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カーネリアンの手紙

これで最終話になります。

 旦那様、お久しぶりでございます。


 最近はお身体の具合はいかがでしょうか。


 体調を崩されたと聞いて心配しておりましたが、その後だいぶ回復されたとのこと、安心いたしました。


 旦那様の看病にいければよかったのですが、お嬢様一人おいていくことが出来ず、申し訳ありませんでした。


 そう、あれからもう五年も経つのですね。


 フローライトのお屋敷から、ヘリオドール侯爵家に移ってもう五年。

 

 お嬢様はもう二十歳の立派な淑女になられました。


 少なくとも外見だけは。


 …………そうですね、これまでの振り返りなど、ここでさせていただければと思います。旦那様、長い手紙になってしまうかとは思いますが、病後の養生で退屈していらっしゃるかと思いますので、その上での暇つぶしということでお付き合いご了承ください。


 五年前、まだ私は十歳でございました。


 旦那様よりフローライト家没落のお話を伺った時は、お嬢様を守らなければ、と強く思ったものです。


 何せ、お嬢様ときたら、五つも年下の私より、よほど頼りないお方でいらしたから。


 いいえ、勘違いなさらないでください。


 私はとてもお嬢様をお慕いしております。


 この気持ちに嘘偽りは決してございません。


 ただお嬢様のすべてを盲目的に敬愛していても、お嬢様のすべてを盲目的に容認しているわけではないというだけなのです。


 まあそれはともあれ、初めてヘリオドール侯爵家に来た時はその屋敷の壮麗さに驚きを隠せませんでした。そこにいらした面々にも。


 お嬢様と同じ年の腹が黒く染まっている執事の少年、私と同じ年の躾けそこなったようなクソガ……侯爵様、そしてどこか旦那様を彷彿とさせるようなラリマー様。


 いえ、ラリマー様とは外見はこれっぽっちも似通っているところはありません。その雰囲気、というか、内面というかが、ですね。


 そう言えば、ラリマー様と旦那様は同い年の友人でいらっしゃったとか。まさに類は友を呼ぶ、いえいえ、余計なことを申しました。


 それはともかく、最初はお嬢様を軽んじてらっしゃったご様子のジェット様が、お嬢様を一目見るなり恋に堕ちてしまわれたのは痛快、……当然の経緯かと思われます。


 私ももし男子であれば、お嬢様に身分違いな想いを抱いてしまったに違いありませんもの。


 それはともかく、最初に傲慢かましてたのはジェット様の失態でいらっしゃいました。


 それでジェット様に苦手意識を抱いてしまったお嬢様とジェット様の攻防は、傍で見ていて非常にまだるっこしい……、いえもどかしい思いを致しました。


 しかしジェット様の頑張りには感嘆する思いです。


 初めのうちは、そのお声を聞くだけで気を失っていたお嬢様に対し、次は顔を見るまで、次は話かけられるまで、次は、と少しずつ慣れさせていた努力。


 そして今では普通に会話を出来るようにまで進展致しました。


 事あるごとに、「俺はどうすればいいんだ、カーネリアン」、「次は何をすればいいんだ、カーネリアン」と詰め寄られるうざったさに耐えたかいもあるというものです。「ちったあ自分で考えろよ」と突き放したことも、今ではいい思い出でございます。


 お嬢様、ユークレース様も今ではだいぶコミュ障の患いが軽くなられたように思われます。


 何せ、初対面の方と躓かずに挨拶の言葉が交わせるようになったのですから。


 もう私はこれ以上の高望みは致しません。


 これで十分でございます。


 というより、もうこれ以上に引き上げる気力は残ってはおりません。


 そう、そうなるまでの特訓の時間は、鬼のようでございました……。


 しかし、これで侯爵夫人として恥ずかしくはないところにまではして差し上げられたのではないかと、私は秘かに自負しているのです。


 そんなこんなで五年間、あっというまではありましたが、もうすぐユークレース様は正式にジェット様と婚姻なさいます。


 盛大な式の手配も進めているところでございます。


 どうなることかと思いましたが、無事結婚していただくことが出来ると、私は安堵しております。


 旦那様もその際にはこちらにお越し頂けるということで、お顔を見られるのを楽しみにしております。

 

 本当に、楽しみでございます。


 ただ一点を除いては。


 ……何故、私もお嬢様と一緒に結婚することになったのでしょうか。


 いえ、もちろんわかってはおります。


 おりますが、納得しかねます。


 そう、相手はあの腹黒執事こと、ジルコン様です。


 ……何て申し上げればいいんでしょう。


 最初にジルコン様より将来の約束を、と申し出があったのは五年前のことです。


 そう、ジルコン様十五歳、私が十歳の時。


 とっさに私は申し上げました。


 ロリコンは滅べ、と。


 しかし、ジルコン様は。


 大人になっても将来にわたって君を大事にするからロリコンには当たらない、だの。


 他の者には感じたことのない想いがあふれ出る、だの。


 夫婦でヘリオドール家に仕えるのは素晴らしいと思わないか、だの。


 結婚しても私の行動の自由は保障する、だの。


 私の幼女とは思えない思考回路に、女子とは思えない頭の回転の良さ、他者を切り捨てるような辛辣な口調に、見た相手を凍りつかせるような凍てついた視線、主を主とは思わないような切り回しに、相手を見る時に時折混じる汚物を見るような侮蔑が混じったような瞳が素敵だ、だの。


 気持ち悪いんです。


 だけれども、何を言っても何をしてもジルコン様は諦めることはなく、私に求婚し続けてきました。


 それはやがてお嬢様の耳にも入ることになり。


 そうです、旦那様。ご想像の通りだと思います。


 お嬢様とジェット様、私とジルコン様。


 男女の逆はありますが、年齢差が一緒なのです。


 したがって、結婚可能になる時期も。


 お嬢様がジェット様との婚姻を前向きに考えられるようになってから、ついでのように巻き込まれました。


 今お嬢様は嬉々としてご自身と私の結婚の衣装を作成しております。


 お揃いにするのだとかで、無駄に張り切っておられるのです。


 ジェット様もお嬢様が望まれるのであればと合同結婚式をすると。


 侯爵家当主の結婚とその親族とは言え一使用人の結婚式を一緒にされるなんて正気の沙汰とは思えません。


 そんなこんなでいつの間にか、結婚させられる状況になっておりました。


 一度も合意した覚えはないのに、何故。


 さすがに私でも、ここからひっくりかえすのは無理です。


 逃亡すれば可能かもしれませんが、お嬢様は置いてはいけません。


 私は、ユークレースお嬢様の侍女なのですから。

 

 ジルコン様も、これで逃れようがないよねと腹黒全開の微笑みを向けてこられます。


 ……くそったれ。


 あの腹黒、地獄に堕ちればいいのに。


 ああ、申し訳ございません。


 つい本音が。


 そういう訳で旦那様、こちらの近況としては以上でございます。


 では、今回はこの辺で。


 またお目にかかれる日を楽しみにしております。




                ユークレース様の侍女・カーネリアンより。








 



どうもありがとうございました。

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