ちゃぶ台返し1
─────────参謀本部・中庭─────────
参謀本部中庭、
そこに、紫煙をくゆらすサンダースと、
マズローの姿があった。
「中将、一つお尋ねしたいことがあります。」
「…なんだ。」
「片目で操縦出来るものでしょうか?」
「…出来ぬことはない。」
「では…隻眼の少年が操縦したというのは…。」
「それは考えられぬ。
その少年は機体をただ動かしただけでなく、
戦闘行為に及び、
帝国軍機を撃墜したと、
話しておるのだろう。」
「…はい。」
「あまり深く考えるな。」
「しかし、12歳の少年に対し、
死刑とは…。」
「…………。」
サンダースは何も言わず、
ゆっくり煙草を吸い込んだ。
「……………」
マズローは無言のまま、
サンダースの返答を待つ。
サンダースは大きく煙を吐き出すと、
再び話し始めた。
「……お前とて、わかっておろう。
この件に情けは無用だ。」
「はい、すでに決定事項だと、
聞いております。」
「知っておるのならば、
なぜあのような態度を?」
「中将がどう出るか、
試させていただきました。」
「………はっはっは、
そうであったか。」
「私が何も言わなければ、
同じようなことを、
おっしゃったのではないですか?」
「……それはわからん……。」
「先ほどは、ああ言いましたが、
多少、考えがあったのは事実です。」
「そんなもの、
出世の妨げになるだけだぞ。」
「十分わかっているつもりでしたが…、
しかしながら、今回の件で、
改めて自分の力の無さを、
痛感致しました。」
「…………。」
「将軍の座につけば、
もっと自分の意のままに、
事を運べると考えておりました。」
「……逆だ……、
偉くなればなるほど、
何もできぬようになる。
特に、わしらのような身分出身の者はな。」
そう言うと、
サンダースは自虐的に笑った。
王国軍・中将サンダース・ヒル。
彼は貧しい農村に生まれた。
フィレリア王国兵役義務により、
成人になると同時に、軍に入隊。
一兵卒から、中将までのし上がった男である。
彼は成し遂げた偉業から、こう呼ばれた。
”アン・ベルディアの奇跡――”
─────────第二次聖神機大戦─────────
彼の運命を大きく変えることとなった、
第二次聖神機大戦。
大戦の主な舞台となった都市アン・ベルディアは、
シルドビス大陸の北中部に位置する。
元々アン・ベルディアを含む大陸北中部は、
王国側の領土であったが、
第一次聖神機大戦時、
帝国軍の侵攻により、陥落、
それからは、帝国の支配下に置かれた。
王国軍は、このアン・ベルディア一帯を取り戻すべく、
奪還作戦を開始した。
後に、この奪還作戦を含む、
いくつもの大規模戦闘を、
人々は総じて第二次聖神機大戦と呼んだ。
若きサンダース・ヒルは、
このアン・ベルディア奪還作戦に、
第87魔導機兵連隊の一員として参加した。
奪還作戦当時、
サンダースは上等兵、
しがない補充パイロットだった。
本来、ライデンシャフトのパイロットは、
貴族、騎士階級の子弟に限られていた。
しかし、大陸各地で大規模な戦闘が起こり、
多くのパイロットが命を落とした。
その結果、正規パイロットが不足し、
本来パイロットに選ばれることのない、
サンダースのような若者たちが、
補充パイロットとして、戦線へ送られた。
アン・ベルディアでの戦闘は激しく、
パイロットを含め、双方に多くの死傷者を出した。
サンダースの所属する、
第87魔導機兵連隊もまた例外ではなかった。
戦闘は長期化するにつれ、
徐々に王国軍不利の戦況となった。
主に補給に関し問題を抱えた王国軍は、
総攻撃による短期決戦か、全面撤退か、
決断を迫られた。
ここで、軍首脳部が下した決断は、総攻撃だった。
今でも、この作戦については軍関係者の間で、
賛否が分かれている。
あまりにも無謀な作戦だったのではないかと。
サンダースの所属する第87魔導機兵連隊は、
この作戦の先陣に指名された。
当時より、この先陣指名については、
様々な説が噂された。
もっとも有力な説とされているのは、
彼ら第87連隊員のほとんどが、
小作民、貧民出身だったためである。
実際、貴族、名門家の子弟たちは、
戦局が決してから、
戦場に現れた。
この総攻撃で、サンダースは獅子奮迅の活躍をみせた。
先鋒として、味方の進路を切り開き、補給拠点を確保し、
再び相手陣地に斬り込んでいく。
当時を知る者は、サンダースが不死身なのではないかと語っている。
先陣を切った者たちがほとんど戻って来ない中、サンダースは必ず戻ってきた。
このサンダースの驚異の生還について、
戦場を逃げ回っていたのではないかと、疑う者もいたが、
数少ない目撃者はこれを強く否定している。
「――サンダースは、誰よりも激しく戦った。」
サンダースの活躍もあり、アン・ベルディアは奪還された。
この功績により、
人々は彼を”アン・ベルディアの奇跡”と呼んだ――
アン・ベルディアの戦い以後も、
サンダースは数々の戦功を挙げるのであった。
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話しこむ二人の元へ、
サンダースの部下がかけてきた。
「将軍、至急こちらを。」
部下の手には1通の封筒が握られていた。




