決闘前夜
―――――フィレリア王国・領内―――――
リゼル・ティターニアの決闘前夜、
アルレオン近郊の宿場町に、
公爵将軍ギル・ドレたち一行の姿があった。
ギル・ドレたち一行は、
北方領から王都へ戻る道中、
この宿場町に馬を止めた。
町の中心に位置するいかにも老舗といった宿屋の前で、
ひょろ長な中年の男主人が、
精一杯の笑顔でギル・ドレ一行を出迎えている。
「これはこれは、侯爵閣下、
閣下にご宿泊いただけるとは、
わが宿始まって以来の誉であります。
最高のおもてなしをさせていただきますゆえ、
どうぞ存分におくつろぎ下さい。
この町で最も伝統あるわが宿の一番の売りは…。」
主は調子よく、長々と話しを続けている。
仰々しい主の歓迎にしびれをきらしたのは、
ギル・ドレの側近リトマイケだった。
リトマイケは一団の中からのっそり出てくると、
「わかったわかった、
つまらん世辞やら宿の歴史話はもうよい、
それよりも早く部屋へ案内せんか、
閣下は長旅で疲れておるのだ。」
煩わしい社交辞令をばっさりと遮った。
ひょろ長な宿の主はリトマイケの要求に、
「か、かしこまりました。」
慌ててギル・ドレたち幹部を宿の中へ案内した。
宿の部屋へ案内されるギル・ドレやリトマイケ、
そこに、いつのまにか取り巻きの一人、
カーク ”フォックス” ザグレブがまぎれていた。
それに気づいたリトマイケは、
「急に姿を消したかと思ったら、
いきなり現れよる、
いったいどこで油を売っておった。」
ザグレブに強めに当たった。
「初めて訪れる町ですので、
一足先に町中で情報収集をしておりました。」
ザグレブは涼しい顔で答えた。
「情報収集!?
どうせ酒場にでも行って、
一杯ひっかけてきたのであろう、
まったく抜け目がないわい。」
ザグレブはリトマイケの指摘に、
ただただ笑みを浮かべた。
「それで、何か収穫はあったのか?」
ここでギル・ドレがおもむろに口を開いた。
ザグレブはしっかり間を取り、
「ええ、大変興味深い情報を掴みました。」
ギル・ドレへ答えた。
「ほう、申してみよ。」
「明日、この先のアルレオンで、
”機兵による決闘”が行われるとのことです。」
それを聞いたリトマイケは、
「ふん、決闘なぞどこの基地でもやっておる、
それのどこが大変興味深いのだ?」
間髪入れず突っかかった。
ザグレブは気にすることなく続けた。
「決闘で戦うのは…、
あの”隻眼の小僧”のようです。」
それを聞いたギル・ドレは不気味な笑みを浮かべた。
―――アルレオン・領主ミルファの屋敷―――
「へっくしゅん!!」
オレは逃亡の末、ミルファ・リゼル連合に捕まり、
ミルファの屋敷の一室へ連れてこられた。
「いってててて!!!」
オレはくしゃみの衝撃でわき腹に激痛が走った。
それを見ていた執事のセバスチャンは、
「この痛がりかたからして、
間違いなく肋骨にヒビは入ってますな。」
良くとおるバリトンボイスで、
はっきりと告げた。
そしてセバスチャンは、
さらにオレの左わき腹をつつく。
「痛ッ―――!!!」
オレは再び悶絶する。
「ひどいあざも出来ていますし、
折れている可能性もありますな、
医者に見てもらうことをお勧めします。
今は応急処置として、
薬草に浸した湿布を用意致しましょう。」
そう言うと、セバスチャンは部屋を出ていった。
今、部屋にいるのはオレとミルファ、
そして日記の中にいるリゼル、この三人だ。
オレが痛みに苦しむ中、
まずはミルファが口を開いた。
「その怪我があったから…、
逃げ出したんだ。」
「は…、はい。」
オレはミルファの目を見ずに、
下を向いて答えた。
「うーん、状況はかなりマズいんだけど、
それはわかってる?」
ミルファの声色がいつもと違って真剣だった。
「…………。」
オレはわき腹を押さえたまま、
何も答えられなかった。
<あの……。>
そこへ、リゼルが頭の中で話しかけてきた。
<決闘を、今から延期してもらえないんですか?>
「!?」
いきなりのリゼルの提案に、
オレは顔を上げ、ミルファを見た。
リゼルの声はミルファにも届いていて、
ミルファは困った顔を見せた。
「…言われると思った。」
ミルファは力無く答えた。
<だったら…。>
リゼルがさらに何かを言おうとした所で、
ミルファはそれを遮った。
「だったら、…じゃないよ!
もうちょっと早く言ってくれてれば、
どうにかできたかもしれないけど…。」
<けど…、出来ないんですか?>
「もう、そんなに簡単に言わないで!
ボクはボクで色々と大変だったんだから、
それにプラスして異世界人の脱走…。」
ミルファはオレをジロりと睨んだ
「とにかく無断欠席!!
まずはこれを無かったことにするだけで精一杯。」
「い…一日ぐらい休んだって。」
オレは思わずつぶやいた。
「はぁ……、
異世界人はことの重大さがまだわかってないんだ。
リゼル君ならわかるでしょ。」
すっかりオレに対して呆れているミルファは、
リゼルに尋ねた。
<はい…、だいたい想像がつきます。>
リゼルもミルファと同じく呆れている。
「一回だろうと、無断欠席は、
リンド・ブルムの資格を失うには、
十分過ぎる理由になるの、
これでわかった!!」
「………。」
オレは返す言葉が無かった。
「ま、無断欠席については、
さっきサンダースに書状を出しといた、
ボクがキミの欠席届けを出し忘れてたって。」
<そ、それって…不正じゃ…。>
リゼルが珍しく動揺している。
「じゃあ、死刑でもいいの?」
ミルファはあっさりと続ける。
「いやいやいや、死刑は嫌です!」
オレは慌てて首を振った。
とたんにわき腹が痛む。
「痛てててててっ!!」
<もう、何やってんの…。>
「もちろんサンダースは、
これが嘘だってこと、
すぐに気づくと思うけど、
キミたちサンダースに特別扱いされてるみたいだし、
何より、キミたちの保護観察官は領主のボクなんだから、
受け入れるしかないでしょ!」
ミルファはオレにどや顔を見せつけた。
するとリゼルが、
<怪我さえなければ…、
僕たちの操縦見せつけてやれたのに。>
グチをこぼした。
すぐにミルファが反応した。
「ねぇリゼルくん、
それって…怪我さえなければ、
教官を相手にしても勝てるってこと?」
<あっ、いや…そういうわけじゃ…。>
リゼルは返答に困った。
「あのさ、変な気は使わなくていいから、
真面目に答えて。
怪我が無ければ勝算はあるの?」
<……はい、絶対勝てるとは言えないですけど、
そう簡単に負けることはないと思います。>
「わーお!リンド・ブルムの教官相手にスゴい自信!!」
<勝負は…、やってみないとわからないと思います。>
「ねぇ、異世界人、相棒はそう言ってるよ。」
ミルファは急に話をオレに振った。
<タツヤからも、なんか言ってよ。>
「こ、この怪我じゃ…操縦は無理です。」
オレはただただ自分の置かれた現在の状況を答えた。
<……タツヤ。>
「要するに、怪我を無いことにすればいいんでしょ。」
<ミルファさん、もしかして魔法で怪我を治せるんですか?>
「…だったら早く言ってよ。」
オレは心の底からそう思った。
「ううん、治せない、
ボク治癒魔法使えないんだ。」
ミルファはあっけらかんと答えた。
<…えっ…!?>
「…どういうこと…?」
いまいち状況が呑み込めないオレとリゼル。
「治癒魔法は生まれつきの適性があって、
残念だけどボクは持ってない、
これ以上の詳しい説明は、
後回しにさせてもらうけど、
怪我の痛みを感じなきゃいいんでしょ!」
ミルファの説明を聞いて、
オレはあることに気が付いた。
「……”麻酔”!」
「そういうの今まで使ったことないけど、
徹夜をすれば何とかなると思う、
というか何とかしなきゃいけないか。」
「ミルファさん…。」
<ミルファさん…。>
オレたちの目の前にいる一人の少女が、
今のオレには女神に見えた。
リゼルが、
<そこまでしてくれるのは、
保護観察官だからですか?>
ミルファにたずねた。
「違う違う、ボクの望みは一つだけ。」
ミルファは首を振りながら、
人差し指を立てた。
「キミたちの操るライデンシャフトが見たい!!」
そして嬉しそうにオレを見つめた。
<そ、それだけ…。>
「そ、それだけ…。」
オレとリゼルの声は自然とそろっていた。




