突然の休日
――アルレオン・ミルファ邸――
城塞都市アルレオンに到着して3日目の朝、
オレことリゼル・ティターニア(ヒビノタツヤ)は、
領主ミルファ・ダリオンの邸宅にいた。
「エレガントに、そうであります!
すべてをエレガントに、であります!」
オレの目の前でいかにも執事といった老年紳士が、
優雅な振る舞いについて、
身振り手振りを交えて力説してくれている。
「は…はぁ…、エレ…ガント…ですか。」
オレはそんなことを言われても、
正直ピンとこなかった。
<今日は執事の勉強なんだ、タツヤ頑張ろうね!>
異世界に転生してから今日まで、
激動の日々を送ってきたオレに、
ようやく訪れた何もしなくていい一日、
そう!本当なら今日は、
こっちの世界で初めての休日になるはずだったのに…。
そんな日の朝、オレはミルファの屋敷へ、
ほとんど強制的に連行された。
そんな訳で、
まったくやる気の出ないオレと違って、
この身体の元々の持ち主、
リゼル少年はやる気満々だった。
(……”頑張ろう”……、
って言われてもなぁ…。)
それに比べ、休日を奪われたオレは、
朝からグチが止まらなかった。
そこへ、
「おぉ、ティターニア!!
なかなか似合ってるじゃん!」
オレを朝から憂鬱にした張本人、
若きアルレオン領主ミルファ・ダリオンが執事室に現われた。
ミルファは、
執事服を着せられたオレを見て、
ニヤニヤしている。
「似合って…ますか、
…それはどうも。」
オレは、ボソボソ声で、
一応ほめられた分の礼を言った。
そんなオレのテキトーな態度を見たセバスチャンは、
「ティターニア殿!いけませんぞ、
従僕たるもの、
返答もエレガントにこなしてこそ、
究極の執事、さらにはその先の高みへと、
昇ることが出来るのであります。」
すかさず厳しい注意を入れてきた。
「べ、別に、オレは究極の執事になりたいわけじゃ…。」
「おっほん、何かおっしゃいましたかな。」
セバスチャンはわざとらしく、
大きな咳ばらいをしてオレを睨んだ。
(まったく、なんで朝から、
こんな目に合わなきゃいけないんだよ…。)
オレのグチは続く。
「まぁまぁセバスチャン、
今日一日の見習い体験なんだから、
ほどほどにしといてあげてよ。」
「ミルファ様、たとえ見習いであっても、
やるからには志を高く持っていただきたい、
私目はそう考えておりますぞ。」
(はぁあぁ…、
寮で至高の休日を過ごしたかった…。)
<またそんなこと言って…。
至高の休日ってさ、
ただベッドでゴロゴロするだけでしょ。>
(………うん。)
<僕は断然こっちのほうがいいな、
知らない世界ってさ、
わくわくするじゃん。>
(ふぅ…超ポジティブ少年には、
オレのような大人の楽しみは、
まだ理解できないか…。)
<はいはい。>
サンダースのおっさんが校長として赴任した次の日、
オレは朝からいきなりミルファの屋敷に連れてこられ、
かっちりした執事服を着せられて、現在に至る。
ミルファはミルファで、
「どうせ、寮にいたってすることなかったんでしょ、
これも社会勉強だよ、社会勉強。」
笑ってオレの背中を大きく叩いた。
「じゃ、セバスチャンあとはよろしく。」
そう言うと、ミルファはそそくさと部屋から出て行った。
部屋に残されたオレと老執事セバスチャン。
セバスチャンはオレの目をしっかり見つめ、
「ではティターニア殿、
式典の準備を始めるとしましょう、
レッツビギンですぞ!」
朗々としたバリトンボイスが部屋中に響いた。
――ミルファ邸・廊下――
<執事とか従僕ってさ、どんなことするんだろ?>
リゼルがオレにたずねてきた。
(さぁ…、何となくはわかるけど、
まぁ、とにかく主に仕えればいいんだろ。)
<なにそのテキトーな答え。>
(だって詳しく知らないんだから、
しょうがないだろ!)
オレたちはこんなやりとりをしながら、
セバスチャンの後をついて行った。
「では、まずこちらから始めていただきます。」
老執事に案内された先には、
大きな鍋や、フライパン、
初めて見る調理器具に、
大きな流し台、
中央にあるテーブルには、
大量の食材が並んでいる。
オレが案内された場所は、
この屋敷の厨房だった。
「ティターニア殿には、
まずこちらでのお手伝いをお願いいたします。」
(て、手伝い…、厨房で…。)
<執事ってこんなこともするんだ。>
(いや、普通しないと思うんだけど…。)
厨房の中央で作業している、
ふくよかなおばちゃんがオレたちに気づいた。
「ちょうど良かったよ!
急なパーティーの準備で、
こっちは大忙しなんだ。
人手はあるにこしたことないさね。」
おばちゃんは豪快に肉をさばきながら、
手伝いに来たオレを歓迎した。
「あらまぁ、
よく見たらかわいい坊やじゃないか、
よろしく頼むよ。」
おばちゃんは一切手を止めることなく、
しゃべり続けた。
「それとセバスチャン、
例の料理の手配はどうなったんだい?」
「その件ですが、
昨日から何度かこちらから使いの者を、
店へ送ったのですが、
店は休業状態、
店の主とも連絡がつきませんでした。」
「そうかい…、
休業なんてどうしちまったんだろうね、
あたしの知る限りじゃ、
新年や感謝祭の時ぐらいしか、
休まなかったはずなんだけどね、
しかも不在なんだろう。」
「いや、その点につきましては、
気になることがありましてな。」
「どういうことだい?」
「使いの者の話によりますと、
二階の住居に、
人の気配がしたというのです。」
「居留守ってことかい…?」
「それは、こちらでは何とも言えませんな。」
「せっかくならベルディア公に、
この地方の名物、
若翼竜の料理を召し上がってもらいたかったねぇ。」
(若翼竜…?
翼竜…ってドラゴンのこと?)
<うん、こっちの地方の名物なんだって。>
(あっ、広場前で食べたアレだ!!)
<いいなー!>
オレはミルファに会う前に、
屋台で食べた味を思い出した。
「若い翼竜の新鮮かつ上物ってのは、
中々手に入らないから、
今回はあきらめるしかないね。」
「非常に残念でございます。
ミルファ様も楽しみにされていたのですが。」
「その代わりに、
とびきりの鹿肉と猪肉を用意させたよ。」
おばちゃんがさばいているのは、
きっとその肉なんだろう。
「では、私めはこのあたりで失礼して、
自分の仕事に戻ります。」
セバスチャンはバリトンボイスで告げると、
厨房を出て行った。
オレが手伝うことになった厨房では、
おばちゃん以外にも、
若いスタッフたちがせっせと働いていた。
オレは若いスタッフに指示されて、
見上げるほど山積みになった芋の前へやってきた。
芋の前に一本のナイフが置いてある。
(も、もの凄い量の芋なんですけど…。
それをこの小さなナイフで…?
ピーラーは…)
「皮むき、それ全部お願いするよ!」
(芋の皮むき!?
…っていうかオレ、
包丁だってろくに使ったことないし…。)
<芋の皮むきなら任せてよ!
家では僕の担当だったんだ!!>
(マジで!?
助かった、ありがとうリゼル!!)
オレは心からリゼルに感謝の念を送った。
そして、オレはリゼルの記憶をたどり、
芋の皮むきの経験を体に呼び戻した。
そして、試しに芋を一つ手に取った。
ナイフを持つ手が自然と動く。
「リゼルすげーよ!
芋の皮が超高速でむけてる!!」




