囚われのアルフィー 1
上司への報告電話を終えたマテウスは書斎に戻ろうとしてーーー書斎から飛び出してきたエラとぶつかりかけた。
「すみません!」
叫ぶように謝罪し、風のように階段を駆け降りたエラは店とは反対の工房へ入っていく。
まさか大人のルークがいて無謀な事を止めないなんて事は無いと思うが勢いが良すぎて心配になる。思わず通してしまったが大丈夫だろうか。
続いてルークが出てきた。
「少佐殿、話がある」
「何でしょう?」
どこか凄みを感じさせるルークに自然とマテウスの背筋が伸びる。
直感した。これは大切な話だ。
「アルフィーがエラが作った魔石を持っているそうだな」
「ええ」
黒水晶の少し大ぶりなピアス。彼女に貰ってからどこへ行くのにも着けているそれは、彼の身を守る手助けをするとても素晴らしいものだ。
そして続けられた言葉にマテウスは目を見張った。
「もしアルフィーがそのピアスを今も着けてるなら、エラがアルフィーを追える魔石を作れるかもしれん」
「どういう事です?」
「軍属魔術師のあなたなら知っているだろう。追跡魔法だ」
「ーーー!」
追跡魔法。その一言で明晰な頭脳が魔石としての追跡魔法を理解する。
エラが作った破邪退魔の魔石は、当然エラの魔力で魔法付与がされている。
つまり、エラの魔力によって魔法付与された魔石を印に見立てるのだ。
「…エラちゃんは自分の魔力を追えますか?」
「魔法で追うのは無理だろう。追跡魔法を使うような魔法技術があの子には無いだろうし、仮にあったとしても追跡魔法の途中で魔石に付与した呪文まで唱える事になるから魔法が失敗するだろうな。だが、魔石なら話が変わる。言葉ではなく文字だからな」
「なるほど。ーーーどれぐらいでできますか?」
それができるならアルフィーを探す為の苦労も効率も段違いだ。
しかしルークは首を横に振った。
「あの子はまだ半人前だ。魔法付与は情報量が多ければ多いほど失敗しやすい。あまり期待せんでくれ」
「そうですか…」
マテウスは少し考えてルークを見つめた。
アルフィーの誘拐はエラとデイヴのおかげで早くから知れたが、犯人達の手掛かりが少な過ぎる。北部解放戦線の残党が関わっている事は分かったても、軍や警察が把握している限りのアジトは夏の終わりに潰したのだ。まだどこかに隠したアジトがあったのか。
これから捜査するとしても、少しでも手掛かりがあるならそれに越した事はない。
「では完成したら連絡して下さい。私が取りに来ます。その為に魔法陣を一つ、置かせて下さい。それがあれば転移魔法ですぐ来れます」
「分かった」
マテウスはルークに頼んで紙とペンを貰って、素早く転移魔法の魔法陣を書き、ルークにそれを渡すと転移魔法を使って軍本部へ戻った。
アルフィーは埃っぽくて暗い部屋で小さく息を吐いた。
連れて来られたのはどこかの廃墟のようだ。いや、掃除をされていないだけで廃墟ではないのかもしれない。そしてたぶん、ここは地下だ。一度だけ、何かの放送が掛かったが、それがとても小さく頭上からしたのと、窓がない事、ここに連れて来られた時に階段を下ったから。
部屋には何もない。魔法を封じる特殊な紐で手足を縛られているので、魔法を使う事もできない。
「……無事かな…」
ぽつりと呟く。
頭に浮かぶのは青く光る真っ黒な髪と自分と同じ妖精の月の瞳と呼ばれる緑の目を持つ恋人のことばかり。
アルフィーがあっさり捕まったのには理由がある。
ーーー数時間前。
アルフィーはエラやデイヴと別れて飲み物を買おうと来た道を戻った。
ちゃんと魔法で姿は隠していた。けれど魔法を使ったからと言って透明人間になれるわけではない。アルフィーが使うのは高度な韜晦の魔法で、限りなく存在感をゼロにする魔法だ。魔法で指定した人はアルフィーをいつも通り認識できるが、それ以外の人にはまるで空気のように存在している事さえ気にされなくなる。
ちなみにこの魔法、悪用されやすい為、国への登録が必要で、アルフィーはこの魔法が使える許可証を持っていたりする。
その魔法を使っていた。見破り系統の特殊な魔法で姿を認識する事もできるが、まさかそれを使う奴がいるとは思わなかった。
ーーーあの時、それほど二人と離れていない場所で、急に不自然に前後を男に挟まれた。目の前の男は上着に隠して拳銃をこちらに向けていた。
「動くな」
そう言われて、アルフィーは大人しく従った。
理由は単純。
一つは周りに人が大勢いるから。小さな子供もお年寄りもいる。こいつらが暴れた時の最悪の被害を考えると動けない。何より、もしエラやデイヴが傷付いたらと考えたら安易な事はできない。
もう一つは油断させる為。従う素振りを見せ続けると、犯人側に「言いなりになっている」と印象付け、彼らの中で監視の最中に油断が生まれる。どこかで逃げるチャンスがやってくるのだ。
エラの魔石もある。一回はこの魔石がアルフィーを守ってくれるから。
だから従った。アルフィーは緊張していたが冷静だった。伊達に何度も危ない目に遭ってない。
「何の用だ?」
「一緒に来てもらうぞ。プリンセス・エイブリーの息子」
「ーーー嫌だ、って言ったら?」
ここで一応反抗してみる。あまりに従順過ぎるとかえって彼らを警戒させるから、少しは反抗的な態度も取らなければ。
しかし、次に続けられた言葉にさしものアルフィーも凍りついた。
「黒髪の女を殺す」
「ーーー!」
エラ……!?
背後の男が嫌らしく笑った気配がした。
「仲間の一人が腕利きのスナイパーでね。従わなければ、女の脳漿を撒き散らせる事になるな。大事な大事な恋人だろう?」
「…………分かった。従う」
アルフィーは奥歯を噛み締めて、掠れそうな声で苦渋の決断をした。
もしかしたら腕利きのスナイパーがエラを狙っているなんて嘘かもしれない。アルフィーが返事をしても男達はどこかへ連絡している素振りがなかったから。でも本当かもしれない。万が一を考えたら軽率な事はできなかった。
そうして拳銃を向けられたまま男共に前後を挟まれて、黒のワンボックスカーに乗せられた。
目隠しと手足の自由を奪われ、車で運ばれて、現在に至る。
一応、外への通信手段があった時の為にここに車での道のりは自分の感覚を駆使して覚えたつもりだ。それに攫われたゴブランフィールドから車が曲がった様子を考えるに、恐らくゴブランフィールドから西へ一時間で行ける場所だ。役に立つかは分からないが、何もしないよりマシだろう。
そして車で西へ一時間と考えるにーーーここは首都ストーナプトンに近い場所なんじゃないかと思っている。あるいは首都かもしれない。
今も地下室に放り込まれたまま漫然と過ごしているわけじゃない。魔法は使えないが、ひたすら耳を澄ませて手掛かりになりそうな音が無いか探している。
とりあえず、ずっと願っているように女の悲鳴は聞こえてこないので、エラは無事だと信じたい。
………………………エラ。
言葉には出さず、心の中で恋人の名前を呼ぶ。
「…頼むから無事でいてくれ……」
彼女が巻き込まれる危険を考えなかったわけではない。けれど可能性としては限りなく低く、今回のような事は初めてだった。
安全をこの目で確認できない事がここまで不安だとは思わなかった。昔、自分が捕まって両親が泣いた気持ちが少しだけ分かる。
外の光が届かないので時間感覚も分からない中、アルフィーは脱出の機会を伺い、情報収集をしながら、ひたすらエラとデイヴの無事を王家の信奉する神に祈っていた。
いつもいいねや感想をありがとうございます。拙い文章ですが、数人でも楽しんでくれている人がいると思うと頑張れます。読んで下さってくれる方、ありがとうございます。、




