アリエス一行の調査 3
――シャペル村付近の森の中――
王国軍中将サンダース・ヒルの足取りを追い、
シャペル村付近で調査を行う、
王国親衛隊隊長アリエスとその一行。
曇天の夕刻、彼女たちは村の近くにある森に入り、
そのまま夜を迎えた。
夜の森で野営をする一行に、
森の獣たちの鋭い牙が襲い掛かる。
獣たちに襲われ負傷した仲間を前に、
アリエスとカイルは懸命の反撃に出る。
アリエスは上着の中から、
筒状のアンティークを取り出すと、
「カイル、受け取れ!」
カイルへ向かってそのアンティークを投げた。
多勢のダークウルフを相手にしながらも、
カイルはいとも簡単にキャッチした。
「…………!?」
受け取った物を見た瞬間、
カイルの表情がひときわ険しくなった。
カイルは手にしていた剣を手早く鞘へ納め、
地面へ置いた。
そして、両手で筒状のアンティークを握りしめ、
「はぁーーーーーーー!!!」
渾身の力を込めた。
「万物を凍らせよ…永久凍絶!
”氷槍レ・アーダス”!!」
カイルの掛け声に呼応するように、
筒状のアンティークは強烈な光を放ち、
瞬く間に壮麗な槍へと姿を変えた。
狼たちは怪しく光る物体を前に、
本能的に距離を取った。
アリエスはその様子を見ながら、
(頼むぞ、王国一の槍使い…!)
腹心の部下カイル・ラドニックへ命運を託した。
氷槍レ・アーダスが放つ光がおさまると、
ダークウルフたちは再びアリエスたちに襲い掛かった。
突撃してくるダークウルフめがけ、
カイルは無慈悲に鋭い刺突を繰り出した。
レ・アーダスの刺突を受けたダークウルフたちは、
飛び掛かったそのままの姿で、次々と凍りついた。
「カイル!!あと少しじゃ早う始末せい!!」
さっきまでルカの治療に当たっていたアリエスも、
立ち上がり、剣を取ってダークウルフを追い払っている。
「…わかりました。」
カイルは自らに言い聞かせるように小さな声で返事をすると、
自ら残ったダークウルフへ突っ込んでいった。
そして、槍を変幻自在に操り、
残った灰色狼たちを確実に仕留めていった。
カイルの周囲には、
氷漬けになったダークウルフの山が築かれた。
アリエスは慎重に周囲を見渡し、
「すべて倒したぞ!」
自分たちの勝利を宣言した。
すべての狼を始末したカイルは、
一息つきながら手にした”レ・アーダス”を見つめ、
「……よくぞ、
”レ・アーダス”持ち出し許可をお取りに。」
アリエスを称えた。
「…許可…か…、
そんなもの…取っておらん。」
アリエスは開き直って答えた。
「…な……何てことを、
無断で”宝遺物”を持ち出したのですか…。」
「今はそんな事を話しておる場合ではない!!
急ぎ少尉に治療を受けさせねばならぬ!!」
「確かに、そうですが……。」
アリエスは不満げなカイルを無視して、
「急ぎ森を出るぞ!!」
ルカ少尉の傍へ戻った。
ゴフウウウウウ!!!!!
その時、森全体が揺れるほどの大きな風が吹いた。
森が揺れている。
そして強い風にまじり、
『よくも…我が同胞を…無残な姿に……、
お前たち…生きて森を出られると思うな。』
不気味な声がアリエスたちの足を止めた。
「…今度は…何が起こるのじゃ…。」
アリエスはうんざりしながら呟いた。
さらに、風が強く吹いた。
強烈な風が吹き去ると、アリエスたちの目の前に
人間の背丈をはるかに超える、巨大な狼が現れた。
アリエスは、
「な、なんと…大きな狼じゃ…。」
驚きを隠さなかった。
「…伝説の大狼…フェンリル。」
いつも冷静沈着なカイルでさえも驚いていた。
「フェンリル…じゃと?」
アリエスが反応すると、
カイルよりも先に大狼が口を開く。
「貴様らのような小さき者が、
勝手に我をその名で呼ぶ。」
「あの風にまじって聞こえた声は…、
こやつの声か…。」
「まさか…本当に実在するとは…。」
アリエスたちにとって信じがたい光景だった。
「覚悟せよ!!」
フェンリルがアリエスたちに襲い掛かる。
「殿下おさがり下さい!!」
カイルはフェンリルの前へ踏み出し、
レ・アーダスを構え直す。
フェンリルはその巨体に似合ぬスピードで、
カイルへ突進し、鋭い牙をむいた。
フェンリルは鋭い牙に加え、
凶暴な爪をカイルへ向け振りかざした。
カイルはレ・アーダスを操り、
フェンリルの攻撃を防ぎ、
「スピード、パワー、
どちらも狼たちを凌駕しますか…、
しかし、こちらも負けるわけにはいかないのですよ!!」
巧みな槍技でフェンリルの身体を凍らせていった。
フェンリルの身体の大半が凍ったところで、
カイルは攻撃を止めた。
カイルはフェンリルに向かい、
「その体で…、まだ戦いますか。」
降伏を促した。
アリエスはカイルが肩で息をする姿を、
初めて見た。
フェンリルは消耗したカイルに対し、
「…ハハハハハ、
フハハハハハハハ!」
高らかに笑った。
「何がおかしいのです!」
カイルはフェンリルの余裕ぶりに苛立った。
「この程度で勝ったと思うたのか。」
次の瞬間、
フェンリルの身体を覆ったすべての氷が、
いとも簡単に砕け散った。
「………。」
カイルは言葉を失った。
「殺す!」
再び襲い掛かるフェンリル。
その凶暴な牙と爪を振り払い、
槍技を繰り出すカイル。
「くっ……!?」
しかし、凍らせても凍らせても、
氷は簡単に砕け散ってしまった。
カイルの劣勢は明らかだった。
「何故です……、
燃え盛る炎ですら凍らせるという、
このレ・アーダスが通用しないとは…。」
動揺するカイル。
フェンリルはそんなカイルに構うことなく、
巨体を飛ばし鋭い牙と爪を向ける。
フェンリルの爪が迫った瞬間、
カイルはとっさにレ・アーダスを引き、
左腕に大狼の爪をかすらせた。
「うぐっ…!!。」
あたりにカイルの鮮血が散った。
それを見たアリエスは、
「何をしておる!!気でも触れたか!!」
大声で叫んだ。
爪がかすっただけで、
カイルの左腕の制服はズタボロになった。
左腕には爪で付けられた傷の他に、
無数の傷が一瞬で刻まれていた。
「……なるほど、
そういうことでしたか…。」
カイルは一人で納得した。
フェンリルは立ち止まり、
「ほぅ、ようやく観念したか。」
次の攻撃でとどめを刺すつもりでいる。
カイルは話し続けた。
「体中に無数の風を纏い、
その風でレ・アーダスの凍気を弾き、
凍結を表面だけにとどまらせたわけですか。」
「そのとおりだ。」
「風は敵の攻撃を弾き、
触れた物を切り刻む、攻防一体の風…。」
からくりを見破ったカイルであったが、
すぐに対策を思いつくわけではなかった。
「殿下……申し訳ありません。
どうやら勝ち目はなさそうです…。」
カイルは追い込まれた。
沈黙が生まれると、
大狼の巨体はゆっくりと動き出し、
狙いを定め速度を上げた。
「カイル――――!!」
アリエスの叫びが虚しく響く。
フェンリルが大きく飛びあがった、
その瞬間、
バリバリバリバリバリ!!!
天からの閃光が闇を切り裂き、
フェンリルの巨体へ命中した。
「……!?」「……!?」
フェンリルはその場に倒れ、
ピクリとも動かなくなった。
「し……死んだのか。」
アリエスはルカの手を強く握った。
「不自然な……落雷……。」
カイルはこの状況をうまく整理出来なかった。
「風が止んでおる…。」
アリエスはつぶやいた。
「…確かに…止んでいます…。」
カイルもまた、
先ほどまで吹き荒れていた風が、
止んでいることに気づいた。
カイルはフェンリルの状態を確かめようと、
ゆっくりと近づいた。
————カッ!!!!!
「…うっ…!眩しい…。」
今度はカイルたちの前に、
まばゆい光球がいくつも出現した。
あまりの眩しさに、
視界を奪われた二人だったが、
時間の経過とともに、
徐々に視界は元に戻った。
再び視界を得た二人の目に映ったのは、
フェンリルの傍を取り囲む、
フードを被り見慣れぬ衣装に身を包んだ、
人間たちの姿だった。




