アルレオン2日目
――早朝・アルレオン郊外・農道――
ここはアルレオン要塞の外に広がる森の中。
木々の隙間からは暖かな朝光が差し込み、
鳥たちの活き活きとしたさえずりが聞こえてくる。
そこへ、
フ~~ン♪ラ~ラ~~♪ハンハハ~~ン♪
鳥たちの美しいアンサンブルを台無しにする、
男の陽気な歌声が森に響く。
歌声の持ち主は、小太りな中年の男だった。
男はロバに引かせた荷車に乗り、
陽気な歌を口ずさんでいる。
男はアルレオンで、
竜料理の屋台を営む料理人。
この日は早朝から、
アルレオン近くにある小さな村へ、
食材を仕入れに行き、
今はその帰り道だった。
男が森の中へ入るにつれ、
段々とあたりは薄暗くなっていった。
そんな男の行く先に、
フードを被った小柄な人影が、
ポツンと立っていた。
男は「盗賊団の罠だろうか?」と不審に思うが、
この辺りでは、何年もそのような物騒な噂は聞いたことがなく、
アルレオンへ戻るには、
森を突っ切るのが一番の近道なので、
男は引き返すことなくそのまま進んだ。
男が小柄な人物の脇を通りかかると、
その人物が男に声をかけてきた。
「あの…すみません…。」
女の声だった。
男はか細い女の声を聞き、
恐怖心以上の下心が働き、
ロバを止めた。
「いったいどうしたんだい、こんなところで。」
男はつとめて明るく女に答えた。
女は、
「アルレオンへ…行きたいのですが…。」
男に告げた。
「アルレオン!?
それなら、ちょうど戻るところだ。
だったら乗っていきな、
座り心地はあんまり良くねえがよ。」
「…ありがとうございます。」
女は小さな声で礼を言った。
「いいってことよ。」
男はいいところを見せようと、
強がってみせる。
女が荷台に腰を掛けると、
男はロバに軽くムチを入れ、
再出発した。
「お嬢さん、どこから来たんだい?」
男が優しく声をかけたその時だった、
男の首筋に冷たい感触が走った。
次の瞬間、男は荷車から転げ落ちていた。
――アルレオン城門――
朝のアルレオン城門は城外の畑に行く農夫や、
街を出入りする商人、旅人でにぎわっていた。
そんな城門の検問所で、
屋台の主がゲートの通行証を衛兵に見せている。
アルレオン衛兵は、
「おお、親父さんか、
今日の仕入れはどうだった、
一応、荷台検めさせてもらうよ。」
顔なじみなのだろう、
気さくな調子で話しかけてくる。
「…ああ。」
主は不愛想にうなずいた。
「なんだい、えらく暗いじゃねぇか、
仕入れは上手くいかなかったのか。」
衛兵は軽口を叩きながら、
荷台を調べ始める。
「えーと、大量の竜肉に…新鮮な野菜と、
おいおい、なかなかの量だぜ。
なんでそんな浮かない顔してやがんだよ。」
衛兵は言いながら、
主の側に身体を寄せる。
「それと…、あの手紙の返事なんだが、
村で受け取ってきてくれたかい?」
「……。」
主は無言のまま衛兵から視線を外し、
上着やズボンを探った。
「なぁ、もったいつけないで、
早くしてくれよ。」
衛兵は主を急かす。
急かされた主は、
急に衛兵へ向かって微笑んだ。
そしてゆっくりと顔を衛兵に近づけ、
小さな声で衛兵に向かって、
何かをつぶやく。
すると、とたんに衛兵は態度を変え、
「…通って良し。」
話を切り上げ、抑揚のない声で通行の許可を出した。
主は許可を出されると、
表情を一切変えることなく、
要塞都市アルレオンへ入っていった。
――朝・登校途中――
アルレオン軍学校2日目。
朝、雲の多い空の下、
寄宿舎から学校へ続く通学路には、
多くの学生たちの姿があった。
その中に、オレとリゼルもいる。
<タツヤのバカ!!
なんで乗らなかったの!!>
オレが昨日のことをリゼルに話した途端、
いきなりこれだ。
(だから…、言いたくなかった…。)
<言いたくなかった…、
じゃないよ!!
このままじゃ死刑なんだよ!!
実力を示すせっかくのチャンスだったのに!!>
オレがウソの腹痛で実機授業を休んだことが、
リゼルにはもの凄く不満のようだ。
(…反省…してます。)
オレは、リゼルがいない状況での操縦に、
不安があったこと、
王都での最終試験のような失敗が出来ないことを、
イメージでリゼルに伝えた。
<失敗できないのはわかるけどさ、
僕たちには時間ないんだから、
次はガンバってよ!!>
(う…、うん。)
オレはとりあえず返事をした。
<ところでタツヤ、
今日はさ、どんな訓練するのかな?>
(…う~…ん…。)
<そうだ!!訓練で使った機体の事、
まだ詳しく聞いてなかったけど、
どんな機体だったか憶えてる?>
(…え~…と…。)
<あ!もしかして訓練の内容次第で、
機体を変えたりするのかな。
それとさ、ライデンシャフトを、
整備してるところも見てみたいなー。>
(………………。)
今日の授業でも、
ライデンシャフトが見られるんじゃないかと、
興奮したリゼルは、
オレにあれやこれやと話しかけてくる。
昨夜の一件のせいで、
一睡も出来なかったオレの頭には、
途中からリゼルの話が全く入ってこなくなった。
(……あ…あぁ…。)
<ちょっとタツヤ!!
人の話聞いてる!?>
(…………!!
も、もちろん、
聞いて……るよ…。)
<ウソだ!!!
も~!!寮を出る前からずーっと、眠いんでしょ!!>
(…やっぱ、…わかる?)
<わかるよ!
ず―――っと、
”眠い眠い眠い”って、
心の声が僕のところへ届いてるもん。>
(ははは…、そっか…。
ホントはさ、
今日は一日中、
寮でゴロゴロしてたいんだよな~。)
<…はぁ…、またそれだ…。>
リゼルはオレの意識の中で大きなため息をつく。
オレはその後も半分眠りながら、
フラフラ歩いた。
すると、
ヒヒ―――――ン!!
「っわ――――!!!」
スゴイ勢いで駆けてきた馬とぶつかりそうになり、
派手に尻餅をつく。
「君!!
ちゃんと前を見て歩きなさい!!
危ないぞ!!」
オレが顔を上げると、
制服姿の軍人が馬上からオレを見下ろしている。
「せいっ!!」
軍人はオレに注意をすると、
すぐさま馬に気合を入れて、
猛スピードで駆けだした。
その光景を、
たまたま後ろを歩いていたクラヴィッツ兄弟に見られてしまう。
双子の兄デュロイが、
「おい新入り、
その目じゃ、うまく距離をつかめないんだろ。
さっさとパイロットはあきらめて、
整備科にでも転科するんだな。」
オレをけなす。
「ほっとけよ兄貴。
相手にするだけ時間の無駄だぜ。」
弟トロイは相変わらずの冷たさだ。
二人はオレをバカにして、
先へ行ってしまう。
「あいててて。」
<タツヤ…大丈夫!?>
リゼルがオレを心配してくれる。
(あ、ああ…、だいじょう…ぶ。)
オレはよろめきながら立ち上がった。
<あーあ…、
ぜーんぜん大丈夫な感じがしないんだけど。>
(え…。)
<あのさ、眠いのはよーくわかったけど、
なんでそんなに眠いの?
もしかして寝てないの?>
(…実はそれがさ。)
オレは深夜の一件をリゼルに説明した。
<ねぇ、それって、ちゃんとデイニーに確かめたの?>
(…いや、デイニーは…、
オレに”おはよう”とだけ言って、
さっさと先に…行っちゃった。)
<ちゃんと聞いてみたほうがいいと思うけどな。>
(そ、そんな簡単に言うなよ、
こんなの、どうやって聞けばいいんだよ。
「あのさデイニー、深夜に窓から部屋へ入ってきた?」
「目が光ってたけど、あれは何で?」
って聞けばいいのか。)
<そ、それは…。>
珍しくリゼルが答えに詰まった。
オレの軍学校2日目は、
散々な始まり方だった。




