囲い込まれたエラ 1
だいぶ最終話近くまで書けてこれたので、なるべく毎日更新します。なるべく。
アルフィーの誘拐事件から一ヶ月が経った。
季節は穏やかに冬に移行しつつあり、もう朝夕は防寒具無しで外で過ごすのは無理になっているほど寒くなっている。街路樹の木は枯れ葉を落とし、カサカサと乾燥した音をたてて風に煽られ、歩道と車道の境目に吹き溜まっていた。
フランマでも本格的な冬に備えて火の魔石を売り始めてしばらく経ち、店内には赤い瑪瑙の魔石が目立つところに置かれている。
そんな中、アルフィーによってフランマに届けられたのは赤い封蝋で王家の紋章が押された真っ白な封筒で、その封筒を震える手で開けたルークの手には真っ白な便箋が握られている。
手紙の内容を読んだルークとエラは目を点にして、ぱくぱくと声にならない悲鳴を無音で吐き出していた。
アルフィーは申し訳なさそうな顔をして二人を見つめ、横から手紙を覗き込んだダスティンはぴゅう、と口笛を吹いた。
「へーすご」
「すご、じゃないわよ!て、店長!どうしましょう…!?」
「……………どうしようも何も……出席するしかないだろう……スーツなんて何年振りだ……というかスーツでいいのか…?モーニングとかの方がいいのか…?」
「いえ、ごく私的な誘いなんで普段着でいいです」
パニックのエラとルークにアルフィーが冷静に言った。
二人がパニックになるのも無理はない。アルフィーが持ってきたのは国王からの昼食のお誘いだったのだ。
理由は簡単で、孫を助けてくれた功労者に礼を言いたいと、それだけである。一ヶ月も前で今更感があるが、王族の過密スケジュールの穴がなかなか無かったらしい。そう考えれば一ヶ月前の出来事とはいえ迅速な対応なのかもしれない。
だが昼食のお誘いは王宮への招待である。王宮に招かれるなんて事はエラやルークの人生においてはあり得ない事だし、関わる事も無いと思っていた。
だからエラもルークも頭を抱えた。
「普段着と言っても……さすがにTシャツでは行けん……というか俺はエラのサポートをしてただけだぞ…」
「わ、私だって…こんなご招待してもらうほどの事してないですよ……マテウスさん達の方がずっと大変だったはず……うう、王宮になんて何着てけばいいの…?」
「当日は俺も行くし、本当に普段着でいいですよ。というか別に断ってもいいんですけど…」
「馬鹿言え。さすがに王家からの誘いを断るほど無粋じゃないわ。店はダスティンとシンディに頼むとして……シンディに頼んで服を見繕ってもらうか……」
「アルフィー、手土産どうしよう……」
「いらないって。じいさんたちはエラ達にお礼を言いたいだけなんだから」
「で、でも……そんな訳には……」
「アルフィーが気楽に来いって言うんだから気楽に遊びに行けばいいんじゃないのー?俺はごめんだけど」
「そんな訳にいかないわよ!王宮よ!?正装して気張って来いって言われた方がまだ気楽よ!」
「んじゃ、正装してけば?」
「準正装だって持ってないわよ!」
「前にうちに来た時の服でいいよ」
「いや、あれ夏服!今秋!もうすぐ冬!」
「あんな感じでいいって事。畏まらなくてもいいって…」
不穏な二人をアルフィーが冷静に宥め、ダスティンが面白そうに三人を眺めて茶々を入れ、パニックのエラが言い返すーーーもうカオスである。
しばらくエラとルークは頭を悩ませていたが、いつまでも仕事をしないわけにもいかないため、降って沸いた問題をとりあえず横に置いておくことにした。
しかし問題を先送りにしても困るのは自分だ。
エラはその日から王宮にどんな格好で行けばいいのか悩みに悩んだ。
自分のクローゼットをひっくり返して、高貴な人々に会うのに相応しい服を探す。前にアルフィーの家のホームパーティーに出た時だって、プリンセス・エイブリーがいたのだから変わらないが、今回はアルフィーの家のホームパーティーとは違う気がする。だって王宮なのだ。
でもあの時、騙し討ち的に王族全員と面識を持ったので、今更飾り立てた所で虚飾だとすぐバレるだろう。
しかし完全な普段着なんて無理だ。だって今度はアルフィーの家ではなく、王宮なのだ。
そんな訳で、エラはやっぱり服を買いに行った。
服だけでなく靴や鞄も新調しようと考え、エラは絶対に手を付けないと決めていた貯金にも手を付けた。
そのお金はアルフィーとトレーラーパークに行く為に避けておいた貯金だった。
アルフィーが誘拐されたせいで、トレーラーパーク行きは延期になっている。本当ならオータムフェスティバルが終わってから行く予定だったが、さすがに誘拐直後に呑気に遊びに行けるほどエラもアルフィーも神経が図太く無い。しばらく延期で、と二人で決めた。
いつ次行けるかは分からない。
でもいつか二人で行って遊びたい。
だからなるべくその貯金に手は付けたくなかったが、さすがに背に腹は変えられないので泣く泣く娯楽費から使用した。
王宮に行く為の服装なんて何着ていけばいいのかさっぱり分からなかったが、アルフィーに聞いても普段着でいいとしか言わない。
ではシンディに相談しようかと思ったが、たまたまエレノアから遊びに行かないかと連絡があって、エラは一も二もなくその誘いに飛び付いた。
ゴブランフィールドのショッピングモールの前で久しぶりに会ったエレノアはずいぶんメリハリのある体になっていた。
「久しぶりね、エラ!」
「久しぶり、エレノア!」
ぎゅ、とハグをして体を離すと、エレノアの目は相変わらず聡明な光を宿していた。彼女は今、士官学校に通っている。つまり彼女は一年も経てばマテウスと同じ職業軍人となるわけだ。体のメリハリがついたのは士官学校で鍛えられているのだろうか。
エラからするとどれだけ勉強するの…?という感じだが、エレノアによると厳しいが学ぶのは楽しいらしい。
「私、魔法を研究するより使う方が好きなのよね。だから軍属魔術師を狙ってみようかと思って」
ということはマテウスと同じか。
エラが感心していると、エレノアはショッピングモールに向かって歩き出し、自動ドアを潜った。暖房で暖められたモール内に入り、寒さで緊張していた体の力が抜ける。
「で?今日は買い物に付き合うけど、何をそんなに困ってるのよ」
「えっと……か、彼氏のお爺さんに会うんだけど、どういう服着たらいいかなって……」
王族の事を言っていいか悩んでぼかした言い方をすると、エレノアはすぐピンと来たらしい。
「……一応聞くけど、彼氏ってホークショウ君よね?」
「…はい……」
「あー……なるほど…なるほどねぇ……それは難題だわ」
うんうん頷いたエレノアは一転して心配そうにこてんと首を傾げた。
「彼、大丈夫だった?ニュース見たけど…」
「うん。怪我もしてなかった」
「なら良かった。ヨルクドンのバイトで顔知ってるくらいだけど、まさか王族だったとはねぇ……びっくりだわ」
また一人でうんうん頷いたエレノアは、くるりとエラの方を向いた。
「きっと、あんまり彼が王族だってのはバラさない方がいいのよね?」
さすがエレノア。頭の回転が速い。
アルフィーは自分の出自を隠している。外ではあまり話さないようにもしている。
なのでエラは頷いた。
「なら気をつけなきゃ。軍に入った時の予行練習だとでも思っておくわ」
どんな予行練習だと思ったが、きっと賢いエレノアは軍の上の方に行くだろうし、そうすると軍事機密とかを扱う部署なんかに配属される事もあるだろうと思い至った。
やっぱりエレノアすごい…と感嘆しているとエレノアはにんまり笑って、おかしそうにエラの全身を見てから口を開いた。
「ところで、ホークショウ君のお爺さんに会うって事はプロポーズでもされたの?まだ学生なのにやるわねぇ。それとも妊娠……」
「違うわよ!」
とんでもない勘違いにエラは思わず大声で否定した。
やはりエレノアは頭がいい。
エレノアはエラから事情を聞くとつらつらとアドバイスをくれた。
「彼は普段着でもいい、って言ったんでしょ?でもさすがにザ・普段着ってわけにもいかないし、かといって畏まり過ぎてもダメだし。二階より上は価格がリーズナブル過ぎるから、服を買うなら一階にしましょ。ワンピースが無難よね。あとはボレロとかカーディガンとかジャケットを合わせれば完璧かな。靴は下手に新しいもの買わなくてもいいんじゃない?新しい靴だと歩き回ってるうちに靴擦れ起こすわよ。普通のお家にお邪魔するんじゃないんだから、歩き回る事を想定すべきね。ほら、お金持ちの家って門から玄関まで距離あるでしょう?新しく買うなら数日履いて慣らした方がいいわ。鞄は…新調してもいいかもね。ちょっと擦り切れてるし、いい物があったら買いましょ。無理に買わなくてもいいわよ。正式な場の昼食会ではなくて、あくまで孫を助けてくれたお礼なんでしょ?清潔感があって、綺麗めくらいな格好でいいんじゃない?ああ、そうだわ。それなら髪飾りもあった方がいいかもね。小難しい髪型にしなくても顔まわりが華やかになるから。ネックレスとかは服による」
エレノアとの買い物は楽しかった。
きゃあきゃあとたまに関係ない変なものを見つけてはしゃいだり、一緒にジュースを買って喉を潤したり、お互いの近況を話したり、よく分からない流行り物に首を傾げたり。
エラの買い物に付き合う時はとても的確にアドバイスをくれた。
「ニットワンピもいいけど…そのワンピはダメ。なんか胸が強調されてるように見えるから…場所を考えるとちょっと……ニットはその辺が難しいわよね。あ!これなんかいいんじゃない?Iラインだし、膝下の丈だし……ああああでもいい色が無いわ。野暮ったい。エラのイメージじゃないわ」
「これは?」
「生地がくしゃっとしてるから微妙。カジュアル寄りね。周りがかっちりしてると浮く。可愛いけどちょっと………あ、あっち!あれがいいわ!あのお店」
引っ張られて行った先のお店で、エレノアは一つのワンピースを取り出した。
それは灰色の膝下ワンピースで腰回りを黒のリボンベルトで締め、首元、手首にはベルトと同じ黒の差し色があり、スカート部分は大きめのボックスプリーツになっていて、淑やかなAラインを作り出している。首周りはしっかり詰めてあるので冬に着ても暖かそうだ。
でもかっちりし過ぎた印象はなく、程よい上品さを出している。ウール素材に見えるが化学繊維らしく、洗濯を自分でできる所もありがたい。
ただ確かに素敵なワンピースだが、エラはそれを手に取るのを躊躇った。こんな大人っぽくも可愛いワンピースを今まで着たことがなかったのだ。
「わ、私に似合うかな…」
「似合うわよ。エラ、可愛いもの」
「……そんな事ない」
そうして夕方には目的の物は全て買い終えていた。
灰色のワンピースとフェイクパールのバレッタ、冠婚葬祭でも使えそうなストラップの付いたシンプルな黒のパンプス、財布とスマホ入れたらいっぱいになりそうな金茶色の小さなハンドバッグ。腹を決めて来たとはいえ、お金がどんどん飛んでいき、ちょっと落ち込んだ。
「あとは手持ちのストッキングくらいで大丈夫でしょ」
「ありがとう。助かった…」
「どういたしまして」
「後は当日の手土産だけど……クッキーの詰め合わせとかっておかしいと思う?」
「いいんじゃない?ランチの邪魔もしないし、日持ちするし」
こうしてエレノアのおかげでエラの悩みは解消された。




