった。
このせいで、僕の注目度は跳ね上がってしまったらしい。
(――そうか! だから兄さんは武術大会には出なかったのか!)
流石は頭脳派な兄さん。
自分の危機管理もばっちりだ。
「やー、絶対そういうことじゃないと思うし、魔法のことがなくても、どっちみち〈折れた刀〉で〈絶影〉とかいう訳分かんない技使ってた時点でもう手遅れだったと思うけど」
というトリシャの言葉を聞き流しながら、それでも成果はあったと自分を納得させる。
(とにかく優勝トロフィーは手に入れられたんだ。今はそれでよしとするしかない)
シギルが出てきたとなると、当初の計画通りにセイリアに任せてたんじゃトロフィーは取り逃がしてたはず。
――原作を守護るのは大事なことだけれど、それは手段であって目的じゃない。
僕が原作を守護るのは、魔王を倒して世界の滅亡を回避するため。
極力原作は守護るべきだけれど、最終的に魔王を倒せるのであれば、過程が多少原作と違ってしまってもいいんだ。
……とは、言ったものの、
「君が噂のレオハルトくんだね! 君、剣術部に興味はないかね!」
「アルマくん! わたし、アルマくんの部活に入りたいんだ! 入れてくれないかな?」
「レオ様! 今週末に我が家でパーティを開く予定がありますの。よろしければ……」
「レオ! 魔法が使いたくて手の震えが止まらない。午前中の座学サボっていい?」
あれ以来僕は大人気で、廊下を歩くだけで人が寄ってくる始末。
こんなもの一過性のものだとは思うけれど、特に僕への部活勧誘や、逆に僕の部活への入部希望があとを絶たない。
いや、最後のだけなんか違うけれど、とにかく学校生活に支障が出るレベルで様々なお誘いが来るのだ。
「ご、ごめん! 急いでるから!」
トリシャからも忠告されているが、下手な言質を取られると困ったことになる。
僕はそう言って、自分のクラスに逃げ込むしかなかった。
救いなのは、クラスに行けば勧誘がピタリと止まること。
何しろ一年Aクラスには、皇女様がいる。
流石に自国の皇族が見ている前で、強引な勧誘をするつもりはないのか、一年Aクラスだけが僕の聖域なのだ。
――ただ、変わったことは、このクラスの中にもあった。
「レオ、レオ! 早く、早く!」
「わ、分かった。分かったから……」
今日の授業が全て終わったあと。
逝っちゃった目で僕を急かすのは、ご存知〈ファイブスターズ〉の一角、〈ファーリ・レヴァンティン〉だ。
とは言っても、彼女がシギルのようにやばい薬をやっている訳じゃない。
単に「部室の中でしか指輪による魔法を使わない」という約束をしているため、授業が終わるとすぐに部室に行こうと急かすのだ。
(その割には、絶対僕を置いていかないんだよね)
律儀というのか、それともそこまで気が回ってないだけか。
とにかくそこがファーリのおかしなところでもあり、可愛いところでもある。
「――は・や・く! ぶ・か・つ! ぶ・か・つ!」
いや、なんだか聞き覚えのある煽りをし始めた辺り、案外余裕があるのかもしれない。
それから……。
「――そうだよ、アルマくん。タローが待ってるんだから、早く行かなきゃ!」
これが、もう一つの変化。
僕らのメンバーに、新しくセイリアが加わったのだ。
いや、大会中はずっと行動を共にしていたので「加わった」というのもちょっと違うけれど、大会が終わって終わりになるかと思われた僕らの関係を、セイリアの方から続けたいと願い出てきたのだ。
最初はリトルボマーでの熟練度上げに対してあんなに懐疑的だったセイリアも、今ではすっかりボマートレーニングの虜だ。
今では長い間ボム太郎を殴らないと、どうにも心が落ち着かないのだとか。
(ファーリといいセイリアといい、僕の近くには訓練中毒者が多すぎない?)
熟練度上げの楽しさは僕にだって分かるけど、そうは言っても度が過ぎていると思う。
「レオ!」
「アルマくん!」
サラウンドで二人から迫られながら、僕は思わず視線を外へ逃がす。
(これ、原作通りの展開なのかなぁ? そうだといいなぁ……)
いまだにミリしらな原作に向かって、そんな祈りを捧げながら。
……あ、ちなみにレミナとトリシャは巻き込まれるのが嫌なのか、授業が終わるとさっさと部活に行ってしまっている。
正直僕も、そっちに混ざりたかったよ。
※ ※ ※
セイリアとファーリ、三人並んで一緒に部活に向かう。
「早くタローに会いたいなぁ」
「ブリーズ、ブリーズ、ブリーズ(素振り)」
……うん。
一応両手に花のはずなのに、ちっとも嬉しくないのはなんでだろう。
ま、まあこのメンツにもメリットはあって、流石にこの三人で固まっていると勧誘なんかも下手に手が出せないのか、部活までの道中で誰かに呼び止められることはほとんどない。
はず、だったんだけれど。
「――よぉ」
今日は、例外が、それも、とんでもない例外が発生したみたいだった。
「と、父様!?」
校舎から道場へと向かう道に、なぜか当たり前のように我が国が誇る剣聖が待ち構えていた。
ふたたびの剣聖!





