最終試験1
─────王国軍・中央基地・巨大密林演習場<ジグバ>─────
フィレリア王国・王都グレミア
フィレリア王国の中心、
王都グレミアの背後には、
王国の象徴、霊峰フィレル山が、
悠然とそびえる。
そして、そのフィレル山を取り囲むように、
周囲には深い、深い森が広がる。
森には、300メートルを超す巨木、
<ジグバ>が林立し、
希少な鳥や獣、昆虫、植物など、
森固有の豊かな命を育んだ。
この森は、行政管理上、
幾つもの区画に分けられた。
分けられた区画は、
それぞれを、
王家、高級貴族、軍、魔法省が管理し、
平時、森への立ち入りは厳しく制限された。
この<ジグバ>の森で、
王国軍ライデンシャフトの戦闘試験が行われる。
この試験は、ただの試験ではなかった。
森に対し、そしてライデンシャフトに対し、
敬意、畏怖を表すためのフィレリア王国伝統儀式であった。
─────ジグバ巨大密林演習場─────
王国軍・ジグバ演習林、
巨大な木々の影に、
3機の演習用・ブルージュ・EINSが、
片膝をつき待機をする。
すでにパイロットたちは、
コックピットに搭乗済みだった。
パイロットたちは、
機内無線を使い会話を始める。
「───我々が、試験官ですか…」
いかにも生真面目そうな青年兵士が、
口を開いた。
「イアニス、何か不満でもあるのか。」
右目にかかる大きな傷が印象的な、
若い上官が、素早く答えた。
「いえ、決して不満などでは…。」
「隊長!!
イアニスが言いたいのは、
最前線で戦う俺たちが、
なんでわざわざ王都まで来て、
入隊試験の試験官なんて、
やらなきゃならないのか?
って、そういうことですよ。」
二人の会話に割って入ったのは、
子どもっぽく笑う幼顔の兵士だ。
「おい、テオ、勝手なことを…。」
「だってそうだろ、
ガキのお守りなんて、
本来、中央のボンボン士官に、
ピッタリの任務じゃないか。
俺たちが試験官じゃ、
受験生に勝ち目はないしな。」
「わ、私はそこまでは思っておりません!
ただ……。」
そこまで言ってイアニスは、
黙った。
「ただ…、なんだ。」
上官はイアニスへ話の続きを、
うながした。
「ただ……、テオの言う通り、
この任務が戦線を離れるほどのことかと…。」
「そうだな…、イアニス、
お前の気持ちもわからんではない、
しかし、これは上からの指令なのだ。
任務となれば、そこに優劣はない。」
「は、はい、
それは十分承知しております。」
「それならばよい。
それから、テオ、
この試験は勝敗を競うものではない、
あくまでも受験生の技量を計るものだ、
そこをはき違えるな。」
「失礼しました!!」
「よし!!
相手が誰であろうと、
一切の手加減はなしだ。
全力で臨む!」」
「「了解!」」
彼らは、隊長ユーリー・シングウェル率いる、
第1王国軍・第33魔導機兵部隊。
通称・33《サンサン》部隊
王国軍が誇る、精鋭部隊である。
彼らは今回の試験について、
何も聞かされていなかった。
─────中央基地本部庁舎内・作戦指令室─────
「な、なぜ、33部隊の連中がここにおるのじゃ!」
ある老齢の将校が、
試験官の名が記された書類を手に、
声を荒げた。
「わたくしも…、
先ほど知らされまして…。」
そばにいる若い秘書官が、
うろたえながら答えている。
「わざわざ奴らを、この試験の為に、
中央戦線から呼び寄せたのか!?」
老齢の将校は秘書官を詰問する。
「そ…そのようで、あります。」
「えーその件はですな、
本来、模擬試験にあたる予定だった教官たちが、
4日ほど前から原因不明の腹痛になりましてな。」
2人の話に、”古狸”リトマイケ少将が割り込んだ。
「急遽、代わりを務める部隊を手配させたのですが…。」
この場にいる全員がリトマイケに注目した。
「まさか、現王国軍屈指の精鋭”33部隊”が派遣されるとは…、
私も驚いておりますよ。あははははは。」
リトマイケはわざとらしく笑った。
それを聞き老齢の将校は、
「奴らが離れて…、
中央戦線に問題は無いのか?」
すぐさまリトマイケに疑問を突きつけた。
老将校の疑問に答えたのは、
「その点はぬかりありません、
急遽、北方軍が増援を派遣しております。」
カーク・”狐”・ザグレブ大佐だった。
「あの”北”が増援か…」
つぶやいたのは、中将サンダース・ヒルだ。
将校達が集まっているのは王国軍の心臓部、
王国中央軍・参謀本部作戦指令室。
本来ならば、重要な作戦立案会議や、
大規模戦闘時には、
戦況のリアルタイム分析・解析が行われる。
指令室には、リゼル・ティターニアの試験を視察するべく、
幾人もの将校達が集まっていた。
その中には、リゼル・ティターニア裁判に参加した、
高級将校たちの姿もあった。
”参謀総長”アーツライト将軍。
”ベルディア公”サンダース・ヒル中将。
”侯爵将軍”ギル・ドレ。
少将コール・”古狸”・リトマイケ。
大佐カーク・”狐”・ザグレブ。
指令室には、試験の様子を中継する大型モニターが、
複数備えられており、
将校たちは、定位置に座り、試験開始を待った。
リトマイケの道化ぶりに見向きもせず、
ギル・ドレはモニターに目をやった。
モニターには、
3機の演習用・ブルージュ・EINSが映し出されている。
ギル・ドレはこの場にいる者達に聞こえるよう、
わざとらしく大きな声で話し出した。
「前日の実技試験は、実に惨めな結果だったと聞くが、
フォックス大佐よ、違いないか?」
名指しされた、
カーク・”フォックス”ザグレブ大佐は、
「間違いございません。」
表情を一切変えることなく答えた。
それを聞き、
ギル・ドレの声が一層大きくなる。
「このような大がかりな試験を、
たった一人の受験生の為に開催して、
その者が、不合格でした。
と、そうなれば…、
これは大変由々しき事態ですぞ。」
その場にいる者達の視線は、
<ベルディア公>サンダース・ヒル中将へ向けられた。
沈黙を破ったのは、参謀総長アーツライト将軍だった。
アーツライトは、
「ドレ卿、それは全て終わってからの話であろう。
まだ試験は終わっておらん、
結論は…、終わってからでよかろう。」
威厳ある話しぶりで答えた。
サンダースは、ちらりと横目でギル・ドレを見た。
そしてすぐ、何事もなかったかのように、
モニターへ視線を戻した。
(少年の運命が懸かっておる…、
マズローよ、頼むぞ。)
サンダースは、心の中でつぶやいていた。
─────ジグバ巨大密林演習場─────
「す、すっげー!」
オレは馬上から初めて見る巨木を見上げ、
思わず声をもらした。
巨大樹ジグバが群生する演習場。
そこには、
全長”16、8m”の演習用・ブルージュ・EINS
を遥かに超える、巨大な木々が生い茂っていた。
(聞いてはいたけど…、
ホントに…バカでかい木……。)
<うわー、これがジグバ!!>
リゼルもオレと一緒に驚いた。
オレは、リゼルの日記をパイロットスーツの中に忍ばせ、
試験会場へやってきた。
基地からの移動は馬を使った。
いきなりの乗馬初体験。
まぁ、おとなしい馬だったから、
オレでも難なく乗ることができた。
オレがこれから受けるのは、
総合実技試験、要するに実戦形式の試験だ。
オレは試験現場に到着すると、
一緒にやってきた試験官に促され、馬を降り、
現場に配置されている
演習用・ブルージュ・EINSへ搭乗した。
《アインス》に乗り込むと、
機内モニターに試験官が映り、
コクピット内の無線から声が聞こえてくる。
「リゼル・ティターニア、
これから総合実技試験の説明を始める。
試験は実戦形式で行う。
自身以外の機体はすべて敵機である。
攻撃目標ということだ。」
「………」
「返事は!!」
「は、はい!!」
「試験時間は、30分。
この時間内のあらゆる行動が、
評価対象となる。
武装は、特殊衝撃ペイント弾及び、
模擬衝撃刀を使用する。
索敵レーダーは作動しない。
それぞれ機体には、
試験用の機体損傷ゲージを設けている。
このゲージ残量が0になった時点で、
機体は行動を中止するよう設定されている。
仮に始まってすぐ、
ティターニアの機体のゲージ残量が0になれば、
その時点で試験終了となる。
試験の模様は、演習林に張り巡らされた魔導回線により、
常時モニタリングされている。
良識を欠いた行動は慎むように。」
(リゼル、機体損傷ゲージって何?)
<機体損傷ゲージっていうのは、
実際の戦闘だったら、
機体はこのぐらいのダメージを受けました、
それを算定して表示するシステム。>
(な、なるほど、本物の戦闘じゃないけど、
たくさんダメージを受けたら、
おしまいってわけだ。)
<うん。>
「…なお、試験中演習林は魔法障壁で区切られる。
演習範囲は、半径3キロ、高さ300mまで。
これは、機内モニターに表示され、近づけば警告音が鳴る。
それでもなお範囲外に出た場合は、魔法障壁が反応し、失格となる。
以上だ。」
(戦闘は、この森の中だけってことか。)
<気を付けてよ!>
(わ、わかってるよ。)
いよいよ、オレの生死をかけた最終試験が始まる。
(ちっくしょー!!
ぜ、絶対、合格してやる!!!)
<合格だー!!>
リゼルと一緒になったオレは、
昨日とは全くの別人になった。
────────演習林のはずれ─────────
森の中で、物音がする。
「────こちら……、
……所定の位置に到着…────」
女のくぐもった声だった。
『───こち──ら──ベイン──、
────……では…
予…どお……戦を開始…る…』
低い男の声が、
女の耳に取り付けられた、
魔導無線に入る。
声は途切れ途切れだった。
「────…了解。────」
『────…本当に……王宮を…狙…て、
…良いのか…────』
男は女に問いかけた。
「────我々の……任務……、
…混乱を………、
現執行部………失脚させ……、
……王宮は…親衛……────」
女は冷静に無線を通し返答した。
「────…ふん…、
…物足りん………。」
男は吐き捨てるようにつぶやいた。
「────物足りんか…ならば…、
…参加者全員……皆殺し…────」
「─────くっくっくっくっく……、
…よい……それは…とてもよいぞ…、
くっくっくっくっく…
……皆殺しだ…────」
男は、気味悪く笑った。




