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剣術授業

――午後・軍学校・武道場――



 アルレオン軍学校・昼休み


 新米教官2人が、

 武道場二階に設けられた豪華な一室で、

 せっせと掃除をしている。


「完璧に掃除しろって、急すぎるよ…まったく。」

「ベルディア公が視察で使うんだ、お安い御用。」

「そう考えられる、お前がうらやましい…。」

「黙って手動かせ、生きる伝説、不死身のサンダース・ヒル閣下のためだ。」

「だけどその不死身、ただ授業見るだけだろ。」

「おい、なんだよその言い方、失礼通り越して不敬だぞ。」

「そんなに怒るなって、普通に一般席で見学すればいいだけだろ。」

「ベルディア公には、ベルディア公のお考えあるんだよ。」

「お前…腹減らないの?」

「腹は…減った。」

「オレはこの貴賓席が、憎い。」


 2人はそんな調子で、

 貴賓室の掃除と、

 受け入れ準備を続けた。

 

 パイロット養成特別クラス・リンド・ブルム、

 午後の授業は剣術だった。


 剣術の授業が行われるのは、

 伝統と格式あるアルレオン武道場。


 その闘技場の二階部分に設けられた、

 貴賓室へやってきたサンダース一行。


「このアルレオン武道場は、

 かつてアルレオン領民の娯楽として造られました、

 屋内型闘技場を再利用する形で使用されております。」


 サンダースへ説明したのは、

 ベテラン教員のヤムだった。


「急に授業を見学したいなどと、

 無理を言ってすまなかった。

 それも、出来れば生徒たちに知られたくないと

 注文をつけてしまった。」


「いえいえ、何も問題ございません。

 こちらの武道場の貴賓室は、

 その昔、貴族たちがお忍びでも使えるようにと、

 部屋への導線を含め、

 元々特別な造りとなっております。」


「それは助かる。」


「ですので閣下はお気になさらず、

 存分にご見学下さい。」


 そして、サンダースたちは席に着いた。


「現在、武道場では、

 これから授業を迎える、リンドブルムの学生たちが、

 ストレッチや準備運動を入念におこなっているところです。」


 リンド・ブルム担任のレリウスが状況を補足した。

 

「わしはこのようにな、

 生徒たちの普段通りの姿が見たかったのだ、

 わしが見ておるとわかれば、

 いつもより張りきる者も出てくるであろう。

 それでは真の実力はわからん。」


 サンダースは得意げに語った。


 それを聞いたレリウスは、


(私が鍛え上げたリンド・ブルムに限って、

 そのような者は一人もおりません。)


 と、言いたいところを、

 自分の立場をわきまえ我慢した。


 一方、武道場では、


「運動止め!!」


 級長のリコが全員に向け号令をかけた。


 生徒たちは準備運動を終えると、

 一斉に防具を身に着け、木剣と木盾を手に取り、

 一列に整列した。


 その様子を見守るサンダースの目には、

 ひと際小さな少年の姿が映っていた。


 生徒たちが並ぶ武道場に、

 教官らしき人物が入ってきた。


「教官ザイエル・ククス少尉へ敬礼!!」


 リコの号令に合せ、

 生徒たちは木剣を顔の前で掲げた。


 ザイエル・ククスは現れるとすぐに、 


「乱取り始め!!」


 生徒たちへ指示を出し、

 剣術の授業が始まった。


 サンダースは、


「あの教官だが、

 着任挨拶時に見ておらんな。」


 レリウスへたずねた。


「あの方はこのアルレオンの衛兵長、

 ザイエル・ククス少尉であります。」


「衛兵長…、アルレオンでは、

 現役の兵士が指導教官を務めておるのか。」


 この質問には戦史が専門の老教官ヤムが、


「はい、パイロット候補生にだけ、

 特別な指導をしております。

 これはアルレオンが生んだ英雄、

 リンド・ブルム公の要望であります。」


 答えた。


 続けてレリウスも、


「形だけの剣術ではなく、

 パイロットも一兵士として戦場に立てるようにと。」

 

 補足で説明を加えた。


 それを聞いたサンダースは、


「なるほど、

 アルレオン出身のパイロットが、

 ライデンシャフトの白兵戦に長けておるのは、

 生身の剣術の腕前によるところが大きいわけだ。」


 ヤムは満足気に、


「閣下のおっしゃるとおりです。」


 相づちを打った。


 レリウスは授業の解説を始める。


「授業は主にこの乱取りを中心に行われます、

 形式は、一対一、一対二、二対二、

 複数対複数など、

 より実戦に近い形で進められます。」


 「かなりの激しさだな。」


 乱取り中の生徒たちは、

 本格的な型の構えとは別に、

 打ち込み直後などには、

 肩や足技なども駆使して、

 どのような手段を用いてでも、

 有利な態勢を作り出そうとする気迫を見せた。


 サンダースは生徒たちの戦いぶりに、


「……わしの知る限り、

 他の軍学校のパイロット養成機関では、

 ここまで厳しい剣術の授業はやっておらんはずだ。」


 驚きを隠さなかった。


 リンド・ブルムの生徒たちに課された剣術の内容は、

 授業というよりも、完全に実戦を想定した戦闘術の訓練だった。

 

 厳しい授業に加え、

 サンダースは生徒たちの技量の高さにも驚いた。


 その中で、

 まずサンダースの目を引いた生徒がいた。


「一昨日、式辞の挨拶をした生徒、

 かなり動きがいいな。」


 レリウスは、


「級長のリコ・アフィデリスです。」


 すぐに答えた。


「見るからに、攻守のバランスが良いな、

 相手の攻撃を上手く受け流し、

 その流れで攻撃に転じておる。」


「はい、極力接触は避けつつも、

 間合いが詰まると、

 勢いよく相手の懐に飛び込み、

 強烈な打ち込みを入れております。」


「非力さをスピードと頭脳、

 度胸でカバーしておる。

 一見すると、無謀にも見えるが、

 実によく相手の動きを捉え、

 上手く立ち回っておる。」


「彼女の動きの最大の要因は、

 不断の努力にあります。」


 レリウスは自分が褒められた気分だった。


 次にサンダースは、


「それから、動きがいいのは、

 あのニ人だな。」


 二人の生徒をそれぞれ指さした。


 レリウスは指の先にいる生徒を確認する。


「あれは…、クラヴィッツ兄弟です。

 兄のデュロイ・クラヴィッツは、

 圧倒的な手数で相手の攻撃を封じ、

 反撃をゆるしません。」


「相当な剣さばきだ、

 機先を制し敵の動きを封じるておるか。」


「攻撃が最大の防御となっております。」


「もう一人が弟のトロイ・クラヴィッツ、

 こちらは相手の攻撃を完璧に見切り、

 カウンターで仕留めます。」


 サンダース、


「ほう、弟は敵の動きを見切ってのカウンターか、

 見事なまでの引き付けじゃ。」


 レリウス、


「その動体視力と反射神経は、

 リンド・ブルムでもずば抜けております。」


「その他の生徒達も、なかなかの腕前だ。」


「ありがとうございます。」

 

 しかし、実はこの日一番目立っていたのは、

 級長のリコやクラヴィッツ兄弟ではなかった。

 

 この日、武道場で最も注目を集めたのは、

 ひと際小さな体の転入生リゼル・ティターニアだった。


 それは悪い目立ち方だった。

 

 剣の使い方はでたらめで、

 いいところは全くなく、

 戦いぶりは素人そのものだった。

 

(心配した通りであったか…。)


 あえて、サンダースはそのことを、

 口に出さなかった。


 しかし、貴賓室にいる教官たちは、

 リゼル・ティターニアと、

 この少年をリンド・ブルムへ推薦した、

 サンダース・ヒルへ不信感を募らせた。


 レリウスは、

 

(何故この少年がリンド・ブルムへ編入できたのだ。)


 疑念を大きくふくらませた。


 一方、闘技場では、


 ザイエル・ククスが、


「乱取り止め!!」


 号令をかけた。


 生徒たちは乱取りを止め、

 ザイエルククスの前に整列した。


 ザイエルは、


「そこの小さいの前へ出ろ。」


 リゼル・ティターニアを指名した。


「あの時のボウズだな。」


「…は、はい。」

 

 授業が始まってからいいところ無しの、

 リゼル・ティターニアは力ない返事をするだけで、

 精一杯だった。


「編入先が、まさかリンド・ブルムだったとはな。」


 サンダースはこのやり取りに、

 胸騒ぎがした。


 ザイエル・ククスは、


「しかし、リンド・ブルムの一員であれば、

 こちらも一切手加減はせぬ。」


 一層厳しい態度を見せた。


 ザイエルは級長リコから木剣と木盾を渡されると、


「わしが直々に稽古をつけてやる。」


 リゼル・ティターニアの前に立ちはだかった。


「他の者は見ておれ。」


 武道場の中央で、

 ザイエルとティターニアが向き合った。


 サンダースの目に映る、

 リゼル・ティターニアは明らかに怯えていた。


 ここからスパルタ、という言葉ではすまない、

 鬼のしごきが始まった。


 ザイエルは、

 素人のリゼル・ティターニアへ

 容赦なく打ち込みを入れ続ける。


 サンダースの嫌な予感は的中した。


 腕、腹、足と、

 ザイエルの打ち込みが入る。


 一方的に打ち込まれ続けるリゼル。


 あまりの痛みで気を失うリゼル・ティターニア。

 

 倒れては起こされ、倒れては起こされを

 ひたすら繰り返し、

 目を背けたくなるほど、打ち込まれた。


 サンダースは黙って見守る。


 レリウスは


「将軍、驚かないでいただきたい、

 これはあくまで通常の授業の一環です。」


 平然と告げた。


 サンダースは、


「……そうか。」


 あくまで平静を装う。


 武道場のリゼル・ティターニアは

 なんとか立ち上がるも、

 木剣を構えることは出来ず、

 視線は虚ろだ。


「どうした!!

 まだ休んでよいとは言っておらんぞ!!!」


 それを見た

 ザイエル・ククスは、

 近くに置いてあったバケツの水を、

 リゼル・ティターニアへぶっかけた。


 生徒たちはその光景をただ黙って見ていた。


 貴賓室のサンダースは、


 「見てられんな。」


 そう言いながら、

 部屋を飛び出した。


「将軍、お待ちください!」


 レリウスは後を追った。


(アルレオンには、

 アルレオンのやり方があります!)


 レリウスは複雑な気分だった。


 フロアに降りたサンダースは、


「もうそのくらいにしてはどうだ。」


 二人の間に割って入った。


 意外な人物の登場に、

 ザイエルは驚きを隠せなかった。


「べ、ベルディア公!?」


 伝説の将軍直々の命令とあっては、

 鬼瓦ザイエルはしごきを止めざるをえなかった。


 すぐにリゼル・ティターニアは、

 担架に乗せられ医務室へ運ばれた。


 サンダースは残った生徒たちに向かって、


「皆の剣術の腕前には驚かされた。

 機兵の実機授業が楽しみだ。」


 感想を伝え、武道場を後にした。


 レリウスは覚悟を決めた。


 そして、サンダースの後を追う。


「将軍、あなたは間違っている!」

 















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