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取引

――王国北方領・首都バルデオン――



 厚い灰色の雲に覆われた王国北方領・首都バルデオン。


 昼下がり、王都を離れたギル・ドレ一行の姿は、

 北方領主サウール・ポウジーの屋敷にあった。


「ドレ卿よくぞおいで下さいました。

 このような辺境の地へ皆様をお呼び立てして、

 誠に申し訳ありません。」


 言葉とは裏腹に、

 ギル・ドレ一行に対する、

 サウールの態度はひどくぞんざいであった。


「何、久々の長旅、

 良い気分転換になった。」


 ギル・ドレは内心不愉快でたまらなかったが、

 相手の立場、自らの置かれた状況を考慮して、

 出来る限り穏便に振る舞った。


 ギル・ドレの言葉に合せ、

 リトマイケやフォックスも、


「たまには、王都を離れるのも一興ですな。」

「見慣れた湖と違い、

 本物の海は壮大の一言につきます。」


 などと、お世辞を重ねた。


 このようにして、

 4人はしばらく本心を見せることなく、

 中身のない世間話を続けた。


 その間、4人はサウールが用意した、

 高級なお茶や菓子を楽しんだ。


「では、このあたりで本題に入りましょうか。」


 サウールは手にしたティーカップをテーブルへ置いた。


(随分ともったいつけおって、この田舎者が!)


 ギルドレはサウールにもて遊ばれているようで、

 このもてなしの一つ一つが癪にさわった。


 サウールはおもむろに立ち上がった。

 

「この度、わたくしサウール・ポウジーは、

 王国軍・参謀本部総督という大役を、

 仰せつかるととなりました。」


(ふん、知っておったわ。)


 ギル・ドレは心の内とは正反対の、

 驚きの表情と賞賛のまなざしを向けた。


 サウールはその光景に満足した。


「それにともない

 ドレ卿、リトマイケ将軍、ザグレブ大佐、

 お三方には是非お力を借していただきたい。」


「具体的に我々は何をすることになるのです。」


 フォックスはすぐさま抜け目のなさを見せた。


「お三方に再び中央軍でのポストを用意します。」

 

「ほう。」


 ギル・ドレは相好を崩した。


「不慣れな中央での仕事を、

 手助けしていただきたいと考えております。」


 サウールは話ながら、

 部屋の中をゆっくりと歩き始めた。


「ドレ卿には私の相談役として、

 中央の要人たちとの仲介をお願いします。」


「リトマイケ将軍には、

 お持ちの商会を存分に活用していただいて、

 物資調達の取りまとめを。」


「ザグレブ大佐には、

 お得意の諜報活動の手助けをしていただきたいと、

 考えております。」


 サウールは話を終えると自分の席へ戻った。


「そこまで言われれば、

 手を貸さぬわけにはいかんだろう。」


 ギル・ドレはいつものように、

 上から目線で返答した。


(まぁ、こんなド田舎まで来たかいがあったわ。)


「それからもう一つ、

 ドレ卿にはお願いがございましてな。」


「まだあるのか。」


「ドレ卿が王都近郊に保有される山林一帯は、

 王国一の狩場とお聞きしております。」


 サウールはこれまでの横柄な態度を一変させた。


「王国一ではござりませぬ。」


 そう言ったのは、リトマイケだった。


「何!?」


 思わずギル・ドレは声を上げた。


「大陸一でございます。」


 リトマイケはわざとらしく答えた。


「はっはっはっは。」


 ギル・ドレが笑うと、


「「「はっはっはっは。」」」


 三人も合わせるように笑った。


 笑いが一段落すると、サウールは、


「では、その大陸一の狩場にある、

 ドレ卿の広大な別宅を、

 是非敷地ごとお貸しいただきたい。」


 ギル・ドレへ願い出た。


「ほう…。」


 ギル・ドレはもったいつけた。


「私を含め、北の者たちにとって、

 狩りは趣味以上の神聖なものなのですから。

 生活に欠かすことが出来ぬのです。

 どうかこの通りです。」


 サウールは身を乗り出し懇願した。


 ギル・ドレはそのサウールの姿に、


「まぁ、そういうことなら、

 貸してやってもよい。」


 非常に自尊心を満たされた。


「ドレ卿、ありがとうございます。」


 サウールはこの日一番の笑みを見せた。









――現在・アルレオン軍学校・校長室――


 再びアルレオン軍学校・校長室


 レリウスは、


「転属先は将軍にお任せします。」


 勝手に話を進めた。


「任せる、と言われてもな…。」


 サンダースは露骨に顔を曇らせた。


「早急にご決断を。」


 レリウスはサンダースに迫った。


「大尉、まぁ焦らずに聞き給え。」


 サンダースは窓外へ顔を向けた。


 レリウスは、


「…はい。」


 従わざるをえなかった。


「ワシはな、この国でそれなりの地位にあってな、

 今この場で、君を王国中どこにでも、

 どんな部署にでも、異動させることが出来る。」


 サンダースはわざとらしく、

 自分の立場を強調した。


「それゆえ、君に意見される覚えはない。」


 サンダースは敢えて優しく伝えた。


「大変申し訳ありません、

 しかし、無礼は承知のうえです。

 将軍に聞き入れてもらえぬとも、

 自分の立場を失おうとも、

 学校中の教官、ご領主様にかけあってでも、

 あの少年をパイロットにするわけにはいきません。」


 サンダースの脅しに対して、

 レリウスは一歩も引かなかった。


「そこまで言うか…。」


 レリウスの一巻した態度に、

 サンダースは怒りを通り越して、

 可笑しささえ覚えた。


「当然…、

 大尉をクビにすることも、

 できるのだがな…。」


 一歩も退かないレリウスを前に、

 サンダースは笑いながら口ヒゲをなでた。


 二人の間に沈黙が流れた。


「………。」「………。」


 サンダースは机上の煙草に手を伸ばし、

 火をつけた。


 レリウスは黙って、

 サンダースの次の発言を待った。


 煙草を吸い終わると、

 サンダースは沈黙を破った。


「ティターニアのライデンシャフトの腕前を見れば、

 大尉の気も変わるはずだ。」


「それ以前の問題です。」


 レリウスはピシャリと言い放った。


 レリウスの知るリゼル・ティターニアは、

 操縦の機会を自ら放棄する責任の無さに加え、

 体力も気力も未熟で、

 パイロット不適格としか考えられなかった。


「では大尉は、リゼル・ティターニアは、

 一度も操縦席に座ることなくパイロット失格とするのか。」


「はい失格です、

 こちらとしてもチャンスは与えました。

 これ以上在籍させては、

 他の生徒の士気にも影響します。 」


 サンダースは腕を組み、考え込んだ。


 レリウスは、


「将軍、なぜあの少年に、

 そこまで肩入れするのでしょうか?」


 疑問をぶつけた。


「…答える気はない。」


 サンダースは短く返した。


 伝説の英雄がそこまでこだわる、

 リゼル・ティターニアという少年、

 レリウスに大きな興味が湧いた。


(一体、奴はどれほどのパイロットなのだ。)


 レリウスは自身の好奇心と、

 サンダースからの要請を受け、

 ある決心をすることにした。


「将軍がそこまでおっしゃるなら、

 リゼル・ティターニアに、

 ライデンシャフト搭乗のチャンスを与えても構いません。」


「そうか、分かってくれたか。」


 それを聞き、サンダースはホッと胸をなでおろした。


「ただし、条件があります。」


「何、条件だと?」


 サンダースはレリウスの図々しさに、

 呆れるしかなかった。


 そして、レリウスは、

 

「ここで、アリーシャ・レリウスは、

 リゼル・ティターニアとの、

 ”決闘”を申請します。」


 思い切った提案をした。


「”決闘”…だと。」


「はい。」


 サンダースはいきなり決闘と言われ戸惑った。


「確かに、一度でいいから操縦させろと言ったが、

 そもそも決闘の目的は、

 兵士間の争いごとの解決のはず、

 肝心のティターニアはまだ兵士ではないし、

 この問題は両者の争いごとという訳でもあるまい。」


「わかっております。

 しかし、ティターニアも形の上では、

 軍に籍を置いております。

 争点においてもティターニアの今の立場が相応しいかどうか、

 決闘は可能なはずです。」


「間違ってはおらんが…、

 ”決闘”以外の方法で操縦させられんか。」


「この問題に決着をつけるためです、

 ”決闘”以外は考えられません。」


 いつのまにかサンダースが押されていた。


 このレリウスの驚きの提案を、 


「…どうしたもんかの。」


 簡単に受け入れるわけにはいかなかった。


「正式な”決闘”となれば”、

 大尉が負けた場合、

 今の軍での地位だけでなく、

 将来授与されるであろう、

 騎士資格も失うのだぞ、

 それでも良いのか。」


「結構です。

 将軍は自分があの臆病な少年に負けると、

 お考えでしょうか。」


「まったく…えらく強気だな、

 それでティターニアが負ければ、

 転籍ということでよいのか。」


「はい、けっこうです。」


「…もう一度言うが、

 何もそこまでやらなくとも、

 よいのではないか。」


「私が問題視しているのは、

 パイロットの資質についてではありません、

 兵士としての自覚の問題です。

 機兵の操縦が上手ければ、

 それでいいというものではありません。」


「…わかった、

 そこまで言うのなら、

 この”決闘”を許可する。」


「ありがとうございます。」


「今さらだが、その目で戦えるのか。」


「心配無用です。

 ティターニアも隻眼、

 条件は似たようなものです。」 

 

「それで日にちはどうする。」

 

「今日より3日後、聖ニエブの日(祝日)に。」


 この日は奇しくも、

 レリウスのかつての仲間たちの命日だった。









――アルレオン軍学校・リンド・ブルム寮――



 オレはベッドに横たわっていた。


 身体を少し動かすと、

 あちこちに痛みが走った。


 特に肋骨あたりは激痛で、

 きっと折れたかヒビがはいってるんだろう。


 チラッと視線を移した先の右腕には、

 大きな青あざが出来ていた、

 おそらく服の下に、いくつもあるはずだ。


 ふと鬼瓦の顔が浮かんだ。


 思い出したくない顔だった。


「はぁぁ…。」


 オレは大きなため息をついた。

 

 今のオレには愚痴を吐く気力も残ってなかった。


 もう何もかもがどうでもよくなっていた。


 オレはただ天井を見つめ続けた。


 そこへ、寮の管理人のじいちゃんが

 大慌てで軍学校からの知らせを持ってやって来た。


 



 















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