平穏な日々 1
年末。
休暇で妹とグリーンウィッチの実家に帰ったエラは、のんびりと過ごした。
故郷のグリーンウィッチは名前の通り、緑が広がる町で住宅が集中している場所は田舎町の様相だが、そこを出ると一面畑が広がっている。
初夏になるとトマトが広がる畑も、今は雪で覆われている。冬はキャベツを育てているが、きっと雪の下で元気に育っているのだろう。たぶん。
そんな田舎町で、エラは久々に友達に会ったり、母と料理をしたり、やっぱり父の過剰な愛情に辟易したりしていた。
新年を迎えても特に変わりはない。
妹のギターを聞いたり、母を手伝って家の片付けをしたり、父の愛情表現から逃げたり。
でも嬉しい事が一つあった。
「エラ、何か宅配が届いたわよ」
母に呼ばれて、洗面所の掃除をしていたエラは手を止めた。
「分かったー!…何も頼んでないけど…」
母に返事をして、後半は疑問を小さく零して、エラは手早く掃除を終えるとダイニングの方へ向かった。
ダイニングに顔を出すと、母が夕飯を作りながら「そこよ」とテーブルの上を指差す。
そこそこ大きな段ボールを持ち上げたエラは、差出人を見て喜色を見せた。
アルフィーからだった。
新年の祝いだ。
ラピス公国では新年を迎えると親しい人に贈り物をする習慣がある。古くからの習慣で、原始的な生活をしていた頃は男は狩りや釣りで得た獲物、あるいは山菜などの自然の恵みを家族に贈り、女は贈られた恵みを調理して家族に提供して一年の豊穣を祈るものだったが、時代が進み、生活が豊かになるに連れてプレゼントを贈るに変化した。
去年はまだ友人関係だったから何も贈らなかった。
なので今年は驚かせようとエラは無断でプレゼントを贈ったが、アルフィーも同じだったらしい。
ちょっとした事だが同じ事を考えていたと思うとくすぐったい気分になる。
ちなみにエラはアルフィーにインテリアとしても部屋に置いておけるようなコーヒーミルを贈った。ダイアナに頼んで調べてもらい、アルフィーの家にコーヒーミルが無い事もチェック済みだ。
ただ、今思ったがエラはストーナプトンのアルフィーの家にプレゼントを贈った。もしかして王宮とか北の祖父の家に行っているだろうか。
それだと受け取りが遅くなってしまう。ちゃんといる場所まで聞いておけばよかった。来年からはそうしよう。
ちょっと反省しつつ、アルフィーからのプレゼントを持ってエラは自室に向かう。
アルフィーからは何だろう。
そわそわ、わくわくしながら梱包を丁寧に開けると、中から出てきたのはエラがずっと欲しかった魔石をセットできるティーポットとカップのセットだった。
「わあっ…!」
陶磁器のティーポットとソーサー付きのカップが二脚。エラの好みを考えてくれたのか、取っ手とポットの蓋は淡い黄色で装飾されており、プリムローズのような素朴な花が描かれている。ポット側の魔石をセットする小さな窪みの周りも花の装飾がされていて可愛らしい。
素敵、と思わず小さく呟く。
ネットで調べても中古品以外ほとんど流通してないものをどうやって見つけたんだろう。
「こんな素敵な物贈って貰えるって分かってたら、ポット用の魔石、作ったのに…」
今すぐ使えない事が残念でつい文句が口から出るが、贈り物自体はとても嬉しい。
アパートに帰れば魔石あるし、早く帰って使いたいなぁ。
スマホで写真を一枚撮って、アルフィーに届いた事を知らせると、エラは丁寧に梱包し直してアパートに持って帰れるようにした。
しばらくしてアルフィーから返信があり、届いてよかった、と書かれていると同時にエラが贈ったコーヒーミルが写真で送られてきた。
あっちも届いていたようだと安心すると、続いて豆買ってくる、と二件目のメッセージがやってきた。
「なぁに?お姉ちゃん、にやにやしてどうしたの?」
メッセージを受け取った場所がリビングだったせいか、レーナに突っ込まれた。
にやにやって。
「いい事があったのー」
「えー?何々?教えてよー!」
「秘密!」
きゃっきゃっと笑いながら妹と鬼ごっこをする。
本気ではないので、ソファで妹に捕まった時にもったいぶってからお互いに新年のプレゼントを贈り合ったのだと伝えると、レーナは目をキラキラさせた。
ちなみにレーナの目はヘーゼルで、暖色の光の元では緑にも見える。
「いいなー!」
「レーナは高校生の頃から貰ってたじゃない」
「もう別れたもん」
ぷく、と頬を膨らませる妹の頬をつついて破裂させ、二人で笑い合う。
そういえば、アルフィーはダイアナとアルヴィンにもプレゼントを届けてくれただろうか。
王宮に物を贈る勇気はさすがに無かったので、エラはアルフィー宛に二人の友人にもささやかなプレゼントを贈っておいた。
ダイアナとの約束は花の日だが、きっと新年早々王族として神事をしたり、王宮を一般公開したりして忙しくしている彼女とその兄は友人からもプレゼントを貰った事が無いだろうと思い至り、アルフィーに託したのだ。
ちなみに贈った物は二人とも名前入りのペンで、勉強にしろ公務にしろ日常生活にしろ、何かには使えるはず。
ただ、前述した通り新年早々は彼らも忙しいので、すぐには渡せないだろうとは思っている。
案の定、二日後にダイアナとアルヴィンからそれぞれお礼のメッセージがスマホに届いたし、アルフィーからのメッセージには、大人しいダイアナが小躍りでもしそうなほど喜んでいたと書かれていた。
喜んでもらえたようで一安心だ。王族に物を贈るにあたり、散々悩んだ甲斐がある。
そうしてほっこりした気持ちでエラは来た時と同じようにレーナとストーナプトンへ帰っていった。
当然、娘大好き世界一の父の帰り際に繰り出されるむさ苦しいハグに姉妹で大抵抗した。
買ってきた豆を届いたコーヒーミルで挽いて、アルフィーはコーヒーを淹れた。
「美味しそうな香りですね」
芳しい香りが漂うキッチンにやってきたのは、母に付いて回るリサだ。
「挽きたてのコーヒーだよ。リサさんも飲む?」
「では頂きます」
リサにもコーヒーを一杯淹れて渡すと、彼女はほう、と溜め息をついた。
「本当に美味しい。そのコーヒーミルはエラさんに貰ったとか」
「うん。前から欲しかったんだけど、長続きできるか分からなくて買えなかったんだよね。いいもの貰った」
「アルヴィン様とダイアナ様にもペンを贈られたようですね」
「そう、ダイアナが喜んでた」
その様子を思い出して、思わずアルフィーは頬を緩ませた。
ペンを貰ったダイアナは、新年の初めに友達からプレゼントを貰ったのは初めてだと喜んでいた。
「え、そうだっけ?」
「そうよ。彼氏なんていた事ないし、お友達同士でやる事もないでしょう?家族以外で新年の内に貰えたのは初めて」
言われてみればそうかもしれない。
ラピスの新年は年が明けて七日間だ。その間は学校も年末年始休暇に被っているので、確かに新年の内にダイアナやアルヴィンが家族以外からプレゼントを貰うのは初めてなのだろうし、くれるような人も今までいなかったのだろう。
嬉しい、と顔に出して喜んでいるダイアナの横で、アルヴィンも妹とは色も形も違うペンをしげしげと見ている。
ダイアナのペンは本体は白で縁取りは金、ペンクリップに星と月を模してあり、女性らしいデザインになっている。『月の女神』のダイアナにはピッタリなデザインだ。
アルヴィンのは実用的でスタイリッシュな、無駄のない深い藍色のペンで縁取りは銀色に鈍く光っている。
そんなペンから視線を上げず、アルヴィンはぽつりと呟いた。
「やっぱりお前には勿体ないんじゃないか?」
「そうだな。だからってアルヴィンにはやらない」
じろ、と二人で睨み合った後、どちらともなく笑いあった。ダイアナは呆れた顔で二人を見ていた。
数日前のことを思い出しながらアルフィーはまたコーヒーを口に運ぶ。
「ところで、アルフィー様はエラさんに何を贈られました?」
「魔石がセットできるティーポット。高かった…」
「あら、そんな物が未だにあるんですか?」
「探し回ったよ」
エラの言う通り魔石がセットできるティーポットなど本当に流通していなくて、ネットの情報の海を探し回った。
検索の仕方が悪いのか、と考えて様々なワードで何度も何度も検索し直したところ、国内にある個人経営の陶磁器工房がヒットした。
そこの工房はネットに上げる写真に魔石をセットできるタイプのマグカップを載せていた。その写真の隅には、希望があれば魔石も付けます、と書かれていたので、これは、と思って他の作品も見てみると、陶磁器のティーポットも作っていた。
さすがに魔石がセットできる物はなかったが、ダメ元で電話してみたところ、魔石をセットする場所を作ってもいい、と言ってもらえたので注文した。
軽くアルフィーの秋のバイト代が飛んでいったが、あまり後悔はしていない。社会経験としてバイトはしているがそれほどお金を使う事はないのだ。エラが喜んでくれればそれでいい。
………いや、やっぱり使いすぎたかもしれない。どこかで切り詰めよう。
しばらくリサと話していたが、母がやってきて新年最後の公務に行く、ということでリサは随行していった。父はすでに魔法省で仕事をしているので、アルフィーは家の中で一人になった。
「…早く帰ってこないかなぁ、エラ」
思わず誰もいないキッチンで呟いた。
休暇で少し離れただけなのに、柔らかい濡羽色の髪が恋しかった。




