臨時休校が明けて
――アルレオン領主・ミルファ・ダリオン執務室――
時おり小雨が舞う、薄暗い朝を迎えた、
フィレリア王国領アルレオン。
領主ミルファ・ダリオンの屋敷は、
昨日の喧騒とうってかわり、
いつもの落ち着きを取り戻していた。
屋敷の使用人たちが各々の仕事を始める中、
若き領主は執務室のソファで、
魔法関係の資料の山に囲まれながら、
昨日の式典で着たドレス姿のまま眠っていた。
そこへ、
「おはようございます、ミルファ様。」
バリトンボイスの執事セバスチャンが、
朝食セットを持って現れた。
「……」
しかし、当のミルファは、
いっこうに起きる気配がない。
その様子にセバスチャンは、
顔色一つ変えず、
「おはよう~ございま~す♪」
チリリリン!!
特大のバリトンボイスと、
ハンドベルを響かせた。
「あ”っ―――!?」
あまりの爆音に飛び起きるミルファ。
「あぁあ…やっちゃった……。」
ミルファは自分のドレス姿を確認すると、
両手で顔を押さえた。
「また…こちらでお眠りですか。」
セバスチャンはミルファへ、
お決まりの小言を漏らした。
当のミルファは悪びれもせず、
固まった体を大きく伸ばした。
セバスチャンはその姿を見ると、
「よい仕事は、よい睡眠からと申します。」
さらに小言を続けた。
「はいはいはい、
わかったわかった、わかりました。
今夜はちゃんと自分のベッドで寝まーす。
だから、いつもの頂戴。」
いつものと言われ、
セバスチャンはティーポットから、
カップへなみなみと紅茶を注ぎ、
ミルファの元へ差し出した。
ミルファはカップを受け取ると、
なみなみと注がれた紅茶を、
一気に飲み干す。
「くぅ~!!
やっぱり利くね、この激渋紅茶。」
「…冷めた紅茶も良いですが、
本来なら温かな紅茶で、
寝起きの身体を温めていただきたいものです。」
「ありがとありがと、
おかげで眠気が吹っ飛んだ。」
相変わらずのミルファは、
セバスチャンの忠告に対し、
まったく気にするそぶりを見せなかった。
「それで、昨夜は何をお調べになっていたのですか。」
セバスチャンは、朝食を机に置きながら、
やれやれといった感じで、主へ尋ねた。
「擬態の魔法、魔術について、
くわしく記されてる書物がないか調べてたんだ。」
「昨日の賊の件ですか…。」
「はぁ、だけど手がかりになりそうなものは、
ほとんどなかったよ。」
「わたくしは魔法については疎いのですが、
変身魔法というのは、
そんなに珍しいのものなのですか。」
「珍しい……か、珍しいっていうより、
現代の魔法体系では、
この天才ミルファ様でも、
まぁ無理なんだよね。
術式も魔力の構成もほとんどわかってないから。」
ミルファはソファに置かれた一冊の古文書を手に取った。
「だけど、ようやく見つけた、
この古い資料によると、
人体の形状変化や変身の魔法は確かに存在した!
とは言っても、
古代魔術の時代までさかのぼるんだけど…。」
「では、昨日の賊はその古代魔術を…。」
「そこなんだよ、
禁忌の古代魔術をどうして使えるのか、
ボクの手に負えないよ。
魔法省のじいちゃんに頼るしかなさそう。」
ミルファは言い終わると、
ソファの上に大の字で寝そべった。
「ミルファ様…、
昨日の賊と関係があるやもしれません、
こちらを。」
セバスチャンは神妙な面持ちで、
上着から一枚の報告書を取り出し、
ミルファへ渡した。
ミルファは上半身を起こし、
報告書を読んだ。
そこには、
屋台の主ヤコフが、
郊外の森で何者かに、
首を切られ殺されていた、
と記されていた。
それを見たミルファは飛び上がり、
「出かけてくる。」
興奮した様子で部屋を飛び出した。
「ミルファ様、その前にお着替えを!」
慌てて後を追うセバスチャン。
「……賊め……、
絶対に許さない!!」
ミルファは怒りに燃えた。
――アルレオン街外れ・廃屋――
アルレオン街外れ、朽ちかけた古民家に、
鷲鼻のマルドックとフードの女の姿があった。
「朝食です。」
女は室内にも関わらず、
フードを被ったまま、
男へ朝食を出した。
パンと野生の果実だけの質素な食事だった。
鷲鼻はその食事を見るや、
「まさか、本当にこのようなボロ家で眠ることになるとはな。」
果実を手づかみのままかじりついた。
「も、申し訳ありません。」
女はすぐさま謝罪の言葉を述べた。
「アルレオン、噂通りだな。」
鷲鼻は言いながら、果実の種を口から飛ばした。
「…先々代の当主、グラック・ダリオンの統治が始まると、
街にあった娼館はすべて取り潰しとなったようです。」
「まったく、つまらんことをしてくれる。」
マルドックは女の腕をつかみ、
強引に自分のそばへ引き寄せ、
乱暴に女の服を脱がした。
――アルレオン軍学校・校長室――
アルレオン新校長に就任した、
サンダース”ベルディア”ヒル中将は、
机に溜まった書類の山を見て、
「やれやれ、とんだ着任祝いだ。」
思わずため息をもらした。
サンダースが
机に山積みにされた書類に目を通すと、
そのほとんどが、
予算関係、施設の改修や増築、
備品の購入、人事についてであった。
サンダースは、
前任のシノム・キモンから
予算の不足分を補うため、
中央軍やダリオン家と会談の必要性が出てくることを、
聞かされていた。
サンダースの脳裏に、
中央軍が推し進めようとする、
軍学校統一カリキュラムが浮かんだ。
サンダースは、
ややこしい政治色の強い書類から、
一旦目を離し、
机の引き出しにしまわれていた、
シノムからの着任祝いを、
少しばかりグラスに注ぎ、
一気にのどの奥へ流し込んだ。
「……ほぅ!
……相当な上物ではないか、
シノムめ…気を使いおって。」
サンダースは一人校長室で豪快に笑った。
そこへ、
「失礼いたします。」
女性秘書官が現れ、
サンダースが頼んでいた、
リンドブルムの生徒名簿を持ってきた。
サンダースは、リンドブルムの生徒たちの
出身や成績、経歴などをじっくりと読みこんだ。
「………。」
読み進むにつれ、
サンダースの表情は厳しさを増した。
「オムル殿の孫を、このアルレオンに入学させたのは、
大きな間違いだったかもしれん…。」
――リコ・アフィデリスの日記――
アルレオン軍学校
パイロット養成特別クラス”リンド・ブルム”
クラス長、リコ・アフィデリス。
彼女は几帳面な性格そのままに、
毎日さぼることなく、
入学以来、その日の出来事や自分の気持ちを
日記に書き記した。
一番新しく書かれた箇所には、
こう記されていた。
”転入生に続き新校長がやってきた、
自分も含めみんな浮足だっているように
思えた数日間だった。
自分のやるべきことに、
もっと集中しなくてはいけない。
私はコネを使うヤツや、
才能だけのやつになんかに、
絶対に負けない!!”




