旅行 1
旅程を決めた翌日、エラは休み希望を出した。
無事休み希望は通り、エラはいつも通り仕事をこなしていった。
まだ失敗もするし、亀の歩みではあるものの少しずつ売り物にできる魔石も多くなってきている。
アルフィーは宣言通り、あまりフランマに来なくなった。
でも三回ほど「勉強に煮詰まったから気分転換」と称してフランマの二階にやってきて、でも気分転換とか言いながら難しい本を広げ、パソコンと睨めっこしている。
一度、閉店に気づかずに勉強に没頭していたので、エラのアパートでやるか尋ねたらぶんぶんと首を振られた。
「絶対に気が散るから無理」
私がいると邪魔なのかな?と首を傾げるエラに対して、ダスティンが笑ってアルフィーの肩に腕の乗っけた。
鬱陶しそうにダスティンを見るアルフィーだが払い除けたりはせずされるがままになっており、ダスティンはそんなアルフィーを気にせずにくっく、と笑いを噛み殺している。
「……何だよ」
「いやー?天下のゴブランカレッジ生も普通の男だったんだなぁーって安心した」
「……………」
「お?怒った?でも事実だろ?だってエラの部屋行ったらベッドあるもんなー」
「…うるさい」
「わーこわ」
渋面を作るアルフィーに対し、ダスティンは上機嫌で絡み、意味を察したエラはどんな顔をすればいいのか分からず途方に暮れて、アルフィーと同じように眉を寄せて半眼になった。
ところで、エラが知らないうちにアルフィーとダスティンはそれなりに仲良くなったらしい。
ダスティンは軽薄だが、裏を返せば社交的とも言える。アルフィーの出自を知った時は戸惑って遠慮していたが、アルフィー本人が頼むからいつも通りにしてくれとお願いして、会う回数を重ねるうちに遠慮は取っ払ったらしい。すっかり仲良くなっている。
そうして旅行当日。
朝早くにエラのアパートに荷物を持ってアルフィーがやってきて、二人は一緒にレンタカーを借りに行った。
エラは実家に帰った時に買い物などで車に乗るくらいでほぼペーパードライバーなので、運転は主にアルフィーがやる事になった。
「いつもごめんね。運転任せっぱなしで」
「いいよ。俺が疲れたら交代してね」
「うん」
そう言いながらも、アルフィーはトレーラーパークまで運転しきった。
着いた時間は開園から五分過ぎたところだった。
トレーラーパークは様々な映画がコンセプトになったテーマパークである。
ライドに乗って映画の世界を回ったり、ショーを見たり、もちろんジェットコースターもある。何かの映画と全く同じ作りの食堂やコンセプトレストランもある。
入り口は散々CMで見た、このパークのトレードマークともいうべき門があり、門の上には有名な映画キャラクターが「こっちだよ」と言わんばかりにパークに向かって手のひらを広げている。
テレビで見た通りだ!とちょっと感動してアルフィーを呼び止めて写真を撮り、門をくぐって道なりに歩くとチケット売り場があった。開園したばかりで、まだ少し並んでいるチケット売り場にエラは並ぼうとするが、アルフィーがそんなエラの手を引いてストップをかけた。
意味が分からなくてアルフィーを見上げるエラに、彼はスマホの画面を見せてきた。
「こっちの方がスムーズでしょ?」
見せられたのはデジタルチケットで、ネットですでに二人分購入済みだった。
「すごい」
「いや、何もすごくないから」
手際の良さを褒めると、アルフィーは謙遜した。
チケット売り場には並ばなくて済んだが、結局パークに入るまでの行列に並ぶ事になった。
人の多さに思わず顔を顰めそうになるが、今回ばかりは人混みで待ち時間が長くてもエラは我慢しようと決めている。だってずっと来たかったテーマパークだから。
大人しく二人で列に並ぶ。
でも人が多い事を除けば、並んでいる時間は近くなってくるパークに期待に胸が膨らみ、エラはテンション高く、スマホをアルフィーに見せてはあれに乗りたい、これは見たい、と話しかけていた。
やっと順番が回ってきてパークに入ると最初は土産物屋が並ぶ短いアーケードだった。
「あ!あそこ、あそこ帰りに寄りたい!」
「何かあるの?」
「あそこでしか買えない限定品があるの。えっとね……これ!」
「最初に買わなくていいの?売り切れない?」
「数があって売り切れはまずないってネットに書かれてるから…帰りでいい。今買うと荷物になるもの」
エラの中では、お土産屋は帰りに買うのが鉄則である。
アーケードのショップは帰りに見ると決め、エラとアルフィーは貰ったパンフレットを見ながら回る順番を決める。
「西側から回らない?たぶん東側から回る人が多いから、西側の方が今は空いてるよ」
「そうなの?」
「最新のが東側にあるからね。この映画もリメイクされたし、間違いなく東側が混む。西側は少し映画が古いのが多いから…」
「じゃあ西から回る」
アルフィーの助言に従い、西側から回っていく。
「来たことあるの?」
「小さい頃に数回ね。アルヴィン達と来たよ」
当時を思い出したのかアルフィーが笑った。
「なぁに?」
「いや…ライドって大抵二人乗りでしょ?俺とアルヴィンとダイアナで誰が一人になるかじゃんけんして決めたなぁ、って。負けると母さんか伯母さんと一緒に乗るんだけど、ダイアナがその頃いた護衛官に懐いてたからその人と乗りたい、って言い出して護衛官達が困ってたのを思い出した」
「ダイアナが我儘言ってるなんて想像できないなぁ」
エラの知るダイアナは大人しい淑やかな女の子である。
二人で西側から回っていくが、ホラー映画のお化け屋敷はエラは全力で拒否した。
「そんなに怖くないって」
「無理無理無理無理!お化け屋敷なんて無理!」
「お化け屋敷って言っても子供でも入れるやつだよ?」
「それ昔の話でしょ!?このお化け屋敷、数年前にリニューアルしてすごく怖くなったって有名なんだから!」
「そうなの?」
「そうよ。だから絶対に無理!」
騒がれるほど怖いというお化け屋敷に興味が無いわけではないが、怖いのは嫌だ。
断固拒否するエラにアルフィーが笑って別のアトラクションに向かって歩き出し、手を繋がれたエラは自然とその後に付いていくことになった。少しほっとした。本当にお化けが苦手なのだ。アルフィーが無理矢理連れて行くようなタイプでなくて本当によかった。
「アルフィーは怖くないの?」
「んー?驚きはするけど別に怖くはないなぁ。人間の方がよっぽど危険だって知ってるしね」
何となく尋ねると、思わぬ返事が返ってきた。
何度も命を狙われた身としては、そりゃあよく分からない幽霊なんかより、命を奪いに来る人間の方がよほど危険だろう。
何となくアルフィーの横顔が哀切を語っている気がする。
「………ごめん」
思わずエラは謝った。
もしかして気分を落ち込ませただろうか。折角、楽しませてくれようとしているのに馬鹿な事を聞いてしまった。
しょんぼり肩を落とすと、繋いでいる手を持ち上げられた。
目を上げると自分と同じ色の瞳がかち合う。アルフィーの目はどこか困ったように優しく笑っていた。
「エラの前だと、つい余計な事まで言っちゃうんだよなぁ」
「余計な事?」
「うん。こういう事、両親の前では言わないようにしてるから。特に母さんは、自分のせいだって思っている節が強いし」
「…あ………」
そうだ。アルフィーが狙われる最たる理由は。
王女の息子。
王位継承権。
王族のエイブリーが気に病むのも当然だ。
「… 今までこういう事はマテウスにしか言わなかったんだけど……エラだとつい言っちゃうんだよな。あんまり弱いところ見せたくないのにさ」
苦笑しているのにどこか嬉しそうにアルフィーが言い、柔らかく持ち上げたエラの指先に口付けた。
「何でだろうなぁ」
「………っ…」
アルフィーが微笑む。
何で頬が熱くなるんだろう。
…たぶん、アルフィーが信用してくれているから。
ぎゅう、と胸が切なく愛おしさを訴える。人前じゃなかったら、飛びつくところだった。
「次、行こうか」
春の日差しの中、エラは頬の熱さを誤魔化すように俯き気味で頷いた。
トレーラーは映画の予告の事です。
なのでトレーラーパークはユニバがモデルです。




