ベッドの上の現実
―――アルレオン領・軍学校医務室―――
「痛ててて…。」
オレは怪我をした胸や脇腹の痛みで、
目を覚ました。
オレがいるのは、狭いコックピットでも、
シャペル村の屋根裏部屋でもなく、
アルレオン軍学校の医務室のベッドだった。
硬いベッドの上に、
見慣れたきゃしゃな手足が、
横たわっている。
オレの身体は、
リゼル・ティターニアに戻っていた。
「おっ、気が付いたかい。」
声の主は、オレが仮病で実機授業を休んだ時に、
診察をしてくれた医務官だ。
「良かった、
もう目覚めないんじゃないかと、
心配したよ。」
「あ、あの…決闘は!?」
オレは興奮して上半身を起こす。
その瞬間、
「痛っ……!!!」
再び怪我の痛みに襲われる。
(くっそー、ミルファの魔法が切れたんだ…。)
「あっ、無理に身体を動かさないほうがいい。」
医務官はオレをもう一度横にすると、
シャツをめくって触診をした。
「痛っっっ…。」
オレは思わず声を上げる。
「まったく驚かされるよ……、
よくこの状態であれだけの激しい操縦を…。」
そこへ、医務室の扉が開き、
ヒゲのおっさんサンダースが現れた。
「将軍!!」
医務官は背筋をピンと伸ばし、
おっさんへ敬礼をする。
「そんなにかしこまらんでくれ、
様子を見に来ただけだ。」
「承知いたしました。」
おっさんの返答に、
医務官はすばやく手を下ろした。
「容態はどうだ?」
医務官はさっきまでの優しい感じから、
緊張感のある表情に一変した。
「複数の肋骨不全骨折(ひび)と、
全身の打撲や打ち身といったところです。」
サンダースのおっさんは、
「まぁ…そのひどい怪我は、
おもに前回の剣術訓練の時のものであろう。」
驚くことなくうなずいている。
「そのようです。」
「ならば、心配ないな。」
おっさんはオレの背中を勢いよく叩いた。
「痛っっ!!!」
「はっはっはっはっは!!」
サンダースのおっさんは、
オレの痛がる様子を見て豪快に笑った。
(まったく、人の怪我をなんだと思ってんだ!!)
オレはおっさんを睨んだ。
そんなオレを見て、
「はっはっはっは!!」
おっさんはさらに笑った。
オレは、いつまでもイジられるのが嫌だったから、
ぶっきらぼうに話題を変えた。
「あ、あの…、決闘はどうなったんですか!?」
さらに続けて、
「それから…、
レリウス教官は無事ですか!?
あ、あと、リンド・ブルムのみんなや、
軍学校のみなさんは…?」
気になっていることを次々と聞いた。
「ちょっ、ちょっと、
ティターニア君、
将軍に向かって、いきなり何を…。」
オレのいきなりの質問攻めに、
医務官は見るからに困った表情を浮かべている。
「いや、よいのだ、知りたければ答えてやろう、
その前にリゼル……、
今日の決闘、君はどこまで覚えておる!?」
サンダースのおっさんの口調から、
さっきまでの和やかな感じが消えた。
「えっ…決闘ですか…
え、えーと…。」
オレは何と答えたらよいかわからず、
言葉に詰まった。
おっさんの視線が鋭くなる。
「この件については、後日、
ミルファ殿から正式な聞き取りがあるはずだ、
その時に詳しく聞かれるであろう。」
「…はい。」
オレはおっさんの迫力に、
ビビりながら返事をした。
「まずは、決闘の結果だがな、
すまぬが、どっちが勝ったか…、
はっきりと答えられぬ。」
「ど、どういうことですか!?」
「詳しいことは、
聞き取りの際に、
ミルファ殿から直接聞きたまえ。」
「わ、わかりました。」
オレはそう答えるしかなかった。
「レリウス君は、この医務室ではなく、
基地の医療施設に送られ、
迅速に怪我の処置が取られたようだ。」
レリウス教官の話になると、
医務官の表情が変わった。
「複数個所の骨折に裂傷と、
なかなかの重傷なんだが、
こちらも命に別状は無いとのことだ。」
それを聞いて、オレ以上に医務官は、
安心してるみたいだ。
「それから、その他の関係者は、
一部のパイロットに軽傷の者もいるようだが、
大したことはない。
安心しろ、問題なくそちらは全員無事だ。」
「…良かった。」
オレはとにかく犠牲者が出なかったことに、
ホッと、胸をなでおろした。
サンダースのおっさんは、
さらに続けた。
「聞きたいことはお互いにあるだろうが、
今日ここへ来たのは、
ただ様子を見に来ただけだ、
今日はもうしっかり休め。」
「は、はい。」
「では、あとは頼んだぞ。」
おっさんは医務官の肩を軽く叩き、
部屋を出ていった。
オレは、おっさんの背中を見送ると、
「あの…決闘はどうやって終わったんですか?」
医務官に聞いた。
「決闘の…ラストですか、
…覚えていないのですか?」
「えっ…あ…まぁ…。」
「じゃあ、君の乗った機体が…、
変身したことは?」
「機体が変身!?
…したんですか?」
「そう、未だに信じがたいけど、
確かに、あれは変身した、
としかいいようがないかな。」
「そ、そうなん…ですか、
そのあたりは…あんまり…覚えてなくて…。」
オレは返答をぼやかす。
「変身した君の機体は、
レリウス君を戦闘不能にした後、
突然、動きを止め、
元の”アルゴ”の姿に戻ったんですよ。」
「そ、そんなことが…。」
「ま、この件については、私は管轄外です、
詳しいことは然るべきところでした方がいい、
将軍もおっしゃっていたが、もう休みなさい。」
「…はい。」
「ボクは当直室で休むから、
何かあったら、この鈴を鳴らして。」
そう言うと、医務官は、
ベッド脇の机に置かれた鈴を鳴らした。
その机の上には水やパンも置いてあった。
オレは水やパンを取る前に、
枕の横にあるリゼルの日記に手を伸ばした。
オレにはどうしても、
リゼルに聞いておきたいことがあった。
(リゼル…。)
<タツヤ…。>
オレの呼びかけにリゼルはすぐに答えてくれた。
(あのさ…、あそこで、
いったい、何があったんだ?)
オレはリゼルに聞いた。
<あそこ…?>
(シャペル村の、家の屋根裏部屋だよ。)
<屋根裏…部屋?>
(リゼルが見せてくれた、あのシミュレーター!!)
<…シミュ…レーター…?>
(最後、シミュレーターにいるリゼルを、
オレが止めようとしたの…、
覚えて…ないのか?)
<うーん……………、
最後にレリウス教官にやられちゃったところまでは、
はっきりと覚えてるんだけど…
そのあとのことは……全然覚えてないんだ…。>
(じゃあ、機体が変身したっていうのも…。)
<機体が…変身!?
それ、どういうこと!?>
(そ、そうだよな、機体が変身したなんて言われても、
意味わかんないよな…。)
<もっと詳しく教えてよ!!>
(そう言われても、
オレもさっき聞かされたばっかりなんだって。)
<そうなの…。>
(はぁ…結局オレたちは、
自分たちに何があったのか、
自分たちでもよくわかってない、
…ってことか。)
<タツヤ!!決闘はどうなったの!?>
今度はリゼルがオレに聞いてきた。
オレはサンダースのおっさんに言われたことを、
そのままリゼルへ伝えた。
オレはリゼルに、
あの時何が起こっていたのか、
自分の体験したことや医務室で聞かされた事を、
出来る限り説明してから眠りについた。
―――軍学校・校舎―――
朝起きると、
『軍による正式な処置が決まるまで、
今まで通り授業に出席するように。』
と、ヒゲのおっさんからの指示書が、
ベッド脇の机に置かれていた。
「はぁ…ゆっくり休ませてくれないのか…。」
オレはグチりながら、
朝食のオートミールを食べた。
食べ終えると、
洗面所で顔を洗い、
用意された制服に着替える。
オレは着せられていた寝衣を脱ぎ、
「痛てててて…。」
体中のあざを改めて見た。
(ホント…我ながら、
よくこんな身体で操縦したよ…。)
オレは昨日、医務官から言われたことを、
思い出した。
「痛てててて…。」
あざだらけの身体を濡れ布でしっかり拭き、
オレは制服を着た。
医務室を出て、
リンド・ブルムの教室へとぼとぼ向かうと、
他の生徒たちの声が聞こえてくる。
「昨日の決闘…どうなったか知ってるか!?」
「最後まで見たかったよな…。」
「ラスト、ヤバかったらしいぜ!」
「マジかよ!!」
話題はもっぱら昨日の決闘だ。
生徒たちはオレに気づくと、
「おい、来たぞ。」「うわっ…!!」
この学校に来た時以上のリアクションを見せる。
「アイツだろ、教官を叩きのめしたのって。」
「おいやめろって、聞こえるだろ。」
「あのレリウス教官を…。」
「しかも、非戦闘用の”アルゴ”でだぜ。」
オレは他の生徒たちの注目の的になっていた。
「アイツ、一回倒された後、機体に何かしたんだろ。」
「教官がやられた時、”アルゴ”が見たことも無い機体になってたって…。」
「どうなってんだよ!?」
やっぱり、生徒の間でも、
決闘の終盤に何が起こったのか、
わからないみたいだ。
「やっぱ…魔法を…使ったとか…。」
「なんでパイロット候補生が魔法を使えんだよ!!」
「じゃあどうやったら、あんな事できるんだよ!!」
「そんなのわかんねーよ!」
オレはそんな声を無視して教室へ進んだ。
「アイツ、ホントにすげー奴だったんだ。」
「すげーじゃないって、ヤバすぎるだろ。」
オレを見る目は、
明らかに変わっていた。




