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終わらない恋 side Ella 2

 何とか取材を終えて閉店まで働いた後、エラはダスティンに連れられて小さなカジュアルレストランにやってきた。

 その店は観光街の方にある店で、小さな店内は木目が柔らかい雰囲気を醸し出し、心を落ち着かせる観葉植物が配置されている。

 エラはダスティンと奥の四人がけの席に通されて、向かい合わせに座った。

 でも座る時にダスティンがエラの着席を先に促して待ってくれたのは意外だったが、よくよく考えたら以前のダスティンは女の子に自ら声を掛けていたくらいだから、アルフィーほどではないにしてもレディーファーストの精神があるのだろう。

 二人でメニューを開くと、ダスティンがおすすめ教えてくれたのでエラがそれにすると言うとダスティンが注文し、更にチーズケーキも頼んでくれた。

「え」

「食べるだろ?」

「う、うん」

 思わず瞬きをしてしまったのを誰もが咎められないと思う。

「……何、都会の男の人ってみんなこうなの?」

「何が?」

 つい疑問を口にしてしまい、それを耳にしたダスティンが不思議そうに瞳を瞬いたので、エラは何故か居心地が悪くて首を竦めた。

 だって、今までこういう扱いをしてくれたのは。

「………エ、エスコートよ…何でできるの?普通できるものなの?」

 気恥ずかしくて小さな声で尋ねたエラに、ダスティンは目を瞬いてから困ったように首を傾けた。

「できるっていうか……普通は年齢重ねればある程度できるようになるだろ?周り見てればさ」

「ええ?そういうもの?」

「そういうものじゃないか?エラだって、もし隣りに子供がいて、子供が重たい荷物持ってたら代わりに持つくらいするだろ?」

「うん……え、そういう事?」

「そりゃあそうだろ。男と女なら普通は男の方が力強いし、隣りの女が重たそうな荷物持ってれば代わりに持つさ。ディナーレストランとか行けば、周りの男が女をどう扱ってるかも見えるし……そうやって周り見てればある程度はエスコートも覚えるよ。アルフィーみたいに完璧なのは無理でもさ」

 アルフィーの名前が出てエラは少しだけ顔色を変えた。

 それを目敏く見つけられて、ダスティンはくっくと笑いを噛み殺した。

「どうせ、俺はできないと思ってたろ」

「………ごめんなさい」

 つい正直に謝ると、ダスティンはあっさり許してくれた。

「いいよ。まあアルフィーはなぁ、育ちが育ちだからできても当然なのかもしれねぇけど……エラに絶対車道側歩かせなかったし、車で迎えに来ると間に合えば必ずドア開けてたし……あれはすごいわ。俺も気が回ればできるけど、あれを毎回は無理」

 久しぶりにアルフィーの話題が良いもので、エラはつい微笑んだ。最近はみんなエラの前ではアルフィーの話題に触れないか、触れたとしても忘れろとか消極的だ。

「…うん。私、エスコートなんてされたのアルフィーが初めてで、最初の頃は全然気が付かなかったの。だから気付いた時はすっごい恥ずかしかったわ。アルフィーはケロッとしてるんだけど、私ばっかり慣れなくて……何回か揶揄われたもの」

「初めて?」

「田舎ではそんな事してくれた人、いなかったから」

 出会ったばかりの頃を思い出して、久々に優しい気持ちになる。失恋してからずっとアルフィーの話題は痛みを伴って、エラの心をぐずぐずにしてきたが、今は三年前を思い出して懐かしさを感じる。

「田舎だから、ねぇ…エラが鈍感なだけじゃないか?」

「うーん……私、自分で言うのもあれだけど、魔石に夢中だったから…男の子とデートとかした事なかったし、恋人なんてアルフィーが初めてだったし……鈍感なのは否定しないけど」

「ふーん。なら俺はエラとデートした二人目の男って事だ」

「ええ?やだ。これ、デートじゃないでしょう?」

「えー?男と女が二人で出歩いたらデートだろ」

「…そうなの?」

 思わず焦る。

 デートなのこれ?

 待って。ダスティンは悪い人じゃないけど同僚だし、恋愛感情なんてない。デイヴと同じ、友人枠だ。

 というか、エラはまだアルフィーを忘れたくない。他の誰ともデートなんてしたくない。

 別に誰に対しても後ろ暗い事なんてないはずなのに焦る。

 どうしよう。異性と出歩いたらデートだなんて思わなかった。だってデイヴと映画行く時は………。

 そこまで考えて、エラは眉を寄せた。

「……いや、やっぱり違うでしょ?それじゃあデイヴと映画行くのもデートになっちゃうじゃない」

「ははは!エラって本当に素直だよなー。すぐ人の言う事信じるんだからさ」

「もー…私、田舎娘なんだからあんまり揶揄わないで!」

 揶揄われたのだと気づいてエラはつい唇を尖らす。

 ダスティンが可笑そうに笑った所で、料理が運ばれてきた。

「ほらほら食べようぜ。取材、お疲れ様」

 明るくダスティンが言い、エラも労を労い返す。

 二人でお喋りをしながら食事をしていると、以前はエラに忘れろと言ったはずのダスティンは何度かアルフィーについて尋ねてきた。

「話戻すけどさ、実際アルフィーってエスコート上手かったのか?」

「それ私に聞く?大体、ダスティンだってさっき完璧だったって言ってたじゃない」

「完璧とは言ってないけど……エラ目線でいいからさ。どうだったわけ?」

「ええ?うーん……私の鞄はともかく、荷物は毎回奪われてたわね。ドアも大抵アルフィーが開けててくれたし」

「ほうほう」

「ゾーイさんも褒めてたし……あ、トレーラーパークで船のアトラクションとかは乗る時は絶対に手を貸してくれた」

「あー…そういうのがスマートにできると女にモテるんだろうなぁ」

「あとは……何だろう…あ、魔法!魔法得意だったから、いつも快適に過ごせるようにしててくれた」

「それは俺には無理。他は?」

「えー…まだ?…他……何だろう…………私より後に着席するとか?あ、歩幅も合わせてくれてた。それに女性をエスコートする時って手を持つじゃない?あれ、握っちゃだめなんだって。添えるだけが正解みたい」

「マジ?」

「ネット知識だけど。でも確かにアルフィーは手を握るって感じじゃなかったわ」

 久しぶりにアルフィーの話を気兼ねなくしている気がした。

 それが何だか嬉しくて、エラはペラペラとアルフィーとの思い出を話した。

 もちろん仕事とかプライベートな話もしたけれど思わず楽しい時間を過ごせたし、デザートのチーズケーキも絶品で大満足だ。

 最後のチーズケーキを口に運ぶと、別の席に座る女性グループの一団がダスティンを見ている事に気がついた。向こうはエラに気がつくと慌てたように視線を逸らす。

 モテるなぁ。

 エラは目の前の男を見た。

 染めたダークブロンドは無造作にしているように見えるのにしっかり整えられていて、甘めの顔立ちなのにウルフアイの瞳は少しキツイ印象があって、それがダスティンの男性らしさを引き立てている。仕事終わりにそのまま来たので服装はシャツに綿パンツと定番だが、手首にはブレスレットをつけていて、おしゃれな男性だと思う。たぶん、エラの周りにいる男性の中で一番おしゃれに気を遣っているのはダスティンだ。女性から秋波を送られていてもおかしくはない。

「見られてるわよ」

「ん?何が?」

「左後ろの女の子達に」

 伝えるとダスティンが後ろを振り返り、女の子達と目が合ったようだ。

 軽く手でも振るかと思ったのに、ダスティンはそのまま何もせずにエラに向き直った。

 その態度が意外で、エラはくすくす笑った。

「フランマに来たばかりのダスティンなら絶対に声掛けに行ってたわよね」

 ついついふざけて言ってしまうと、ダスティンが半眼になった。

「あの頃の話すんなよなー……今は真面目に働いてるだろ」

「うん。でもどうして真面目に働く気になったの?」

 そういえば聞いた事なかった。

 いい機会だから尋ねると、ダスティンは少しだけ頬を染めてそっぽを向いた。

「……別に。エラや叔父さん見て、真面目に働こうって思っただけだよ。最初は石なんかに向き合ってにこにこしてるエラがキモかったけど」

「あ、酷い」

「でも今は何となく気持ちが分かるよ。まだ魔力付与がまともにできるくらいだけど、石の魔力が感じ取れるの楽しいわ」

「でしょう?」

 大好きな魔石の話題についにこにこしてしまう。

 同時に最初の頃と今のダスティンを比べておかしくなる。

「ふふ。最初はダスティンのこと、何て不謹慎なナンパ野郎だって思ったわ」

「デショウネ」

「実際、今まで何人と付き合ったの?」

「えー?それ聞くのかよ……何人だったかなぁ…」

 ダスティンは宙空に視線を向け、手を動かした。

「最短二週間の彼女も含めると…五人?」

「多っ」

「いや普通だろ。俺、二十七だぜ?エラ、二十三か四だろ?その歳までアルフィー以外と付き合った事のないエラの方が珍しいわ」

「……うるさいわね。どうせ魔石馬鹿よ」

「どーせ初めてもアルフィーにやったんだろ?」

「ちょ……!そ、そういう話題やめて!」

「初心だなぁ」

 真っ赤になってダスティンに抗議するとダスティンが面白そうに笑った。

「絶対にこういう話題苦手だと思った」

 思ってたなら振らないでよ。

 羞恥を落ち着けようと引き結んだ唇から文句が飛び出そうになるが、藪蛇になりそうなので何とか我慢する。これ以上この話題は無理だ。

 っていうか、こういう話題を食べ終わっているとはいえ食事の席でしないでよ!

 心の中で文句を連ねるが、さっきの態度で色々とモロバレだと気がついて、益々恥ずかしくなる。

 そんなエラの羞恥には気付かずにダスティンが水を飲み干した。

「んじゃ、そろそろ帰るか」

「……そうね」

 赤い顔のまま無愛想に答えると、ダスティンがそう怒るなって、と笑った。怒らせたのそっちの癖に。

 でも食事自体は楽しかった。

「楽しかった。今日はありがとう」

「どーいたしまして。家まで送るわ。この辺、観光街だからあんまり治安良くないし」

 レストランからアパートまではダスティンが紳士的に送ってくれた。

 また明日と挨拶して別れ、エラはアパートに入っていく。昼間の取材は大変だったが、夕飯は楽しかった。

 ベッドの横に置いてある映画に出てくる猫のぬいぐるみを取り上げると、ぎゅう、とぬいぐるみを抱きしめて寝転がる。トレーラーパークでアルフィーが買ってくれたぬいぐるみだ。

「ふふ、久しぶりにアルフィーの事話した気がするわ」

 ごろごろと転がりながら優しい思い出に想いを馳せる。このベッドに二人で並んで寝た事も、まだそういう関係まで発展してない時にソファでどちらが寝るか争った事も、一緒に料理をした事も、映画を観た事もあった。このアパートにはささやかな思い出が沢山あり過ぎる。

 スマホを鞄の中から取って、二年前の写真を呼び出す。

 旅行で撮ったアルフィーとのツーショット。

 穏やかに微笑む記憶の中の彼と何も変わらない。

「………アルフィー………………会いたい……」

 ダスティンに色々話したせいだろうか。

 無性に寂しくなって、エラは貰ったぬいぐるみを抱きしめながら、そっと涙を流した。





 取材を受けた翌日、夕方の情報番組で魔石工房フランマが流れた。

 取材時間は数時間がかりだったのに、流れたのは十分くらいで、でも上手にまとめられていた。さすがプロだ。エラのインタビュー映像も色々失敗したけれど、ちゃんと上手に答えられた所だけが流れた。

 エラは流れた映像をフランマでルークやダスティンと見た。

 一応、両親にも知らせておいたので両親も同じ番組が故郷で映れば見れるだろう。

 そしてフランマがテレビに出た事で、エラはしばらく知り合いに会うたびにその話題にされた。

「エラ、とっても美人に映ってたじゃないか!ココア、サービスしてあげるよ!」

 ゾーイ&ネイサンの店に行けば、ゾーイがココアを無料でくれた。

『エラ!テレビに出てたじゃない!どうして教えてくれなかったのよ!』

 首都にある軍本部で働くエレノアからは電話がかかってきた。教えてないのに何で気づくのよ。

『あら、知らないの?あの時間、あの番組が一番視聴率いいのよ?』

「うええ……」

『たぶん高確率で見られてるわよ』

 エレノアの言った通りで、なんと故郷の友人数名からも「あれ、エラよね?」とメールや電話がかかってきて、久しぶりの会話に花が咲いた。

 両親からももちろん褒められた。特に父は大袈裟でちょっと鬱陶しかった。

 そしてテレビ効果もあり、魔石工房フランマの繁盛ぶりは続いた。

 エラは嬉しい悲鳴をあげる店で精力的に働いた。





 放送を見たのはエラの知り合いだけではない。

「………見つけた」

 もう二度と寄せたくない縁も引き寄せてきた。 




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