医務室からの帰り道
教官からライデンシャフトへの搭乗を命じられた
リゼル・ティターニア(ヒビノタツヤ)は、仮病を使い医務室で寝ていた。
――アルレオン軍学校・医務室――
「おい、ティターニア!」
急に自分の名前を呼ばれ、
オレは目を覚ました。
(はっ!!
…すっかり、寝てしまった。)
窓越しに見える空は、
鮮やかな茜色に変わっていた。
「ほら、着替え。」
声の主はイケメンパイロット候補生の、
デイニー・バッケンハイムだ。
デイニーはオレの着替えをベッドの上に置く。
「わ、わざわざありがとう。」
オレは礼を言い、すぐに制服に着替えた。
「ティターニア、お前さ、
寮の場所知らないだろ。
だから、教官が一緒に帰ってやれってさ。」
「た、助かるよ。」
(はぁ、よかった~、また迷子になるとこだ。
…あの鬼教官、意外と優しいところもあるんだな。)
オレは着替えを済ませると、
医務官に挨拶をして、校舎を出た。
オレはデイニーについて校外を歩く。
「………」
「………」
(オレがはら痛で授業休んだこと、
デイニーは軽蔑してるかな…。)
オレはチラチラとデイニーの顔色をうかがう。
「………」
「………」
お互い無言のまま進む。
(よくは思わないだろうな…。)
「………」
「………」
(はぁ、まただ。
こういう時って、何を話せばいいんだろ…、
リゼルは勝手にしゃべってくれるから、
苦労しないんだけど。)
「………」
「………」
(学校生活のアドバイスでも聞いてみようか…、
いや、まずはきちんと自己紹介をするのが先だろ、
ん!?ちょっと待てよ、
話し始めたら、色々と聞かれそうだな…、
答えられないこともあるし…、
ここはあえて話さないでいたほうが無難かも…。)
「………」
「………」
(無理に話かけて嫌われちゃうのもなんだしな…、
黙ってついて行くか。)
「おい、ティターニア。」
「!?」
(うわ!!逆に話しかけられた、
も、もしかして、オレの態度おかしかった!?)
「キレイな夕日だな。」
「え…?」
「夕日だよ、夕日、夕焼け!
ほら、雲の感じとかいい具合でさ、すっげーキレイじゃん。」
デイニーは夕日を見つめる。
(な、なんだよいきなり夕日って…。)
デイニーはまだ夕焼けに見入っている。
(ふーん、そんなにキレイなもんかね。)
オレはしっかり顔を上げて、夕日を眺めてみる。
「うわあ……!!」
オレは、ただ太陽が沈むという自然現象に心を奪われた。
(き、きれい…じゃん。)
オレたちの前に神秘的な夕焼けが広がっている。
(ちっくしょう!!なんて夕日だよ!!)
オレは自然のあまりの美しさに涙ぐんだ。
(ヤ、ヤバい、この夕日見続けたらホントに泣いちまう。)
オレはあわててデイニーに話しかけた。
「あ、あのさ、
オレのはら痛のこと、レリウス教官は何か言ってた?」
「いや、別に。
あ、ただ、デュロイが無茶苦茶言ってたな。」
「無茶苦茶…?」
(デュロイって…、
確か、食堂でからんできた、
双子の片割れだ。)
「『はら痛で逃げ出すような奴、
パイロットになる資格なしだ!!』、
『次の模擬戦で徹底的に叩き潰す!!』
だとさ。」
(くっそー、偉そうに言ってるさまが目に浮かぶ。)
「ははっ、気にすんなよ。」
(う…、10代にバカにされ、
さらに慰められる…オレ。)
オレは複雑な気分のまま、
デイニーと会話を続ける。
「そ、そうだ、学校生活で何か気をつけることとか、
アドバイスってある?」
「学校生活…か、
うーん、特に考えたことないなぁ、
とにかくいい成績を残してパイロットになる。
学校生活なんて、すべてそのためだろ。」
(うお、超ストイック。)
「そ、そうなんだ、
じゃあ友達とかは…。」
「友達ね…、
別に、俺は友達を作りに、
アルレオンへ来たわけじゃないぜ。」
デイニーはぶっきらぼうに答えた。
(そ、そうだった…、
友達作りしてる場合じゃないんだった、
少しでも早く、
パイロットにならなきゃいけないんだ。
………だけど、
せっかく学園生活やり直すんだから、
友達…欲しいかも。)
「他の奴らだって、みんな自分のことで、
いっぱいいっぱいだぜ。
何年も一緒にいて、ろくに口聞いたことない奴だっているし。
あ、クラヴィッツ兄弟や級長達は特別な、
あいつらだけ、いっつもああやってつるんでる。」
話すデイニーの表情は険しい。
「そ、そうなんだ。
ごめん、それなのに面倒かけちゃって。」
「気にすんなよ、
ティターニア見てると、
故郷にいる弟や妹のことを思い出しちまって、
ほっとけなかったんだ。」
険しい顔のデイニーが表情を崩した。
「弟…妹…」
「ああ、あいつらの為にも
”がんばんなきゃ”って、
ここに来た時の気持ちを、
再確認させてもらったぜ。」
「あいつらのため…、
あの、デイニーはなんでパイロットになろうと思ったの?」
「なんで!?
そりゃ、パイロットになりゃ、
苦しい生活から抜け出せるからに決まってるだろ。
お前は違うのか?」
デイニーは驚いた表情でオレを見る。
「ぼ、僕!?、
僕は…、
ライデンシャフトに乗ってみたくて。」
(まぁ、これはリゼルの理由だけど…。)
「お前…、ホントにそれが目的なのか。」
(実は、死刑を免れるためにパイロットを目指してます。
こんな理由、いきなり話せるわけないよ…。)
「う、うん。」
オレは適当に答えたことで、
多少のうしろめたさを感じる
「へぇー…。」
デイニーはオレの答えに納得がいかない様子だ。
「や、やっぱり、変かな。」
「変か、どうかはわからないけど、
正直、驚いた。
ここアルレオンは奨学金目当ての、
俺みたいな奴らばっかりだと思ってたから。」
「そ、そうなんだ。」
(はぁ、なんとか切り抜けられたか。)
「ああ、金持ちや貴族のご子息は、
まずここには来ないからな。
そういうヤツらはみんな、
王都にある軍士官養成学校に行くからな。」
「………。」
(そうなんだ、
あはは、あらためてこの異世界、
知らないことばっかりだ。)
「あ、あのさ、すごく基本的な質問なんだけど、
パイロットって、そんなに待遇いいの?」
「た、待遇って…。」
デイニーはオレの質問に呆れている。
「賃金は一般兵士の3倍だぜ、3倍!
それに、戦功をあげれば、
平民の俺たちでも騎士になるチャンスがあるんだ、
必死になって当然だろ。」
「そ、そうだよね…。」
オレはなんとか話を合わせる。
「オレの家、小作農やってて貧しいんだ。
おやじもおふくろも朝から晩まで必死に働いて、
それでも満足に飯が食えない。
弟も妹もいっつもひもじい思いをして…。
だからオレはパイロットになるためにとにかく勉強して、
身体を鍛えて、ここへ来たんだ。
絶対にチャンスは逃さねえ。」
(そ、そうだよな、
みんなそれぞれパイロットを
目指す理由があるんだ。)
「つもりだったんだけど、
ここのところ成績が…。」
デイニーは急に弱気になった。
「あ……え…。」
オレはなんて返していいかわからなかった。
「だけどな、手加減はなしだぜ。
お前はお前でパイロットになりたいんだろ。」
「う、うん。」
「オレはまず落第しないよう、頑張らなきゃな。」
「落第!?」
(そういや、授業の前に、
成績が悪いと落第するって教官が言ってたっけ。)
「マジでやばいんだ…。」
「と、とにかく頑張ろうよ。」
オレはなんとかデイニーをはげます。
「そうだな。
いやー、こんなに話をしたのは、
入学してから初めてだ。」
(へー、すっげーイケメンなのに、
意外だな、悔しいけどモテそうだし。)
「デ、デイニー、あらためてよろしく。」
「ああ、よろしくな。」
「一緒にパイロットになろう!」
オレは勢い余って余計なことを言う。
「お前…、ホントに何も知らないんだな。」
デイニーはまた呆れている。
「え……、ごめん。」
(オレなんか悪い事言っちゃったかな…。)
「いや、いいんだ気にするなよ。
そのぐらい怖いもの知らずじゃないと、
パイロットにはなれねえかもな。」
「ど、どういうこと?」
「ここ数年、パイロット配属は、
このアルレオンからでさえ年間4、5人。
超狭き門だ、言うほど簡単じゃないってことさ。」
「4、5人…、
そんなに少ないんだ。」
(くっそー、あのヒゲのおっさん、
難しい難しいって、
ホントに難しいじゃないか!!)
「ここ何年も、大きな戦闘がないから、
パイロットの欠員が少ないんだ。」
「あ、あのさ、昇格試験を待たずに、
パイロットに採用されることはないの?
飛び級的なやつ。」
「そんなの、大きな戦闘がいくつも続いた昔の話だぜ。」
(絶対許さねーヒゲのおやじ!!
次会ったら文句言ってやる!!!)
――捕捉・フィレリア王国徴兵制――
フィレリア王国の徴兵制、兵役義務。
王国憲章により、
王国民・新成人の義務と定められている。
年齢は、地区、地方によって成人扱いとなる年齢が異なるため、
16~20歳とバラバラである。
兵役期間・男子5年(その間前線勤務3年)
女子3年(主に後方支援)
(女子の前線勤務は志願制をとる。
その中でも特殊能力を有する者
格闘戦 狙撃 極地サバイバル術 等
限られたモノだけが配属される。)
パイロット任務は10~15年。
任務終了時に戦功が認められれば爵位(騎士号)
が与えられることもある。
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