寮に戻って・・・
――――夜・王都南東部・ファオ港湾地区・屋台街――――――
夜の王都南東部・ファオ港湾地区・屋台街に、
王国軍准将・マズロー・シャゴールの姿があった。
王都南東、メットシエラ湖に面した
ファオ港湾地区は、
夜になると、屋台、出店が立ち並び、
あたりは、仕事終わりの職人、
船乗りであふれた。
そんな喧騒の夜の街に、
マズローは労働者風の姿で現れた。
マズローは小汚い屋台の前で足を止め、
店の中年主人に注文をする。
「おやじ、エールとブラッドソーセージ。」
「あいよ、エールに、ブラッドソーセージ。」
店のオヤジは慣れた手つきで、
金属のカップにエールを注ぎ、
鉄板の上のソーセージを紙に包んでマズローへ渡す。
「お兄さん、景気はどうだい?」
「まぁ、良くも悪くも…、変わらずってとこですか。」
マズローは当たり障りのない返答をし、
代金と一緒に一枚のメモを手渡した。
「そうかいそうかい、まいどあり。」
マズローは夜の湖を眺めながら、
ソーセージにかぶりつき、
エールで一気に喉の奥へ流し込んだ。
マズローの手渡したメモには、
演習林襲撃事件や、
王国中央軍の人事異動、
隻眼の少年リゼル・ティターニアについての情報などが、
特殊な暗号を用いて記されていた。
――――夜・オルレアン街外れの森の近く――――
ミルファによる取り調べを終え、
オレたちは、寮へ帰る途中だった。
寮への帰り道は
無茶苦茶なミルファ運転の魔導モービルではなく、
この世界では普通の移動ツール・馬車で送ってもらう。
(はぁ…よかった…、
また”あれ”に乗らなくて済んで…。)
オレがホッとしていると、
<ねぇタツヤ、”あれ”って何?>
リゼルがオレにたずねてきた。
(えーと…”あれ”ってのは、
車、自動車だよ、
屋敷に来るときさ、
こっちの世界の車に乗ったんだ。)
<いいなー!!!
魔導モービルに乗ったの!!>
(ま…、まぁね、乗るには乗ったけど、
ただ死ぬかと思った…。)
<死ぬだなんて、
タツヤ大げさだなぁ!
タツヤはライデンシャフトに乗って、
帝国軍と戦ったんだよ。>
(いやいやいや、あれは別物だって!!絶対!!
…というか、ミルファの運転がとにかくひどかった。)
オレたちは馬車の中でそんなことを話しながら、
今日一日の出来事を振り返った。
宿舎へ向かう馬車は、途中森のそばを通る。
オ”オ”ォォ――――ン!!!
夜の森から、不気味な獣の咆哮が響く。
<わぁっ!!>
「うわっ…、何の鳴き声だ?」
「今の鳴き声かい?」
そう言ってオレたちに説明してくれたのは、
馬車に一緒に乗りこんだ護衛のおじさんだった。
「このところ夜になると、
ここら周辺の森に、
正体不明の獣が出没するらしい。
君も日が落ちたら、
このあたりの森には近づかない方がいい。」
護衛のおじさんはオレたちに忠告をしてくれる。
(リゼル!!
わ、わかってると思うけど、
オレは”絶対”森には近づかないからな。)
<タツヤ、どうしたの?>
(どうしたの?じゃない!!
この流れだと絶対森にいくことになるだろ!!!)
<す…すごい被害妄想。>
(今でさえ、十分大変な状況なんだから、
これ以上の面倒事はゴメンだから!!
ゴメンだから!!!)
リゼルにだけ届く、オレの心の叫びだった。
―――オルレアン・パイロット候補生男子寮―――
寮に戻ると、入口で寮長が待ち構えていた。
夜八時の門限は過ぎ、
真夜中になってしまっていた。
護衛のおじさんがモンザローム老人へ、
事情を説明してくれる。
オレたちは、なんとか叱られることなく部屋に戻る。
戻った部屋にデイニーの姿がなかった。
とっくに門限の時刻は過ぎている。
どこか別の部屋にでも行っているのだろうか。
(ま、あんまり細かいことを気にしてもしょうがないか。)
オレはシャワーを浴び先に眠ることにした。
――真夜中。
ガタン…ガタガタ…ガタ
窓の外から微かな物音がして、
オレは目を覚ました。
ギィ…
ゆっくり窓が開く音がする。
(ここ…4階だよな…)
オレは恐怖で体が固まる。
ガサ…ハァ…ガサガサ…
窓から、何かが入ってくる。
ハァ…ハァ…
侵入してきたモノの乱れた息づかいだけが、
かすかに部屋に響く。
(……や…やべえ…。)
オレは勇気を振りしぼり、
出来る限り体を動かさないように気を付けながら、
顔だけを”そいつ”に向ける。
窓から現れた”そいつ”は、
暗くてはっきりと見えなかった。
しかし、その瞳だけが、
はっきりと怪しく不気味に光っていた。




