入学なんてしたくない1
───フィレリア王国・北方領・首都バルデオン───
ぶ厚い灰色の雲が大空を覆い、
北の港街には、
まだ多くの残雪が見られた。
フィレリア王国・北方領・首都バルデオン
古くから港町として栄えたこの街は、
かつて、その残忍さと無慈悲な暴力により、
大陸北部を支配した、
”ブルザル王国”発祥の地であった。
”ブルザル王国”
大陸随一の海運技術と戦闘術を誇り、
恐怖と力によってシルドビス大陸北部を、
その手中に収めた。
およそ500年前、
フィレリア王国によるシルドビス大陸統一に対し、
北の雄ブルザル王国は、
最後の最後まで抵抗した。
しかし、フィレリアの切り札、
ルーツ・オブ・ライデンシャフトの圧倒的な力により、
ブルザル王国は壊滅的な損害を被り、
ついには屈服することとなった。
そして、ブルザルはフィレリアの一部となり、
現在に至る。
フィレリア王国に組み込まれてなお、
ブルザルの子孫たちは、
陰ながら自らを、
”誇り高きブルザルの民”と呼び続けた。
バルデオン郊外、小高い丘の上に、
かつての王宮を改修して造られた北方議事堂が、
建っている。
議事堂からは、
正確な半円状にかたどられたバルデオンの海岸線が、
しっかりと見えた。
朝刻、議事堂執務室の一室、
北方領・現領主”サウール・ポウジー公爵(32)”の姿があった。
コンコンコンコン
頑丈なオーク材の扉が軽く叩かれた。
「入りなさい。」
年代物の椅子に腰かけたサウールは、
机に置かれた書類に目を向けたまま返事をした。
扉が開くと、
若い女性士官が入ってきた。
「サウール様、こちらが届いております。」
女性役人の手許には、
一枚の折りたたまれた小汚い紙が握られていた。
「……よろしい、拝見しましょう。」
サウールは読み込んでいた書類から目を離し、
女性士官へ顔を向けた。
サウールは士官から、
折りたたまれた紙を受け取ると、
机の上に広げた。
しかし、そこには何も書かれていなかった。
サウールは紙に顔を近づけた。
「ほぅ、これは…。」
その小汚い紙は、
かすかにとある薬草の匂いがした。
「マルドックからですか…。」
そう言うと、、
サウールは卓上に置かれたナイフを、
自分の左手の親指のはらに突き刺した。
瞬く間に親指から紅いモノが、
流れ出る。
サウールは流れ出した自身の鮮血を、
紙に垂らした。
すると、何も書かれていなかった紙に、
文字が浮かび上がってきた。
サウールはその文字を丁寧に読み取った。
「ふむ…………、
なかなかこれは…、
派手にやったようですね。」
サウールは、独り言をつぶやきながら立ち上がると、
その手紙をそばの暖炉へ投げ入れた。
「まずまずの成果といったところですか。」
投げ入れられた手紙は、
一瞬にして灰となった。
「ふふふふふふ、
これから面白くなりますよ。」
サウールは嬉しそうに微笑んだ。
同時刻、鉛色のバルデオンの空を、
一羽の大烏が羽ばたいていた。
───王国領・城塞都市アルレオン───
王都の北北東に位置する中核都市。
その歴史は古く、
都市の誕生は、
フィレリア王国建国前にさかのぼる。
かつては魔導の研究で栄え、
王都に魔法省が設置されるにともない、
研究機関、研究者の大半が王都へ移った。
現在は、第六王国軍の本拠地として、
街の大半が基地として活用されている。
オレたち一行が城壁をくぐると、
そこには、ゲームの中でしか見たことのなかった、
ファンタジー世界の街並みが広がっている。
(ヤ、ヤバい…、ちょっと感動。)
興奮するオレを乗せた馬車は、
ゆっくりと石畳の上を進む。
「うわぁ…すごい人…。」
オレは、アルレオンの街の賑わいに
思わず声をあげた。
オレたち一行が進む大通りは、
カラフルな衣装を着ている商人風の人、
制服姿の軍関係者や、
不思議な布を体に巻いた女性、
地味な作業着の男たち、
物乞いをする人、
様々な人であふれていた。
通りの脇にはたくさんの出店が軒を連ね、
いい匂いが馬車の中まで漂ってくる。
オレはそんな街の様子を見て、
軍曹に話しかけた。
「あの………、
軍学校と聞いていたんで、
もっと殺伐とした所だと思ってたんですけど…。」
オレの問いかけにすぐさま
ビム伍長が反応した。
「へぇ、殺伐とは、
ティターニアはなかなか難しい言葉を使うんだな。」
「え…、あ…いやぁ…
あははは、そうですか。」
オレはとりあえず笑ってごまかした。
ビム伍長はオレにかまわず、
そのまま話を続ける。
「今でこそ、軍の施設や学校が街の中心部扱いされてるけど、
このアルレオン自体、由緒ある古い街なんだぜ。」
「軍の施設が出来る前は、
魔法関係の研究で栄えていたようだ。」
アーノルド軍曹も街の解説に加わる。
「その古い街を残しつつ、
軍の施設や学校を後から作ったというわけだ。」
「そうなんですか…。」
オレは少し街の歴史を学んだ。
オレたちを乗せた馬車は、
さらにアルレオンの中心へ向かって進んだ。
道中の馬車の中で、
オレは軍学校の制服に着替えた。
馬車が進むにつれ、
商店や住居などの建物が少なくなって、
青々とした芝生や木々が増えてくる。
「あ…!?」
そんな自然の中、オレの目に
制服を着た少年少女の姿が映る。
あたりをよく見ると、
たくさんの生徒が木陰で勉強していたり、
芝生に座って談笑している。
(んー………、
さっきの街の様子もだし…、
ここにいる学生も…、
この国って戦争の真っ最中のはず…だけど。)
オレはいまいち街の状況がつかめないまま、
「あの……、、
今って、戦時中…ですよね…?」
軍人二人へ話しかけた。
「そうだ、それがどうかしたのか?」
アーノルド軍曹は、
いつもの落ち着いた口調だ。
「あ…いや…、
なんだか想像と違うなぁと…。」
オレの感想を聞いたビム伍長は、
「へぇー、いったいどんな想像してたんだ。」
オレの感想を面白がった。
「もっと…重苦しいんじゃないかと…。」
オレは思っていた感想を、
素直に答えた。
アーノルド軍曹は、
「長く続く帝国との戦争は、
現在も継続中だ。
しかし、戦闘地域は限定的かつ、
戦闘は散発的だ。」
顔色一つ変えない。
「まぁ戦争に慣れてるってのはあるかもな、
だから、あらゆる場所が緊張状態ってわけじゃないのよ。」
ビム伍長が軍曹の説明に付け加えた。
「あっそうだ!
ティターニアへ渡すものがあるんだった、
軍曹お願いできますか。」
「そうだったな。」
アーノルド軍曹は、
馬車の後ろに積んだ荷物をかき分け始める。
その間にもビム伍長が話す。
「渡すのはこの街の地図だ。
大ざっぱなモノしか用意できなかったけど、
あれば役に立つだろ。」
荷物から地図を取り出したアーノルド軍曹は、
オレにアルレオンの地図を渡してくれた。
「あ、ありがとうございます。」
オレは礼を言いつつ、
(今時、紙の地図かぁ…、
オレ苦手なんだよな地図見るの、
アプリとかならなぁ…。)
心の中でしっかり愚痴をつぶやいた。
地図を受け取ったオレは、
とりあえず広げてみた。
(はぁ…、まいったなぁ、
まず自分が今どこにいるか、
わかんないんだよなぁ。)
オレは地図を凝視する。
(方角とかもわかんないし、
えーと、今いる場所は……、
入口はここから入ってきたっけ……?
いや違うな……こっちの門か…?)
オレが地図をぐるぐる回し見してる間も、
馬車はさらに進んだ。
(ダメだ、よくわかんないや。)
オレは地図をあきらめ、
ひと眠りしようとした。
その時、
「学校が見えてきたぞ!」
ビム伍長の大声がオレの眠りを妨げた。
(もう…いちいちうるさいなぁ…。)
オレたち一行の前に
ひときわ大きな建造物が見えてきた。
その建物は巨大な石の要塞だった。
馬車はその石の要塞の入り口で止まった。




