悪夢
夕日が照らすマンションの一室、
子ども部屋に置かれたテレビ画面に、
懐かしいコンピューターゲームが映っている。
画面の中では、
とんがった耳のグリーンコーデの主人公が、
弓を放ち、剣を振るってモンスターと戦っている。
場面が切り替わり、
誰もいないリビングの食卓。
そこに、ひげの男性が描かれたお札が、
書置きと一緒に置いてあった。
『今日も遅くなります。
これで何か買って食べて下さい。』
次の場面は学校の教室。
テスト中、一部の生徒たちは、
教師の目を盗んでカンニングをしている。
『おい、答え見せろよ』
『え…、マズいよ、見つかったら…。』
『うるせえな!見つかんなきゃいいんだろ。』
答案を見せろとせがまれた生徒は、
断った時の報復の恐ろしさから、
感情を押し殺して、ただただ命令に従った。
今度の場面は、学校の更衣室。
ある小太りの生徒が体操服へ着替えをしている。
すると、意地の悪そうな数人の生徒が、
小太りの生徒の周りに集まった。
『おい、こいつ胸毛生えてるぜ!』
『腕毛もすげーボーボー!!』
『はははは、ゴリラじゃん。』
『ゴリラじゃねーよ、
このフォルムならイノシシだろ!!』
『ちげーって!!野豚野豚!!』
『ははははははは!!!』
再び学校の教室。
一枚の犬の写真が黒板に貼られていた。
その写真を見た若い教師は、
小太りの生徒を指さした。
『見ろこの犬の顔!
×××にそっくりだろ!!』
その瞬間、教室は教師と生徒たちの笑い声に包まれた、
たった一人を除いて。
もう一度マンションの一室、
すでに日は落ち、部屋の明かりがつけられていた。
最初と同じテレビ画面に、
同じゲームが映っている。
違っていたのは、
そこに剣を振るうグリーンコーデの主人公の姿はなく、
主人公はモンスターに敗れ、力尽き倒れていた。
ゲーム機のコントローラーを握っているのは、
転生前のオレ、ヒビノタツヤだった。
「…………。」
目を開けると、
留置場の天井が見えた。
(……夢………、
…………か…。)
「…はぁぁ…。」
オレは大きくため息をついた。
(嫌なこと…、思い出したな…。)
しばらく、オレは極力何も考えないように、
ただただ、天井を見つめた。
そんなことをしていると、
なにやら外が騒がしくなった。
(はぁ…、今度はなんだよ!?
あぁあ…なんか嫌な予感……。)
オレはゆっくり体を起こして、
石造りのベンチの上に立ち上がった。
(………処刑。)
オレはるか頭上にある鉄格子付きの高窓を見つめた。
その時、
ガガガガガガッ!!
いきなり留置場の石扉が開いた。
扉が開くと、
若い衛兵が留置場へ入ってくる。
「おい、出ろ!」
言うなり、オレを掴み、
外へ連れ出す。
(ちょっ、ちょっと何だよ!?
いきなり入ってきて。)
オレは多少抵抗してみるが、
まったく歯が立たなかった。
(うぅ…なんて非力なんだオレ…。)
オレは力づくで、
今朝来たアルレオン門前へ連行された。
そこでオレが見たものは…。
笑顔で談笑する、
”鬼瓦”ザイエル・ククス大尉と、
馭者ビム・ジーン伍長の姿だった。
(ど…どうなってるの…?)
二人はすぐにオレに気づいた。
気づくなり、
衛兵の顔面鬼瓦ククス大尉が、
「おぉ、きたか!!」
まずオレに話かけてきた。
(ちょ、ちょっと…、
何………、
この展開……。)
少し前まで険悪だった二人が、
今はそろって笑顔だった。
特にククス大尉の笑顔は、
とびっきり不気味に映った。
(も、もしかして…、
二人は…グル…だったとか!?
最初からオレは騙されてて…、
この後オレを待ち受けているのは…、
”処刑”!?)
オレは頭の中で、
最悪の想像をめぐらす。
気が付けば、
オレを連行した衛兵は、
オレから手を放していた。
(これは…、チャンスなのか!?)
オレはほんの少しづつ後ずさりを始める。
(逃げるなら今しかない!!)
そして、オレは一気に体をひるがえした。
体を回転させ、
走り出した瞬間…、
ドスン!!!
オレは、
勢いよくデカい人物にぶつかった。
オレはぶつかった反動で、
地面へしこたま腰を打ち付けていた。
「い、痛っ────!!」
オレが腰をさすりながら、
顔を上げると、
そこにいたのは、
アーノルド軍曹だった。
「どうした、
どこかへ行くつもりか?」
軍曹はいつもと変わらぬ、
落ち着いた口調で、
オレに接した。
(も、もしかして……、
軍曹も………グル!?)
オレはついさっきまで、
一番信頼していた人物に、
疑いの目を向けた。
(こ、ここで終わるのか。
オレの転生人生…。)
オレは、もう何が何だかわからなくなってきた。
「あ、あの、オレ処刑されるんですか!?」
オレは叫んでいた。
「処刑…!?」
三人はオレの言葉を聞き、
お互いに顔を見合った。
「……………、
はっはっはっはっ!!」
一瞬の沈黙のあと、
三人は大声で笑った。
「な、何がおかしいんですか!?」
オレは泣きそうになりながら、
必死で声を絞り出した。
ジム伍長は、
「そうか、ティターニアは、
まだ聞いてないのか?」
意地悪な笑顔を見せながら、
オレの肩をポンポンと軽く叩いた。
「な、何をですか?」
オレは状況がいまいち飲み込めていなかった。
そんなオレを見かねたのか、
衛兵の鬼瓦が、
「先ほど、アルレオンへの入行証及び、
君たちの正式な身分証明書と、
移送指示書が届いたのだよ。」
笑顔でオレに教えてくれた。
「ようこそ、アルレオンへ。」
「…………。」
オレは言葉が出なかった。
(な、な、なんだよ~、
お、脅かしやがって……。)
途端に、こわばっていた体から、
一気に力が抜け、
オレはその場に崩れ落ちた。
そんなオレへ、
鬼瓦大尉は手を差し伸べ、
立たせてくれた。
そしてもう一度、
とびっきりの笑顔をオレへ向けた。
(だ・か・ら、
顔が怖いんだって!!
特にあんたのその笑顔が!!)
オレは心の中で、
鬼瓦へ不満をぶつけた。
怒れるオレをよそに、
ザイエル大尉はあらためて、
側にいるアーノルド軍曹へ、
「軍曹、あのような出迎えをして、
あらためて、すまなかった。」
気軽に声をかけていた。
「いえ、状況が状況ですから、
致し方ありません。」
軍曹はいつもと変わらぬ口ぶりで答えた。
「まぁ、軍曹ほどの手練れのものと、
真剣に手合わせできるのならば、
このような状況も、悪くないな。」
「私でよければ、
いつでもお相手いたしますよ。」
「今度は本気で頼むぞ。
はっはっはっは!!」
鬼瓦は豪快に笑った。
あたりは到着した時とすっかり変わって、
和やかな雰囲気に包まれていた。
(あっ!?
じゃあ…リゼルの日記は…。)
オレは取り上げられたリゼルの行方が気になり、
「あ、あの…、
先ほどあずけた荷物は…?」
ザイエル大尉へ尋ねた。
「君の荷物か…。」
鬼瓦は周囲にいる衛兵へ、
「おい、少年の荷物はどうした?」
大声で確認した。
「それにつきましては、
直接宿舎へ運ぶようにと、
領主様の筋の者より指示がありました。」
衛兵の一人がしっかりと答えた。
「そういうわけだ、
よろしいかな。」
「え……、あ……。」
オレがまごまごしていると、
ビム伍長が、
「はい、けっこうです、
ありがとうございます。」
オレが返事をする前に、
丁寧に答えた。
「あ、あの……、
日記もですか…?」
オレはようやく、
言いたい事を口にした。
「おそらく一緒に運んでいるはずだ。」
鬼瓦は答えた。
「そ、そうですか、
ありがとうございます。」
オレはとりあえず頭を下げ、
礼を言った。
(ふぅ、一応無事だったか。)
ようやくオレの緊張も緩んだ。
そうこうしていると、
アーノルド軍曹から、
「では、我々は入行準備に取り掛かります。」
鬼瓦へ報告があった。
それを聞き、、
ビム伍長は駆け足で馬車へ戻り、
再出発の準備に取り掛かった。
軍曹は返してもらった武器を、
素早く体に身に着ける。
そしてオレと軍曹は、
再び馬車に乗り込んだ。
すぐにビム伍長から、
「出立準備整いました!!」
声が上がる。
その瞬間、
オレたちの目の前にそびえ立つ、
巨大な門がゆっくりと開き始めた。
オレたち一行|(リゼル不在)は、
ついに、城塞都市アルレオンの街へ入る。




