サンダース、シャペル村へ
――レイクロッサ基地近郊・シャペル村――
「ふむ、このあたりか…。」
フィレリア王国軍・中将サンダース・ヒルは、
その日の早朝、王都王国軍中央基地から、
自分の専用ライデンシャフト”サーベラス”を使い、
王国東部・レイクロッサ基地へ飛んだ。
そして、基地へ到着すると、
そこで馬に乗り変え、
目的地のシャペル村へ向かった。
シャペル村は周りを低い山々に囲まれた、
小さな集落だった。
サンダースが馬上からあたりを見回すと、
所々に先日の戦闘による被害が残っている。
サンダースは馬を進ませながら、村人を探した。
すると、畑で作業をする村人を発見する。
サンダースは息を吸い込み、
「そちらの御仁!!お尋ね申す!!!」
村人へ大声で話しかけた。
作業中の村人はその大声を聞き、
「ずいぶんとまた威勢のいい声じゃ。」
ゆっくりと顔を上げた。
「こ、これは…」
村人は声の主の顔を見て驚いた。
それはサンダースも同様だった。
「オ…オムル・ティターニア…殿か…。」
「サ…サンダース…、
あの不死身のサンダース・ヒルか…。」
現在のサンダースの姿を見て感動するオムル。
数十年ぶりの再会だった。
――王都・王宮内・サラリンド寝室――
陽が高くなりかけた王都・王宮
執務を始める時刻は、
とうに過ぎていた。
しかし、フィレリア王国女宰相サラリンド・フィレリアは、
いまだベッドの中にいた。
この日、サラリンドはなかなかベッドから起き上がれずにいた。
これからの王政を考えると、気が重かったのだ。
王国軍、いや王国内と言っても言い過ぎではない、
彼女にとって一番の理解者が王都を去った。
今の王都に、サラが心を許せる者はいなかった。
元々、サラは宰相に就任した当初から、
権謀術数が至るところで繰り広げられる、
政治の世界で仲間を得ようなどとは考えていなかった。
いかに立場を利用し、王家、そして王国を守る、
そのことが彼女の使命だと考えていた。
周りの者も、地位ある自分を利用するだけだど、
決めつけていた。
しかし、彼は違った。
最初はにわかに信じられなかったが、
サラを一人の人間として、女性として扱ってくれた。
サラリンドとサンダース、
子どもを授からず嫁ぎ先から出戻った王女と、
平民出のパイロットあがりの将軍、
お互い陰口を叩かれる境遇が二人を近づけた。
それだけではなかった、
父オークからは感じたことのない愛情を、
サンダースから強く感じることができた。
それだけに、サンダースが王都を去り、
寂しくなった、というのが偽らざる気持ちであったが、
彼女はあえて自分の気持ちから目をそらそうとした。
だが、そのことが反対に”彼”を心に呼び起こすのであった。
二人の年齢は父娘ほど離れていたが、
年齢だけでいえば、年のはなれた婚姻自体は王族間では珍しくなかった。
二人にとって、一番の障害は互いの身分であった。
一人は王族、もう一人はいくら王国軍将校とはいえ、
平民出身、決定的に不釣り合いな身分だった。
しかも、サンダースは自分の所領に妻子がいる。
サラの想いが表に出ることは、決してなかった。
公に出来ぬ関係が終わった。
「ふふっ……。」
サラは自分を笑った。
そこには混ざり合った嘲りと可笑しさがあった。
「このような有様で
これからの王政のかじ取り、
はたしてうまく出来るだろうか。」
サラは起き上がり、不安を抱いたまま寝室を出た。
――オムル自宅――
オムルは突然の来訪者を家へ招いた。
「たいしたもてなしは出来ませぬが、
大目にみてくだされ。」
オムルは温かい茶と、朝焼いたパンの残りを、
テーブルに座るサンダースへ差し出す。
「いやいや、
気になさらんで下さい。
こちらこそ、
いきなりの訪問で驚かせてしまいました。
それから…その話し方、
こそばゆくてかないません、
どうにかなりませぬか。」
「王国の将軍ともあろうお方に、
馴れ馴れしい口を利くなど…。」
「はっはっは、将軍といっても、
中身はたいして変わっておりません。」
サンダースは屈託なく笑った。
オムルはその笑顔に、
サンダースの変わらぬ人柄を強く感じとった。
「その笑顔を見て少し安心した、
わかった、あの頃のように話すよう努めるわい。」
「ありがとうございます。」
王国軍の高級将校が辺境の農夫に頭を下げる、
不思議な光景だった。
「リゼル君の件です。」
そう言うと、
サンダースは上着の内ポケットから、
一通の手紙を取り出した。
「良かった…、
手紙は無事届いたのじゃな。
それで…リゼルはどうなった?」
オムルは単刀直入に、
尋ねずにはいられなかった。
「その報告も兼ねて、
今日はこちらへ参りました。」
サンダースの表情から笑みが消える。
「…ダメ…だったか。」
オムルは思いとは正反対の答えを、
覚悟していた。
「いえ、最悪の結果は免れました、
ひとまずはご安心を。」
サンダースはそう言いながらも、
真剣な表情は崩さなかった。
「そ、そうか…。」
サンダースの答えに、
オムルはひとまず安堵の息を漏らした。
続けざまに、サンダースは事件の概要を、
話せること、話せないこと、
慎重に言葉を選びながらオムルへ説明した。
「そ、そんなことが起きておったとは…、
と、とにかく、無事生きておる、
そのことがわかっただけで一安心じゃ。」
「はい。」
サンダースは力強く答えた。
オムルはホッとした様子だった。
サンダースは続ける、
「リゼル君が連行される時、
”中尉”は、なぜすぐに過去の身分を、
明かさなかったのです?」
「…そ、それはな…。」
オムルはうつむき、手元のカップをのぞき込んだ。
「せめてその場で、
私の名前を出してもらえれば、
もっとましな対応をさせました。」
「……………。」
「中尉!」
「……軍とは、
もう関りたくなかったのじゃ…。」
「しかし、自分の信条を破り、
私の元へ手紙を寄こされた。」
「…他にいい方法が考えつかんでな。」
「一体何があったのです…、
中尉のような、
王立科学院を出られた優秀な方が、
もう軍とは関わり合いたくないなどと。」
「……ふぅ、
その”中尉”と呼ばれるのも、
王立科学院の名を聞くのも、
随分と久しぶりじゃ…。」
「何か特別な事情でも…。」
「別に大したことではない…。
わしが弱い男だった、
それだけのことじゃ。」
「………。」
サンダースはただ黙って、
オムルの話に耳を傾けた。
「あまり思い出しとうはないが…
あの頃、先に死んでゆくのは、
貧しいもの、気のいい者ばかりじゃった。
なぜ自分は生きておるのか…。
そのことに…、
耐えられなくなった。」
「………。」
「とにかくじゃ…、
わしら整備班は懸命にライデンシャフトの、
出撃準備を整えた。
少しでも早く、その速さが勝敗に影響すると、
思い上がっておった。
じゃがな、わしらが頑張れば頑張るほど、
その機体に搭乗する若者は、
…その分早く逝ってしまう。
そやつらの顔が頭から離れん…。」
「それは…、違いますぞ。
こうして何度も無事帰還を果たした者が、
目の前にいるではないですか。」
「はっはっはっ、お前ぐらいじゃて、
必ず帰ってきたのは…。
”不死身のサンダース”
お主は、わしらのたった一つの希望じゃったからの。」
「……。」
「あの頃の戦闘では、ほとんどの者は帰って来んかった…。
次第に、自分の仕事が嫌になっていってな。
それで、辞めることにしたのじゃ。」
「………中尉、
現在、機体性能は大幅に向上し、
運用の見直しで搭乗兵の帰還率は各段に上がっております。
仲間の死は…、我々の頑張りは、
決して無駄ではなかったのです。」
「…そうか。
しかしな…、
わしにはすべて綺麗ごとにしか聞こえん…。」
「………」
サンダースは返す言葉が見つからなかった。
「死んだもんはもう帰ってこん。
じゃが、その者たちにも家族はおった、
帰りを待つ者が…、おった。
そうだというのに…、
あの当時、軍のお偉いさん方は、
そのもんたちのことを、
どれだけ真剣に考えていたのじゃろう…。
いくらでも補充できる使い捨ての駒、
それぐらいにしか、考えていなかったのではないのかの。
戦場に出るほどに、
わしには、そうとしか思えんかった。」
オムルは淡々と語った。
「……中尉……。」
サンダースは、ライデンシャフトを降りてからの
王国軍での仕事をオムルにゆっくりと語りだした。
その中身は、貴族階級中心だった軍上層部の改革、
最前線パイロットの地位向上、
兵站の重要性、現地指揮官の裁量権の拡大
様々な改善に努めてきた、そのことをオムルに伝えた。
「すまぬな、つい余計なことを…。
このことはお主が一番よくわかっておるというのにな…。」
「…いえ、お気になさらず。」
「その後のサンダース・ヒル《ベルディア公》の活躍の話は、
こんな田舎におっても、届いておる。
まったくすごい男じゃ。」
「いやはや、お恥ずかしい、
しかし残念ながら…
ついに私も中央軍から去ることとなってしまいましてな。」
「な、なんと…。」
「長くなりましたが、本題に入らせていただきます。」
「……本題!?」
「リゼル君は中尉とはどのようなご関係で?」
「あ、ああ…、リゼルはわしの孫じゃ。」
「孫のリゼル君、
彼はどこでライデンシャフトの操縦を学んだのです。」
「……そ、それは…。」
オムルは激しく動揺した。
「中尉お答えください。」
サンダースの真剣な表情を前に、
オムルは観念した。
そして、真実を語りだした。
◇
”アン・ベルディアの奇跡″
サンダース・ヒル中将
フィレリア王国・国王側仕え
サラ・フィズ・フィレリア
オムル・ティターニア
サンダース専用魔導機兵”サーベラス”
この先の展開で、タツヤが次に機体に乗り込むまでに色々詰め込んでしまいました…。少々時間はかかりますがお付き合いください<m(__)m>




