終わらない恋 side Ella 1
エラは予定していた十日間の帰省を四日に短縮してゴブランフィールドに戻っていた。
両親やレーナにはもう帰るのかと散々言われたが、ゴブランフィールドで友達と遊ぶ約束があるからと大嘘をついて帰ってきたのだ。
もちろんそんな約束はない。
フランマが再開するまで、エラはダラダラと日々を過ごした。
そして夏が終わる頃、フランマの営業再開と同時に店は姦しく、そして賑やかに繁盛した。毎年恒例の新学期に合わせて大学生やその親が安全の為に買って行く時期に入ったのだ。
「すみませーん、この姿隠しの魔石について聞きたいんですけどー」
「はい、伺いますね」
「あの、お会計……」
「エラー!会計!」
「はいはーい!」
エラは工房と店を行ったり来たりしながら仕事をしていた。
訪れる客に商品説明をして、質問に答えて、魔石のストックが無くなりそうだとルークに言われて慌てて魔力付与をして、ある程度まとまったら日光干しをして、そうしたら下からダスティンに呼ばれて会計に入る。
おかしい。例年はこんなに忙しくない。魔石のストックが尽きかけるなんて初めてだ。
「何で今年はこんなに忙しいの…!?」
「あ、やっぱり忙しいよな?去年、こんなに忙しかったっけ?ってずっと思ってた…」
「……疲れた」
フランマの二階で三人で伸びる毎日だった。
何故こんなに繁盛しているのか。
首を傾げつつも、千客万来は喜ばしい事ではある。毎日来る沢山の客を相手にしながら、エラは必死に働いていた。
やっと繁忙期が終わったと思っても今度はオータムフェスティバルがやって来て、また例年以上の客がやって来た。
エラもダスティンも店に出突っ張りで、ようやく客足が落ち着いたのはオータムフェスティバル最終日の花火が始まる直前だった。
「あー疲れた!もう花火始まるじゃん」
「駆け込みで買っていく人、多すぎ……」
「でもエラが考えた魔法の杖は女の子に受けてたな」
「今年は可愛いデザインにしたからねー」
ぐったりとレジカウンターに突っ伏す。
でも昼間に沢山の女の子が親に強請って花火の魔石を付けた魔法の杖のおもちゃを買っていくのはちょっと嬉しかった。ワクワクした顔で夜に花火を上げるのだと語っていて、エラは楽しんできてね、と何回言った事か。
そんな顔を見て思い出した。
レジカウンターに突っ伏した頭を上げて、じっと開くことのないフランマの扉を見つめる。
ーーーこんにちは。
いつかのようにフランマの扉が開いて、優しい瞳がエラを捉えてくれる事を夢想する。
ちょっとだけ期待してた。だって二回も一緒にいって、二回とも花火があげられなかったから。
もしかしたら今年は花火を上げようって来てくれるかもって。
…………馬鹿みたい。
「……………待ったって来ないのにね」
だって別れてから二回目のオータムフェスティバルだ。去年来てくれなかったのに今年に来てくれるはずもない。
小さくぽつりと呟いた言葉は外の花火の音に掻き消えた。
「うわ、花火始まった。エラ、花火するか?」
ぼんやりしていたら、ダスティンが声をかけてきた。
現実に引き戻されたエラは少しだけ笑った。
「疲れたから、いい」
「ま、確かに疲れたよなー」
てっきりダスティンは花火を上げるのかと思ったが、彼は外の花火を店の中から見上げた後は閉店作業を始めた。
「おい、店閉めるぞ……って、もう作業してんのか」
「店長」
「してるよー、叔父さん」
「ならさっさと終えるぞ。さすがに疲れた」
ふう、と溜め息をつくルークは本当に疲れているようだ。
三人で重い体を引きずって閉店作業を終えると、まだ祭りの余韻が漂う街の中を帰っていく。
祭りの余韻はエラに待ち人が来ない寂しさを連れてきた。
もう二度とエラの前に姿を現さないだろう事を本当は分かってる。
でもまだ認めたくない。
「まーたアルフィーの事考えてんだろ」
横から突然核心を突くような言葉をかけられて、エラは思わずびくりと肩を跳ねさせた。
いつの間にか足を止めて妖精の月を眺めていたらしい。ダスティンが呆れ顔で隣りにいた。
「……何で分かったの?」
「そんな顔してた」
どんな顔よ。
そう突っ込みたかったが、アルフィーによく顔に出ると言われたので、たぶん分かりやすいんだろうと納得する。
「振られたって言うなら、さっさと忘れろよな。あんな薄情な奴」
「……………うん」
エラを励まそうとしている言葉なのは分かっている。
でもその励ましの言葉はいつもエラの心を抉る。
皆が言う。アルフィーを忘れろ、次がある、エラを振るなんて酷い奴だ………全部、いつまでも失恋を引き摺るエラに掛けられた励ましの言葉。
でもそれは、エラの心情を無視した言葉だ。
………私の恋は終わってないのよ。
あの日、アルフィーは「今だって好きだ」と言ってくれた。別れたくないとも。
………私だって好きよ……今でもずっと……。
いつまでもいつまでも、エラの心の片隅で燻っている恋情。
でもそれを表に出せば、また周りの人に忘れろと言われる。
エラは忘れたくなんかなかった。
ーーー過去にならなかったら迎えに来てくれる。
それだけがエラの支えだったから。
オータムフェスティバルが終わってからもフランマはどことなく例年より繁盛していた。
ただ三人で回せないほどではなく、エラはアルフィーのいない寂しさを誤魔化しながら仕事に打ち込んだ。
それにしても何でこんなに繁盛しているのだろう?
その答えは意外な所からやってきた。
冬の半ば、エラとダスティンは長い電話を終えたルークに呼ばれ、工房側でルークの前に立ち、驚きの電話内容を伝えられた。
「取材?」
「テレビの?叔父さん、マジ?」
電話を切ったルークが神妙な顔をして弟子達に告げたのはテレビ取材が来るというものだった。
職人肌なルークが取材を受けるとは意外ではあるが、店の利益には繋がるので受け入れたのだろう。
ルークは頭を掻いて深いため息をついた。
「本当だ。一昨年から通販をしてるだろう。あれのせいで知らん間に評判が広まったらしい。今度取材に来るそうだ」
ぽかん、とエラは口を開けた。
呆然とするエラとは対照的に、ダスティンはスマホを取り出すとぽちぽちと画面をタップした後で唖然とした。
「……本当だ。フランマ、魔石で検索するとなんか、すげえ引っ掛かる…」
「ええ?」
慌ててダスティンのスマホを覗き込めば、有名なSNSなどに様々な人がフランマの魔石について書き込んでいた。自分のスマホを持ち出して同じ様に検索すれば、フランマの魔石について概ね好意的な事が書かれている。
驚き過ぎて言葉も出ない。
「ここ、誰もエゴサーチしないからなぁ…」
しみじみと呆れたように言うダスティンだが、普通するものなんだろうか。
わざとらしくルークが咳をした。
「とりあえず、来週取材が来る。どんな取材なのかは知らんが、頼んだぞ」
エラは思わず緊張に体を震わせた。
そして取材当日、綺麗な女性アナウンサーとカメラマン、あと数人のテレビ局の人がやってきて取材を受けた。
ーーー何故かエラが。
店長の取材じゃないの!?と心の中で喚いたが、ちゃんとルークも取材されている。
ではどうしてエラも取材を受けているのかというと、魔石工になりたいという夢の為に家を飛び出して弟子入りを志願した、という話が取材クルー達に受けたらしく、あれこれビデオを撮られた。
そのせいで全身ガチガチだった。緊張のせいである。テレビ局の人達には何度も緊張しないで、リラックスして、と言われたが、カメラで撮られていると思うと緊張してどうしようもなかった。
カメラを意識しないようにしても、普段から一人での作業の方が集中できるし、元々この工房は小さい。周りに見物人がいる状態での魔法付与なんてした事がない。
あまりにも緊張し過ぎて、テーブルにぶつかるとか石を取り落とすとか小さな失敗ばかりするので、かなり落ち込んだ。そんなエラを気遣ってテレビ局のクルーもしばらく休憩しましょうと言い出す始末。
そんなエラを見てダスティンが笑った。
「緊張し過ぎだろ」
それに思わずムッとする。
「じゃあダスティンが取材を受けなさいよ。本当に緊張するんだから」
「はいはい。ほら差し入れ。ゾーイさんとこのココア」
ふわりと甘い香りがするコップを差し出されて、エラは眉を上げた。さっきまで何処かに行っていたと思ったら買い物に行っていたのか。
「わ、嬉しい!」
思わず笑顔になってしまう。
受け取って一口飲めば、よく知る味と芳醇な香りが口腔と鼻腔を突き抜けていき、ほっと肩の力が抜けた。
「ああああ…生き返るぅ……ありがと、ダスティン」
「どーいたしまして」
緊張が解けたせいで、凝り固まった筋肉が意識できるようになった。やばい。バキバキだ。
ゆっくりとココアを飲み干すと、エラは筋肉の緊張をほぐすようにぐるぐる腕を回した。
しかし、やっと緊張が取れたエラにダスティンが余計な事を言う。
「じゃ、残りも頑張れよ」
「…………はあ……」
つい溜め息を吐くとダスティンがおかしそうに笑って思わぬ提案をした。
「なら、終わったら安くて美味い店に連れてってやるよ」
「え?」
「デザートのチーズケーキが絶品の店」
「え、行く!」
甘い物が大好きだから、簡単に物に釣られてしまったが、自分へのご褒美だと納得する。
「んじゃ、仕事終わったらな。奢らせてもらいますよ、先輩」
「やめてよ。私より歳上でしょ?」
「魔石工としては先輩だろ?」
「そうだけど……もう!」
眉を顰めると、やっぱりダスティンはおかしそうに笑って、何だかそれに釣られてエラも笑ってしまった。
ひとしきり笑ってエラは気合を入れた。
「よし!ご褒美もあるし、頑張る」




