終わらない恋 side David
デイヴは久しぶりにアルフィーの家を訪ねた。
子供の頃から出入りしているので、デイヴの事を知っている護衛官達は特に警戒する事なく通してくれる。玄関に辿り着いたデイヴはインターホンを鳴らした。
「デイヴ」
「よう」
顔を出したのは幼馴染で、デイヴは軽く手をあげると家の中に入れてもらった。
アルフィーの部屋で仕事がどうとかそんな話をしてから、デイヴは慎重に口を開いた。
「この前、エラと映画観に行ってきた」
「ふぅん。何の映画?」
元彼女の話をする事に拍子抜けするほど幼馴染の態度は変わらない。
タイトルを教えて感想を言うと、俺も観に行こうかな、とアルフィーが呟く。
エラには「最近会っていない」と言ったが、実は定期的にデイヴはアルフィーに会っている。
ーーーだって心配だから。
エラと別れたと聞いた時には理由も言わないし、理由が気になってエラに電話すれば彼女も理由を言わなかったが、電話口で泣き出してアルフィーに振られたとか言うからつい幼馴染に怒って殴るという暴挙に出てしまったが、考えてみればこの幼馴染が何の理由もなくエラを振ったり、泣かせたままでいるとは思えない。
だからきっと幼馴染なりに思うところがあるのだろう事は分かる。伊達に幼馴染なんてお互いに言ってない。
きっとまた、この幼馴染は何かを我慢しているか、諦めたかしたのだ。昔から彼は我慢強いし、体裁のために何かを諦めがちだ。
たぶん今回はエラを諦めた。
怪我をさせてしまったから?それともエラの家族に何か言われたのか?王族が関係してるのか?
分からないが、ただ知っているのはエラが寂しそうな顔でアルフィーを待ち続けている事と、エラを振ったと言った目の前の幼馴染が大切そうに彼女にもらったピアスに触れている事、それから幼馴染の態度が硬化している事。
どうしたら前のように二人は笑い合ってくれるだろうか。
不意にざあ、と水音が響き、アルフィーの背後に悲しみに暮れた顔の水の乙女が現れた。
《デイヴィッド、私のこの子を助けて》
助けてと言われても…。
デイヴは途方にくれた。
助けられるならとっくにそうしている。
でも水の乙女が悲しそうな顔をしているので、何もしないのも気が引ける。
「…お前、本当にこのままでいいのかよ?」
結局、口から出たのはそんな言葉。
「何が?」
幼馴染の態度はやはり会話の前後で変わらない。
エラとこのままでいいのか、とか、エラや水の乙女が泣いてるとか、何でエラを諦めたのか、とか。
聞きたい事、ぶつけたい質問が沢山あるはずなのに。
「………何でもない」
結局口から出るのはそんな言葉だった。
聞きたい事が上手くまとめられない口下手な自分が嫌になる。
しばらく二人の間を沈黙が支配する。
ふとエラがデイヴにした質問が頭をよぎった。
本当にただよぎっただけだが、この質問への答え次第で幼馴染の考えている事が分かるかもしれない。
「……アルフィーが死ぬ前にやりたい事って何だ?」
「突然だなぁ。映画に毒され過ぎだろ……死ぬ前にやりたい事ねぇ……」
窓の外を見つめた幼馴染の緑の瞳が日の光で僅かにきらりと光る。
まるで泣くのを我慢しているようだ。
ーーー昔からこの幼馴染は大事な時に感情を表に出さない。ただ静かに内側に溜め込んでいく。
溜め込み過ぎて、危うい時期が数回あった。そのたびに水の乙女がさめざめと泣いていた。
デイヴにしか見えないその姿は幼馴染の代わりに泣いているようで、未だにデイヴはどうすればいいのか分からない。
ただ幼馴染を訪ねるようにはしている。
デイヴの特殊な能力を最初に受け入れてくれた友達だから。
「黒猫を飼ってみる、かな」
「猫?」
「ああ。可愛いだろ、猫。デイヴは?」
「え?…俺は……テニスの世界大会を観に行く」
「デイヴらしいな。最近はテニスやる暇あるのか?」
「あんまり。……今度付き合え」
「俺とやっても毎回お前が勝つだろ。お前、運動神経抜群だし」
適当に話をしてデイヴはアルフィーの家を出た。
実家までの道を歩いていると優雅に闊歩する猫を見かけ、デイヴはさっき一瞬疑問に思った事を思い出した。
アルフィーが死ぬ前にしたい事。
……何で猫を飼う?
しかも黒猫と指定付きだ。
何で黒猫?あいつ猫派だったっけ?……猫派だわ。妖精だと気付かずに猫を可愛がっていたな。フィンって名前まで付けてたし……。
……じゃなくて。
うっかり過去の回想に囚われかけてデイヴは頭を振る。
何で黒猫なんだろう。
白や茶色ではなく黒。
色を思い浮かべたら…はたと気が付いた。
ーーー黒猫は。
「………あの馬鹿」
弱音ならもっと上手く吐け。
やりきれなくてデイヴは溜め息をついた。
というわけで、最後はデイヴでした!
明日からはまた17時のみの投稿になります。




